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Uターン
僕らは愛をこう歌う

ビルから出ると、人はほぼ居なくなっていた。警察が追い払ったのだろう、黄色いテープとパトカーがちらほら見える。警官とサマエルを乗せた担架を持ってドアを通った瞬間、モーガンが駆けつけてきた。
「……大丈夫ですか! 随分遅かったんで、心配しましたよ。サミュエルさんは……」
「オレはなんともないんだが、こいつは気分を悪くしちまって。すぐ署に連れて帰ってくれ、怪我はもう大丈夫なようだから」
担架の上で眉間に皺を寄せて頭を押さえるサマエル。頭痛がするらしい、ときおり口をふさいだりと、心配だ。皮膚に浮き出たウロコは消えず、まるで爬虫類にでもなったようだった。
「わかりました。車持ってきますから、待ってて下さい」
モーガンが走っていくのを見届けると、サマエルを一緒に運んでくれた警官が疲れてきているようなので一旦担架を下へ下ろした。
「ど、どうも……」
「いいや。お前も大変だな」
「君ほどじゃないよ」
ただでさえ子どもっぽい顔つきなのに、くしゃっと笑うと本当に子どものようだった。
モーガンがモニカの乗ったパトカーを連れて帰ってくると、警官はサマエルを乗せる手伝いをしてくれた。
「グレイさんは、乗りますか?」
モーガンが助手席のドアを開けた。後部座席はモーガンが寝ているのであと一人しか車には乗れない。
「モーガン、オレがさっき助けたのはどこへ送った?」
「ああ、あの白い髪の女性。あの方は救急車に乗せてもらったので、病院――、ここから一番近い中央病院だと思いますよ」
中央病院。警部が入院している、このへんじゃ一番大きい病院だ。
「オレ、あいつと知り合いでさ。大丈夫かちょっと見に行きたいんだ。ほんのちょっとだけ顔見たら、すぐに飛んで署へ帰るから」
「……わかりました。逃げた犯人をまだ追ってますから……、グレイさんのとこに連絡が行くかもしれません。すぐに出れるようにはしていて下さいね」
素早くモーガンは車に乗り込み、夜のビル街へと消えていった。サマエルが心配だし、今日は署で寝るかな。ご飯を作ってくれている倫太郎には悪いけど、あいつも署へ連れていくか。一回荷物を取りに家へ戻りたいし、そのついでに伝えるとしよう。
気分を入れ替えるため、伸びと深呼吸をした。パンパンに肺に詰まっていた、セオドアの魔力のくっついた酸素と交換する。こっちはこっちで排気ガスにまみれて、とても綺麗で美味しい空気なんて言えたようなモンじゃないけど。セオドアのにおいを断ち切れるならなんだって良かった。隣で警官が、並んで真似をする。
「……お互い、お仕事頑張ろうね」
にこっと微笑みかけられる。背伸びをしたが、ギリギリでオレの身長に届かなかった。黙って頷き、助走をつけて飛ぼうとすると、呼び止められた。
「ボクは北署のND、イヴァン。イヴァン・アルクィン。いつかまた、会えるといいよね!」
「ああ、酒でも飲める日が来るといいな」
そして、音は風に流れて消えていく。

アッシュの容体は、特に問題がないとのことだった。体に異常は見られなく、ただ疲れて眠っているだけらしい。ヒトの医者が言うことは、アッシュがヒトであれば完璧に信用できるのだが。
オレたちの体の作りは見かけこそヒトと同じだが、根本的なものが違う。魔力というのは体の全ての器官に影響を及ぼす可能性があるものだ。魔力のコントロールができなくなれば、次の瞬間自分がどうなるかさえわからない。
基本的に生まれた瞬間や魔女になった瞬間などに、本能的に魔力の使い方は覚えるもの。しかし、精神が不安定な状態が長く続いたり、感情が高ぶった時など、まれに魔力のコントロールができなくなることがある。
アッシュの場合、セオドアにおよそ1ヶ月は操られていたと考えていいだろう。感情や意思が押さえつけられていたのなら、起きた瞬間に暴走するかもしれない。
そんな心配をしつつ、『ま、大丈夫だろ。アッシュだし』という考えが頭の中に。看護婦に案内され、アッシュの病室へ入った。
個室だった。小さい部屋だがベッドや椅子、テーブルはシンプルで綺麗ななデザインのものでまとめられ、過ごしやすそう。ベッドのそばには大きな窓がついている。窓は少し開いていて、風が入るたびにカーテンがふわりと揺れていた。窓からは星空、そして地上に光る人工の星がきらめいている。
「……アッシュ?」
そのベッドに四肢を預けている、真っ白い髪の男。男だが付け毛と化粧のせいで、女にしか見えない容姿となっているのだが――、に、呼びかけた。
返事はない。が、目蓋がぴくりと動いた。手に触れると、温かさを感じた。一瞬、唇が震えた。
「起きてるのか?」
「……あ……」
気がついたらしく、目を開ける。相変わらず目はどこか虚ろで、生気がない。
「よかったあ。グレイちゃんだ」
「久しぶり」
「うん……。ほんとによかった、もう会えないかと思ったんだ」
ベッドから上半身を起こし、おおきな欠伸を一発。寝起きだからか、ぽやぽやとしている。
「一体、何があったんだ?」
「わかんない。でも、そんなのどうでもいーじゃん。ね、今日はここで寝なよ」
「……だめだ。仕事でさ、ちょっとごたごたがあって。行かなきゃならない。今日は署で寝るよ」
そう言うと腕を掴まれ、ぎゅうと離さなくなった。
「や、やだよ! ぼくをひとりにしないでよ!」
「今日はここで、ゆっくり体を休めるんだ。明日、仕事がすんだら迎えにいくから」
むっとした表情で、ますます腕を握る力が強くなる。血の流れが止まりそうなほどに、強く。
「……ぼくのことが嫌いなの」
「どうしてそうなるんだ」
「だって、だって、ぼくのそばに居てくれないんだもの。置いていかないで、寂しいよ」
かすれて枯れた、低い声。なぜか威圧的でぞっとする。
「明日迎えにきてやるから、な」
「やだよ、署に行くなんて嘘つかないで。うちに帰って、あの子とお話して、ご飯たべて、……。ぼくのほうがグレイちゃんの事知ってるし、一緒に居た時間も長いし、大好きだし、愛してるのに……」
目を逸らしたくなった。そうすると殺されてしまいそうな、そんな感じがしたのでやめた。にい、と唇を吊り上げたのをオレは見逃せなかった。いや、見せびらかしたのかもしれない。オレをここへ縛り付けるために、わざと演技をしたのだ。
セオドアと対峙した時の感じには劣るが、血が凍るのではと心配をするほどに体の機能を心配したくなった。……まだセオドアの支配から抜け切れていないのか?
ふうっと息を吐いた。冷たくなった血が温まるのを感じた。
「……そうか、なら、オレの言うことを信じるんだ。オレはひとつも嘘は吐いてないぞ。オレは、オレを信じてくれない奴に愛されたくはないね」
言いなりになったらいけない気がした。オレはひとりの『ひと』として独立している。オレはアッシュの世話係でも、ぬいぐるみでもないのだから。
「……ほんとに、なんにもないんだ?」
「ああ。無駄な心配ばかりしてるから、疲れて倒れたのさ。だから今日は休めよ」
「だって、心配なんだよ、仕方ないよ。無茶ばっかりして、色んな人と話をして……。ぼくがグレイちゃんのそばに居られなくなる日が、すぐに来るかもしれない。そんなの、もう絶対に耐えられないよ。少しの間だけど……、グレイちゃんに会えなくなって、すごくつらかった。昔とは違うんだ、ぼくは……」
涙を流していたが、前に見たものとは明らかに違っていた。何か裏に意図がありそうなものだった。自分に触れさせるために、オレに抱きしめられるために。触れなかった、そんな気分になれなかった。
「オレもさ、ずいぶん探したんだぞ」
「ぼくは、探さなかったよ。見つけてくれるって思ったから。探せなかったんだけど、さ。……思ったとおりだったね。もうだめだって、何にもできないで死んじゃうのかな、って。そう思った時、助けてくれたんだ」
「お前が死ななくてよかったよ」
「……そんなこわい呼び方しないで」
この瞬間、ひっくひっくとしゃくりあげていたアッシュの動きが止まった。やはり、演技だ。
「……アッシュ」
「なぁに」
「……」
「冷たいのか、優しいのか、わかんないよ。ぼくの事、どう思ってるのか、わかんないよ……」
「大切な親友だろ。死んだら悲しい。昔からずっと一緒に遊んだりしてたじゃないか。ひとりや他の奴と戦うより、隣にアッシュが居たほうが気持ちが楽だし、やりやすいんだ」
正直にしゃべった。嘘をついたらついたで、こっぴどく怒られそうだったからだ。媚びを売り、ゴマをするような生き方をしていると、こういう時にボロが出るというものだ。
アッシュは予想通り、表情を変えた。残念そうに、目を伏せた。
「……ぼくは、グレイちゃんにとって、便利な道具ってこと?」
「なんでそうなるんだよ。ひねくれた考え方するなって」
セオドアの呪いは性格までも変えてしまうのだろうか。卑屈な感じで、悲観的で、不幸であること嫌がるくせして、それをアクセサリーのようにチラチラ見せびらかす。
「ぼくは、道具でいいよ。グレイちゃんが喜ぶのなら汚いことでもやるよ。グレイちゃんが言うこと、なんでも信じるよ。だからさ、ぼくはきみと、もっと深い仲になりたい。ぼくの気持ちを受けとめてほしい、ぼくの愛を受けとめてほしい」
涙は、止まっていた。蛇に睨まれたみたいだった。掴まれた腕が、青く、冷たくなっていく。
「ぼくを愛してほしいんだ。……きみじゃないとだめなんだ、グレイ」
掴まれた手を振り払い、窓から逃げ出せたらどれだけ楽だろうか。



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