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Uターン
天使にサッドソングを

結局、倫太郎は貯めたバイト代で水槽と熱帯魚を買った。買うのなら大きな魚にすればいいのにと言ったのだが、小さなネオンテトラを10匹買った。それでもあの猫のことが忘れられないようで、帰るのをかなりしぶった(魚を買ってからだいたい30分は猫の前に居ただろうか)。買ってやろうかと一瞬思ったが、明日どうなるか分からない生活を送っているわけだし、生まれたばかりの生き物を振り回すのはかわいそうだ。
居間に水槽を設置するのを手伝った。魚を水槽に入れた時は、少し感動した。ライトも水槽もおしゃれなものを買ったので、結構いい雰囲気に。
「へえーっ、ちゃんとしたら綺麗なもんだな」
「もうちょっと沢山買えばよかったですかね」
「だから言ったじゃないか。また、見に行こうか」
「ええ」
パラパラと餌を水槽に入れると、水面に魚が集まってきた。
「こうして餌を食べているのを見ると、結構かわいいもんですね」
そう言われて近くで見ると、少し大きい餌を小さな口でちぎって食べている姿は、なかなかかわいらしい。じっと見ていると、急に水面が震えだす。隣に置いていたオレの携帯が震えているのだった。
携帯を開くと、モニカからの着信。せっかく帰ってきたってのに、仕事だろうか。やれやれ。しぶしぶ通話ボタンを押し、電話を耳に当てる。
「もしもし」
「グレイさぁーん? モニカです。近くで立てこもりが起きてまして、……ちょっと出てくれませんか?」
「どこだよ……」
「えっとですね、モールビルの30階、銀行です。今、マンションの下に車止めてますから、来て下さい」
「……サマエルはどうした?」
「サマエル? サミュエル君なら隣にいますよ。いや、その立てこもりがですね、異能者でなく、ただの人なんです。人質が居るんですよ。だから二人のほうがいいって、グレイさんを呼んで下さいって」
サマエルなら一人でもできるだろうに、ああ、面倒くさい。でも仕方ない、わざわざ呼ばれるということは何か考えがあっての事だろうし……。
電話を切って玄関へと廊下を走ると、倫太郎が居間から玄関をのぞいてきた。
「呼ばれたんですか?」
「ああ、すぐ戻るよ」
スニーカーの紐をしっかり結びなおし、ドアを開ける。
「俺も行きます」
「すぐだから。待っとけって」
振り向くと、不機嫌そうにした倫太郎。
「……晩御飯作ってますね。それまでに帰って来なかったら、行きますよ」
「じゃ、余裕だな」
ドアを閉める。相手がただの人間らしいから連れていってもよかっただろうか。いや、でも……。まだ悩みながら、階段を飛び降りた。

マンションのロビーを出ると、いつものパトカーが止まっていた。後部座席に乗り込むと、すぐにアクセルが踏まれる。
「すみません、俺ひとりじゃ、不安で」
「来たばかりですもの、まだまだ頼ってもいいのよ。ね、グレイさん?」
「あ、ああ……」
バックミラー越しに見たサマエルの表現は、『すみません』とか『不安』なんて思っているモノではなかった。モニカの前だからか、かしこまっているのがちょっとムカつく。モニカは先輩面できるのが嬉しいのか、気持ち悪いほどの笑顔を浮かべていた。
「状況説明しますね」
サイレンを響かせて走る大きな道路。周りの車がよけていくので、うーん、いつも思うけれど、かなり楽しい。モニカの話を聞きながら、窓の外を眺める。
「ビルの30階に、銃を持った男が立てこもってます。現在の人質は38人、一人の女性をそばに置き、銃口を頭に当てられてます。犯人の要求はですね、異能者です。警官が二人撃ち殺されてます」
「……異能者あ?」
窓の外を見るのをやめた。要求の意味が
全く分からなかった。もしかしてサマエルのやつ、オレをおとりに使う気か。
「ええ。異能者を連れてこさせて、殺したいようなんです。撃たれた警官二人、どちらも異能者だと間違われたみたいで」
助手席のサマエルがモニカに気をきかせたのか、代わりに口を開いた。
「オレはおとり役ってことか」
「いえ。俺が、行きますよ。作戦があるんです。現場に着いたら説明します」
ああ、面倒くさい事を言われそうな気がする。まだ一緒に仕事をした時間はとても少ないが、だんだん分かるようになってきた。サマエルが二人きりで話したがる事は、たいてい面倒くさい。『倫太郎に俺のことを詳しく言うんじゃない』とか、会いたがっているルゥおじさんに『適当にごまかしてくれ』とか。
やはり、怪しい。倫太郎と兄弟だってことは隠す必要性を感じないし、おじさんに会わないというのはあからさまなものだ。セオドアから助けてもらったとはいえ、なかなか味方だと感じられない……。
考え事をしてるうちに、パトカーは現場であるモールビルの下に到着した。入り口にはお馴染み立ち入り禁止の黄色いテープ。そして、なにやら一般人の数が多い。喧嘩を持て囃すような、そんな雰囲気で全員が上を見上げていた。
「……おいおい、なんなんだ、こりゃあ」
思っていた現場の雰囲気とは、かなり違っていた。ざわざわとしたヒトの塊が、現場を覆っている。
「今の状況は、先に来ているモーガンに聞いてみて下さい。お二人とも、ブザーは大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫ですよ」
モニカに尋ねられ、すぐにサマエルはブザーを出した。わざとらしくオレの目の前でゆらゆらさせた。
「持ってるわけないだろ……。家から突然呼ばれてさ……」
「そう思ってちゃーんと予備を署から持ってきましたよー! はい、グレイさんのブザー。もう無理はしないでくださいね」
渡されたブザーをよく見ると、あの日セオドアに壊されたブザーだった。壊れて使い物にならないほどだったけれど、モニカが拾って修理に出してくれたのか、同じものを手に入れたのか……。どっちにしろ胸に少し来るものがある。
「……ありがとう!」
少し、元気が出た。早く終わらせて飯を食って寝よう。お土産にまた熱帯魚を買って帰れば倫太郎は喜ぶだろうか。

人を押しのけ、モールビルの入り口へ。モーガンが立って、きょろきょろと辺りを見回している。
「あっ、グレイさん、サミュエルくん!」
待ってましたと言わんばかりの笑顔。モニカに命じられ、ずっと立っていたのだろう。『お疲れさまです』と頭を下げるサマエル。むかつく。
「モーガン、何か変わったか」
「まずいですよ、人質を一人ずつビルから落とすっていうんです。もう時間が無いです、あと、十分ほどで誰か異能者が行かなければ……」
「オレが行こう。オレなら三分もありゃ銃を奪える」
「……殺さずにですか?」
と、サマエル。異能者は何があっても、ヒトの命を脅かす事は許されない。異能者は異能者を挫き、異能者はヒトを助ける。ヒーローになれるか、悪人になるか。
力の手加減というのは、日常動作はまだしも、完全に敵対心を持って行動する場合、やりにくい。力むからだ。相手が異能者なら思いきりブン殴っても二、三発は耐えられるだろうが、人間の場合は……。
「人質を、落としましょう」
サマエルがそう言った瞬間、モーガンの腕が、風を切った。
「……何するんですか、痛いですよ」
表情を変えず、殴られた頬をさするサマエルにセオドアが重なる。デジャヴ。
「あなたには……、心がないのか!」
「落ち着け、モーガン。オレ達が心を乱してちゃ、助けられるもんも助けられなくなるぞ」
「……すみません。でも……」
はあっとわざとらしいため息をついたサマエル。ヒトに心がないのかと言われる天使とは、なんとも滑稽だ。
「待って下さい。誰も見殺しにするなんて言ってませんよ。落とすと言っただけです」
「じゃ、じゃあ、なんだっていうんだ」
ぎりぎりと眉間に皺をよせ、サマエルを睨んでいた。
「落ちた人質をグレイさんがキャッチして助けます。その隙に俺が犯人の所へ行って、一緒に落ちます。必要あればグレイさんが犯人もキャッチして下さい」
「オレはいいけど……」
「彼の意見を聞いてる暇なんてあるんですか。落とされる人質が女性なのであれば、なおさらです。グレイさんとモーガンさんは落下ポイントを探してください。俺は行って人質が落とされるのを待っていますから」
くるっとターンし、ビルに入ろうとする背中に、声をかけた。
「一人で大丈夫か?」
「応援が欲しいと言っても、来るのは異能者じゃありませんからね。足手まといです。いりません」
振り向く事はなく、サマエルは黄色いテープを乗り越えて、ビルの中に消えていった。
「……モーガン。落下ポイントを探しに行こうか」
「……ぼくは……、あの人とやっていける自信がありません……」


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あきゅろす。
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