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Uターン
セオドア・ロックウェルの受難

何回も経験してきているけども、やっぱり死ぬのは気分がいいもんじゃない。他の生き物との死とは違うだけで、僕の死は僕の死だ。首を切り離され、思考と行動ができなくなる感覚はむず痒い。昔は死に憧れ、何度も殺してもらったものだが……、よく、分からなかった。僕自身が望んでこうなったわけだし、全てが終わる時が来るまで僕とは付き合うつもりだ。
しかし、今回はなかなかどうして腹が立った。まさかこの僕が、あんなに若い、しかも悪魔にしてやられるなんて。死なないからと余裕をもって行動するのはやめておいたほうがいいのかもしれない。この件で彼女は調子に乗ったろうし、いつか時が来ればおしおきをしてやろう。

今僕は、死体安置所……、モルグに居た。まるで棺桶のような冷たく小さなスペースに、監視カメラ付きで押し込まれていた。切られた首は接着されたものの、落ち着かない。ただ単に切られたのではなく、焼き切られたので首の皮に醜い火傷の痕が残っている。そんなの、絶対に許せない。僕が許可した傷しか、僕の体に残ってはいけない。
早く脱出をして首をつけなおさなくちゃ。合う合わないはとりあえず置いておいて、このセンスの無い火傷や接着方法をなんとかしたい。脱出するだけなら簡単だが、あまり騒がれないようにしたかった。そのため、偵察を『灰蛾の子』に任せた。
この子の能力は便利だ。体の一部を蛾に変え、飛ばす。蛾の見たものや聞いたものは本体に伝わる。沢山飛ばせば飛ばすほど大量の情報が手にはいる。
わずか二日でこれだけの情報が手にはいった。まず、モルグの扉は死体泥棒を防ぐためにかなり頑丈なつくりになっていること。これは僕にはあまり関係がないのでよしとする。
モルグの周りにはほぼ何もないこと、昼間は沢山の人が居るが、夜は見張りの警備員が一人しかいないこと。そしてその警備員は……、僕が大好きだってこと!
蛾が、監視カメラで僕を見ている時の彼は様子がおかしいと報告したのだ。
僕にも簡単に予想がつく……、モルグの警備員をやっているなんて、かなりの物好きだ。『死体性愛』……、ネクロフィリア。僕も経験がある。ヒトを絞殺すると、窒息した時にしまりが良くなるのだ。それから死体が冷たくなるまで行為を続けるのが好き。死んだ人間のくたっとした腕や、もう死んでしまったという空気、僕が殺したという達成感が僕をどうしようもないくらい誘惑してくる。
昨日、僕より前に来ていた死体が警備員の慰み者になっていたのを蛾が目撃している。その死体は男だ。若い男。
まさか、人間にここまでの変態が居るとは!
悪魔や天使なら、あまりおかしくない。なぜなら、僕らは性欲が強かったり変な方向に行ったりしやすいからだ。魔力の副作用といった所だ。もちろん、そうでない者も居る。歳をとると、だんだん落ち着いてくるらしい。
そのため悪魔と天使は性に対してはわりと柔らかい考え方をしている。人間のような結婚制度なんてない。
昔、そのせいで天使が増えすぎた事があった。それを見て主は天使の……、女の体に特別な仕掛けをした。女のほうが望まなければ子供ができないという仕掛け。ま、僕のように意思を操ることができるなら意味がない仕掛けなのだけど。僕くらいしかそんなことが出来なかったから、一件落着したというわけ。
人間がそのような考えをすることがあるのは聞いた事はあるけれど……。もしかしたら、生まれつき魔力を持っているのかもしれない。
何度も生きてきたけれど、知らないことや分からない事は山ほどある。僕はこの世のわずか数パーセントしか知らないのだろう。主ですら知らないこともあるというのだから、仕方ないのかもしれない。僕が知るよりも先に時間は進み、知らないことが増えていく。

モルグに来て、三日目の深夜。僕の入れられている、小さな小さなスペースの扉が開かれた。トレイのようなものに僕は転がされていて、トレイを引っ張ると僕は外に出てくる。
警備員は裸である僕の体を舐めるように眺めながら、べたべたと手の脂をなすりつけるみたいに全身に触れてきた。僕は加害者になるのは好きだけど、被害者になるのは大嫌いなんだ。すぐに動きたかったけれど、このスペースの中は冬なんて目じゃない、冷凍庫。筋肉や僕の中に居る『虫』が動けるようになるには時間がかかる。
警備員の息が荒くなるのを感じる。しまったな、ここで人間に犯されるなんてこと、あってはならない。そんなことになったら僕は、一生悩んで苦しみ続けることになる。絶対にいやだ。触られるだけで嫌なのに……、僕は加害者になるのは好きだけど、被害者になるのは本当に嫌なんだ!

念ずると、飛んでいた蛾が数匹集まり、『灰蛾の子』の形ができる。僕の体から警備員を払いのけて押し倒し、首を締めた。コキ、と嫌な音。首の骨を折ったらしい。すぐに警備員が動かなくなる、かわりに僕は外の空気に触れて動けるようになった。
「ありがとう。君は、いい子だね」
「ぼくは……、僕は……、ボクは……」
「何にも言わなくっていい。僕は君の苦しみを知っているから。だから安心して、僕が君を守ってあげる……。ね、アッシュ」
警備員の上に乗った『灰蛾の子』アッシュ。ヒトや悪魔、天使などの体液か体の一部を摂取することで、僕はその相手を操ることができる。それは記憶の共有によって可能になることで、肉や血の量によって変わってくる。
今回僕はこの子の『蛾』を摂取したわけだけど、この『蛾』はすごい。何故って、この小さな虫の中には、アッシュの体の設計図が詰め込まれているからだ。一匹だけで体を作るのには十分な情報量だった。
僕の操作の精度はこれまで以上となった。ここまで思い通りにしようとすれば、体をまるごと食うか、全身に巡る血という血を飲み干さねばならない。
記憶の共有度はほぼ百パーセントと言っても過言ではなかった。僕はアッシュの記憶をすべて知ることができた。これまで隠していただろう事も、誰にも言わなかった事も。小さな虫を通して、僕と彼は通じ合った。
「つらかったろうね……」
僕は台から降りた。警備員の上に座り込んで、黙ってほろほろ涙を流すアッシュの頭をなでてやった。

アッシュ・ブロウズは幸せとは到底言えない幼少期を過ごしていた。この経験たちが今のアッシュに悪影響を与えているのは、言うまでもない。なぜならアッシュは、望まれない姿で生まれてきたからだ。
彼の両親は黒髪でもちろん黒髪で生まれてくることを望んでいたし、女の子を望んでいた。
育つうちに、望みと逆の子を産んだことに気づく……、アッシュは白子だった。生まれつき持っているメラニンが少なく、病的なほどに真っ白な肌とピンクの目、透けた髪を持ち、とても体は弱く、小さかった。
アッシュの父親はほかの悪魔との子ではないかと疑ってかかり、母は病んでしまっていた。アッシュが物心ついた頃には、母親は自ら死を選んでいた。
父親はアッシュと血は繋がったいないと思っていたため、ぞんざいな扱いをする。その頃の仕打ちが性格の歪みになったのだろう。
それを見たルシファーはアッシュを引き取り、同じく不幸な幼少期を送っていたグレイ・キンケードと会わせた……。
後に両親が女を望んでいたと知り、アッシュは化粧を覚えて女ものの服を着るようになる。死んだ母親と育児放棄した父親へのあてつけのように。

「ぼくが女の子に生まれていれば、グレイちゃんともっと仲良くなれたかな。お母さんが死ぬこともなく、お父さんはぼくを愛してくれたろうか」
「そうかもしれないね。でも、君にしか出来ないことだってあるんだよ。子をつくるには、君が男でなくちゃ。君は間違って生まれたんじゃない」
「不安で不安で不安で仕方ないんだ。グレイちゃんが他の人に気を向けないかって、触れないかって、笑いかけないかって。あの眼鏡といる時なんて……、気が狂いそうだった」
「大丈夫、君は間違ってないから。その気持ちは正しいものだよ。もしみんなが間違ってるって言っても、僕が正しいと言わせよう。だから、泣かないで」
「苦しいよ。ぼくだけのものにしたい。こんなにも愛してるのに、ぼくは守ることじゃなく、傷つけることばかり考えてしまうの。そんなぼくをグレイちゃんは愛してくれないよ。ぼくが愛して、ぼくが愛されないと意味がないのに。ぼくは、ぼくは、我が儘なのかな。ぼくはそれ以外いらないし求めないけど……、ぼくが欲しいものはあまりに大きすぎるもの。こんな事考えてばかりじゃダメだって、愛してくれないってわかっているのに……。不安だからぼくはこう考えてないと正気を保てるかも怪しいよ。……ぼくは、もう狂っているのかな……」




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