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Uターン
偽善者の偽善的偽善

サマエルの言葉が気になっていた。人質が女性ならなおさら、ってどういう事だろう?
とりあえず、さっさと落下ポイントを見つけて準備しておかなくちゃ。沢山のヒトが見ている中で、警察がヒトを殺すのはあまりにもまずいし。
モーガンはあまりにも真面目だ。サマエルも、方向性は違うとはいえ仕事に対して真面目だ。やはり他人事に思えるか思えないかだと思う。やはりサマエルは天使でモーガンはヒトだし、どうしようもない事なのだろう。
「……落下ポイント、ってどう探せばいいんですかね」
「普通に考えたら、部屋の入口の反対側だよな……」
高いビルなのだから、部屋の入り口は少ないだろう。警察のやってくる大きな入り口の反対側に犯人が居て、そばに人質が居ることは簡単に予想される、が。
見せしめに警官たちの近くで落とす可能性もある。それに犯人は興奮しているだろう、興奮した生き物の行動を予想するのは難しい。
「あいつ、簡単に言うよなぁ……」
「今の状況を教えてもらいましょうか。参考にはなるでしょう」
「……やめとけ。下手に動いてまた撃たれたらどうするんだ、そうだろ?」
「……はい!」
さて、モーガンの期限が少しなおった所で。もうすぐに迫りつつある問題に向き合わなければ。サマエル、あいつがオレを連れ出したのは何かわけがあるはずだ。簡単な事ならオレには頼まない。異能者にしか、オレにしかできない方法があるんだ。
影。オレは影を操る能力がある。自由に形を変えることができるし、影の中に入って影から影へと移動する事ができる。自分の体も影だ。……細かく言うと、少し違ってくるのだが、それは天然水と水道水くらいの違いにすぎない。どちらも水だし、どちらも影。
物体が光に当てられると、影ができる。それが強い光であるほど、影も強く黒く出る。夜のビル街には、あちらこちらから人工の光が飛び交っている。影は出来放題だ。影は常に物体のそばに存在し、動く物体に合わせて影も移動することとなる。
つまり。
「……モーガン、時間は大丈夫か?」
「え、あと、三分ほどしかないです。どうするんですか、なんとか、なるんですか……?」
不安そうに眉を下げて問う。今までこんな使い方はした事がないけど、答えは見つかった。確信を持っていた。
「三分か、多いくらいだな。人質は助けられるぜ」
「じゃあ、落下ポイントが分かったんですか!?」
「わからねえ」
落下ポイントを探す必要はない。なぜなら、落下ポイントは『現れる』からだ。
「……え、じゃあ、じゃあ」
「まあ、待ってろって!」
そう言い、モーガンの影の中へ飛び込んだ。物体には、影がつく。地上に障害物があっても、影の中なら出られる影しかうつらない。ビルの周りに『落下してくる物の影』が現れたら……、それが人質だ!
オレはその影から地上に出てきて、落ちる前に受け止めればいい。反応速度が問題になってくるが、30階から落ちるなら少し時間はあるはず。それに、オレは影の世界に慣れている(親父に言わせればまだまだみたいな感じだったが)。新しく発生した影を見落とすものか、こういうのは空気でわかるんだ。
地上に存在するビルの真ん中に立ち、浮かび上がる影を睨んだ。車の影、人の影、建物の影。音だけが、影から得られる地上の情報。じっと時を待つ。
――叫び声。かすかだ。動く影が見える。小さい影が、大きく、落ちていく。
あれか!
その影目掛けダッシュ、地上に向けて飛び上がる。影の世界で聞こえる音とは違う、クリアな騒音と、伸ばした腕に襲いかかる重量感。
腕の中に居たのは、白い髪を大きなふたつのリボンでまとめた女だった。妙に血色の悪い肌、ビルから落ちてきたのなら無理もない。汚れたビー玉のようなひとみは、どこか違う遠い場所を見ているようだった。
この女を見た事がある。
「あ、アッシュ!?」
そうだ、間違いない。アッシュと地上で初めて会った時、ちょうどこんな格好をしていた。声をかけても、返事はしない。
カッと目を見開き、死にかけの魚のように、はくはくと酸素を吸っている。
「アッシュ!」
軽く揺さぶると、視線がこちらに移動した。唇の動きがわずかに変わる。声を出しているのかもしれないが、周りが五月蝿くて聞こえない。
「グレイさん! 助けられたんですね、良かった」
声が聞こえたのか、モーガンが走ってきた。
「ああ。……しかし、来ないな。手こずってるのか。相手は異能者じゃないんだろ」
「はい。この方は……」
セオドアの洗脳がとけているのか? 開いていた目は閉じはじめ、疲れきった表情をしていた。
「なんでもいいから、静かな場所に連れてってやってくれ。オレは上を見てくるよ」
セオドアは魔法臭を消すことができるし、魔法を使わなければヒトに成りすます事ができる。上にセオドアが居るのなら、サマエルが手こずっているのも頷ける。
助走をつけ、思い切り地面を踏み、足で影を燃やす。ずっと飛んでいくと、いきなり重苦しい空気になる。気となって肺に取り込まれ、血となり頭から足の先まで支配するのは死のにおい。ここだ、ここに違いない。大きなガラスは割られている。アッシュはここから落ちたのか。窓の縁を掴み、部屋の中へ。

部屋のすみに人質は集められている。拘束などは特に無く、床に座って寄り添っていた。入り口近くには警官がふたり、倒れている。そして、真ん中には――。
「久しぶり。ルシファーの娘、グレイ。いい所に来たね」
こちらを向いて薄気味悪く笑うのは、緑色の髪を少し伸ばした、頬に傷のある男。
「なぜ来た!」
その男の奥には、肩でやっと息をしているサマエルが立っていた。胸から腹にかけて制服が破れており、真っ赤に染まっている。
「サマエル……」
「今日は目的があって来たんだ。もう、ひとつは済んだよ。今日は君の『首を落とそう』とか、そういうひどい事はしないから安心して」
ああ、良かったのか悪かったのか。オレがセオドアに殺されるなら、首を切られて殺されるに違いない。
「首がさ……、かゆいんだ。適当に見繕ったから、合わなくてね。だから首の皮を探していたんだけど、合いそうなものが見つからなくて。人質は、もういいよ。連れていくなら好きにしな、僕は邪魔しないから」
ひと息おいて。
「僕は君が首の皮をくれるなら満足して帰れるんだけど、今日はいい」
サマエルが動いた。よろつきながら、セオドアの背に腕を振るう、が。振り向きざまに手首を、掴んだ。……助けないと! 効くとは思えないけど、力が緩むくらいは期待できる。影の銃を握り、サマエルの手首を掴んだ腕を狙う。
ド、と鈍い音がした。遅れて人質の悲鳴。狙い通りに当たったらしく、セオドアが手首を放す。サマエルはうつ伏せに床へ倒れた。息をするのも苦しそうで、軽く震えている。
「……邪魔しないでよ。ひどいことはしないって、言ってるのに」
「っ……」
構えていた手から銃が外れ、床に落ちる前に消えていく。だめだ、こわい。
「……僕は君を失いたくなかったんだけど。こんな仕打ちされちゃ、仕方ないよね。悲しいな、君が生まれた時から面倒を見てやったのに。飼い犬に手を噛まれるとは……、このことだ」
「お前が……、『悲しい』、なんて、感情を、持つ、とは、予想外だった、……かな」
顔をゆっくりと上げた。汗と血で、赤い髪がはり付いている。
「失礼しちゃうな。持っているに決まってる。僕だって喜ぶし、僕だって悲しむし、僕だって怒るよ。君に見せなかっただけさ。そのおかげで、君は感情に揺すられる事が殆どなくなったろう。感謝してほしいね」
「……ありがとよ、糞ったれ」
「主も悲しまれているよ。君が僕らに牙をむき、そーいう悪魔みたいな汚い言葉を口にすることを!」
そして、けたたましい獣の声が響き渡った。




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あきゅろす。
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