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Uターン
吊られた男

サマエルの体が派手に震え、隠していた白い翼が飛び出した。言葉にならない叫び声と、威嚇するような唸り声が混じったような声を出している。ぼさぼさになって、所々顔に張り付いた髪。その間から覗く目は血走っていた。
「サミュエル、君がその痛みに耐えて三日謝り続けるのなら、許してもいい」
大きく息を吸って、吐いた。何が起きているのかわからないけれど……、ヤバいって、それだけはわかる。
床を踏み、腕を斧の形へ変える。腕のひとつでも切り落としてやれば、オレに怒りを向けるだろう。足の影を燃やし、音を立てず走る。セオドア目掛けて振り下ろす、が。刃が刺さったのは床。
「やめてよ、死なないって言ってるじゃないか」
「信じられるかよ」
床から刃を抜き、構えた。勝てなくても、邪魔ができればいい。
「僕がやってるんじゃないんだから、僕を殺しても無駄だよ。主が……、お怒りになってるのさ」
わざとらしく手を振り、『何もやってないよ』とアピールをする。確かに、サマエルはあんなにも苦しんでいるが、セオドアには何かやっている素振りは無かった。
「君の父親も、こうやって悪魔になった……」
一息置いてまたセオドアが喋りだそうとした時、耳をつんざく叫び声。サマエルだ。
真っ白い翼はすっかり灰色になり、伸びきっている。よろよろと立ち上がると、翼は崩れて砂となり消えた。相変わらず、胸と腹からは血を垂れ流していた。
「気分はどうだい」
セオドアが声をかけると、明らかにサマエルの雰囲気が変わった。目をこれでもかというくらいに開き、歯をむき出しにしている。顔には鱗が浮かび上がってきた。
「なかなかいいみたいだね?」
その言葉にキレたのか、サマエルは叫び声を上げながらセオドアに殴りかかった。セオドアは避けようとしなかった。何かにはじかれたようにサマエルは腕を引っ込める。その隙にセオドアは腹に膝蹴りを入れた。嫌な音と呻き声が聞こえ、床に転がるサマエル。
「……サマエル!?」
急いで駆け寄る。触れてみると、問題なく触れた。天使であるサマエルに悪魔のオレが触れると痛むはずなのに。
「悪魔に……、なったのか」
体温は低いが、目に見えるスピードで皮膚が再生している。生きている。
「今日からサミュエルは君たちの仲間さ。仲良くしてあげてよ。……いや、前からだったかなあ?」
血だまりの中で怯えたようにうずくまるサマエルは、まるで子供のようだった。セオドアはサマエルに教育をしていたと言うけれど……、どんなものなのか想像すると寒気がする。
「はあ。グレイ、君は僕のものを奪うのが好きらしいね。警部の娘だろ、クリスにサミュエル……」
「保護だ」
「ふーん。被害者からしたら、言い方綺麗にしても一緒なんだけど。今度は僕から何を奪うつもりなんだい? 君の連れは返してやったのにさぁ」
ふんっと鼻を鳴らし、腕を組む。あのアッシュの様子、ただ事じゃなかった。
「……アッシュに何を」
「大した事はしてないよ、返しただけ感謝してほしいな。……じゃ、サミュエルと仲良くしたげてよ。僕は行くね」
そう言うと、壊れた窓からセオドアは飛び出していった。しばらくすると外に待機していた警察が突入してきて、人質を連れていく。
「……あっ、この間の!」
人質が助け出されていく途中、騒がしい音にまみれて子供っぽい声が聞こえてくる。
振り向くと、背の低い警官が立っていた。あまり細かい手入れのされてなさそうな茶色い髪が、汗でじっとりと濡れていた。
「……?」
「覚えてないかー、仕方ないね。前にさ、ロボットが暴走した時に君と話したんだけど」
「……ああ、あの」
オレがNDに来て初めて出た現場で出会った警官だ。子供っぽくて警官にはあまりなさそうな感じだったのですぐに思いだせた。
「お疲れ様。その人は……、異能者?」
「ああ。放っておいたら起きると思うんだが、邪魔だろ。連れていくよ」
「一人じゃ大変だよね、ボクも手伝うよ。担架とか、要るよね? 持ってくるから」
「要らない。ちょっと乱暴にしたって、オレらは平気だから」
傷もだいぶ塞がったし、動かしても大丈夫だろう。こんな事で死んでしまうような弱い生き物だとは思わないし。ゆっくりと持ち上げると、思ったより楽に担ぐことができた。単純な力だけなら自信はある。壊れたガラスへと歩くと、さっきの警官が走り寄ってきた。
「ま、待って! どこ行くのさ」
「下だけど」
30階だし、飛び降りたほうが早い。タラタラとエレベーターに乗るなんて、面倒だ。セオドアの臭いが染みた場所から、早く離れたかった。
「そんな、こんな所から本当に降りるっていうの!?」
「まあ」
「ダメだよ、いくら異能者だからって危ないよ! 怪我人も居るんだからさ!」
やめてやめてとしがみつく警官。少しアッシュに似ていて、悲しくなってしまった。昔から心配のかけあいをしていたな。しぶしぶ窓から離れると、警官はほっとしたようだ。息を吐き、床に崩れる。
「はあっ、よかった」
「すまん」
「い、いや。ボク、担架用意するから。確か人質の方を連れていくためにいくつかまだ置いてあるはずだし」
部屋を出て行き、すぐに担架を担いで戻ってきた。現場からはどんどん人が消えていって、もう十数人しか居なくなっていた。セオドアの指紋や頭髪を集めておくらしい。どうせ、無駄だろうけど……、担架にサマエルを乗せ、小さな警官とゆっくりエレベーターに乗る。
「君、中央のグレイ・キンケード、だよね?」
「そうだが」
「やっぱり! いや、結構有名でさ。異能者の中でもすごい異能者がいるんだーって。まさか有名になる前に会ってて、しかも話もしてたなんてねー」
警察には名が知れてるということか、ならそろそろ一般人にもオレという存在が認識されてもいいだろう。そうなればやりやすくなる。オレは国民のヒーロー『NDの異能者』だし、有名になればなるほど味方が増えていく。一つの大きな力と万の小さな力、どちらが強いかと言われればそれは断然万の小さな力だ。まあ、その大きな力の大きさにもよるわけだが……。大体の場合、数が強い。
「なんか、有名なバンドが有名になる前にファンだったとか……、そういう気分だよ」
「そりゃ、どうも」
ガラスの箱の中から夜景を眺めていた。人工の光は一つ一つがギラギラと激しい主張をしていた。唸りながらエレベーターは、落ちる。
「……異能者の仕事って、ほんと……、大変だね」
「でも、誰かが代わってくれるわけじゃない。差別されて仕方ない存在を、うまくヒーローに仕立ててくれてるんだから。オレたちにとってこんなにやりやすい事はないよ」
オレやアッシュのように上手く人型と切り替えができる者はいい。まだまだ未熟だが、若さというパワーのみで戦っている魔女や魔人の中には、人間とは違う見た目を持つ者が大勢いる。羽毛が生えていたり、ウロコが浮き出たり、鋭い爪があったり……。それを差別せずにむしろ祭り上げてしまう。ある意味差別なのだが……、うまくいっているので何も言わない。
「……そうだね。でもさ、そんな考え方、ないよ」
「……は?」
「ボクらはそう考えてないよ。NDも、異能者も、捜査班も、みんな仲間だよ。みんなで協力して仕事してるんだから。異能者は、みんなボクらを頼ってくれない。仕事の補佐だけじゃない……、もっと色んな面で役に立ちたい。素っ気なくて、気付いた時には一人で病んだり、死んでしまうんだ。ボクはまだ捜査班からNDに来たばっかだけど、その少ない間にそんな異能者をたくさん見たよ。だからさ……」
「悪いけど、そんなへたれた根性持ち合わせてなくてね。自分のケツは自分で拭けるよ」
「みんな、そう言うんだよ。みんな……」
中央以外のNDのことはよく知らないけれど、アッシュも逃げ出したくらいだしあまり環境がよくないのか。それともオレが上手くやってるだけ?
「……おい、騒がしいな……。止めてくれ、俺は気分が良くないんだ……」
「わっ、ごめんなさい!」
担架の上で気を失っていたサマエルが意識を取り戻した。大量出血のせいか、顔が真っ青だ。
「……サマエル」
「そう呼ぶのは、もう……、やめてくれ。俺は……、何がしたかったのだろうな……」
手で顔を覆い隠し、鼻をすするサマエルになんと声をかければいいのか、分からなかった。
恐れていても、嫌っていても、育て親なのだろうか。親がいないオレには、分からなかった。



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あきゅろす。
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