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Uターン
カニバリストの食べ残し

サマエルの予測した『安全日』が終わるまで、あと三日。アッシュの痕跡が見つからない以外は、特に問題のない日々だった。サマエルはすぐに仕事に慣れ、オレと仕事を分担する形になった。たまにだが、オレも夜に回ったりしている。サマエルは、たまに天界へ帰ったりオレのうちで話をしたりする以外の時間を、ほとんど警察署で過ごしていた。下手に動いて隙を見せたくないとのことで、二つあるNDの仮眠室のうち一つは、完全にサマエルの部屋と化していた。
そしてサマエルの重要な役割がひとつ……、魔女や魔人より多くはないが、天使が悪さをしていた時が何度かあった。それを上手く説得し、寝返らせたのだ。天使であるからして戦いも十分こなせるし、サマエル自身が天界の情報収集をしなくてもよくなったのは大きい。サマエルは、不審に思われないよう、たまーに顔を出すだけでよくなった。
大きく動きだしたのは、この日だったはずだ。

朝の11時。オレのデスクは、よく日差しが当たる。少しずつ涼しくなってきたものの、直射日光は流石に暑い。買い溜めしておいたコーラを啜りながら、さっきモニカに渡された捜査班のまとめたファイルを眺めていた。今度は何かによって噛み殺されたペットの死体が、公園や広場にバラまかれているらしい。イヌネコの他、ウサギ、フェレットなんかの死体が合計53体。死体はどれも腹を噛み砕かれており、腸だけがかならず食い散らかしてある。不思議なのは、全てが飼われているものであること。少しくらいは野良ネコの死体があっていいはずだが、どれも首輪がついていたり飼っているものだと申請されているものだ。
このあたりに生息する動物の歯形とは一致しない(『オオカミ』とは形がかなり似ているとメモされているが、それよりも一回り大きい)こと、比較的高い知能を持っているだろうという事から、魔法が関わっていると考えたらしい。それでNDに回ってきたんだな。
オレは、その犯人の存在を幼いころから知っている。
キメラ。悪魔や天使、魔女などではなく、怪物という分類をされる。昔存在したという怪物から生まれた、色んな動物からパーツを継ぎ接ぎしたような、醜くおぞましい娘であったとか。
それを見て面白がった天使たちが、娘の姿を真似て動物を継ぎ接ぎして作ったのが、現代におけるキメラだ。
オレが出るような相手じゃない。街に出たクマみたいに、麻酔銃で眠らせてから殺してしまえばいいだけの話なのだから。知能は高いし運動能力も高めだが、所詮動物だ。人間のくっついたキメラでもなけりゃあ……、ヒトでも簡単に対処できるはず。
結局今日は、一件、銀行強盗を捕まえただけで終わった。相手がただの人間の時も、たまーに駆り出される時がある。ハイジャックやら、人質をとられている時やら。
サマエルにNDを任せ、ゆっくりと歩く。

アッシュの居たホテルに寄り道をした。ほぼ毎日、アッシュが帰ってないか聞いている。もちろん、まだ帰っていない。
オレンジ色の照明のおかげで、少し高級感がある。
「あの、今日は」
フロントのお姉さんにもすっかり顔を覚えられた。ま、確かに、毎日来ていたらさすがに覚えるか。
「ああ! お待ちしていました。あのお客様、今日の朝に突然現れて、チェックアウトされたんですよ」
「本当か! 誰かと一緒だったとか、そういうことは」
「お一人でした。特に変わったことは……、ありませんでした」
「そうか、ありがとうっ!!」
良かった! 生きてるんだ!
生きている、これほど嬉しい事が他にあるものか。ホテルのロビーを出て、思わずガッツポーズ。変な目で見られたって、気にしない。家へと動かす足も軽い。
「……レイさあん……」
名前を呼ばれた気がするので振り返る。人通りも多いし車もよく走るので、騒がしくてよく聞こえない。
「今帰りですか? 俺もなんですよ」
人をひょいひょいと避けてこちらにやって来たのは、倫太郎。バイト帰りらしい。最近、髪をくくる飾り(なんと呼ばれるものか知らないが、ふわふわしていてかわいらしい)の種類が増えてきたような気がする。今日は緑色のもので少し伸びた髪をまとめていた。サマエルと同じようなまとめかたで、なんというか、ますます似て見える。
「おう。お前、またかわいいのつけてんな」
「ああ、バイトの女の子達がプレゼントしてくれるんです。つけないと、悪いでしょう。俺は三つくらいあったら十分なんですけど……」
あはは、と苦笑いをして、それから一息をつく。
「なに、いらないのか」
「そういう訳じゃないんですけどね。プレゼントは嬉しいです。でも、重いっていうか……」
「……倫太郎、いつバイトやめられるんだ。もう『安全日』が終わるぞ」
「明日が最後です。すごい……、迷惑かけてますよね、俺。ごめんなさい、ありがとうございます……」
話し方や仕草に全くいやらしさが見えない。見た目は兄と似ていても、性格や癖は全く似ていない。やはり、性格の決まり方ってもんは幼少期の生活がかなり関係しているんだ、と実感した瞬間だ。
「気にすんなよ。お前がオレんとこに居てくれてると、向こうも下手に動けないんだから。迷惑なんて、とんでもないさ」
「俺、自分の身を守れるくらいには、強くなります」
「ああ、それがいいよ」
確かに――、倫太郎がサマエルの弟であるのなら、倫太郎の魔法臭はびっくりするほど薄い。強い親から生まれた子は、他の子よりも沢山の魔力を持って生まれてくることが多い。サマエルが強いことは分かる。彼の魔法臭はセオドアやヒルダには劣るものの、オレやアッシュより強い。同じ親から生まれたのなら、もう少し強くてもいいはずだが……。
「あれ、こんな所にペットショップなんて、ありましたっけ」
急に立ち止まったので、こけそうになる。曲がり道のむこう、倫太郎の視線の先には、小さめのペットショップ。本日オープンと書かれた旗が風に吹かれている。
「へえ……、今、ペットはな。運が悪い」
「ペットが沢山殺されてるんでしたっけ。嫌ですね、動物に罪なんて無いのに」
わりと繁華街にあるのだが、その事件のせいか、本日オープンしたのにも関わらず、人が居る雰囲気ではなかった。
「……ちょっと、見て行きませんか」
「しゃーねえな」
倫太郎について歩き、ペットショップへ。店の外からも子犬が見えるように設計されている。ガラスの壁に鼻をくっつけて、眠っていた。
「かわいらしいですね」
「えらく小さいな。もう親から離しても大丈夫なのか」
「親代わりになるから、よくなつくんでしょう」
ふうん、と鼻で返事すると、倫太郎は店の中へ入っていった。
「ここは天国ですか!」
「お前が言うとちょっとあれだな……」
まるで子どものようにはしゃぐ。早速店員を捕まえ、抱かせてくれと頼んでいた。
「グレイさんは、犬と猫ならどっちですか」
「犬は吠えてうるさいじゃないか。猫がいいな」
犬はどうも、好きになれない。へこへことした態度とか、すぐに気を許す所とか。家族で飼うのなら犬がいいだろう(なぜって、犬のおかげで家族の溝がなくなるからだ)が……。
「……猫ならいいですか?」
「はあ?」
「あの茶色い猫とかかわいくありません?」
「お前なぁ……」
倫太郎の指の先を見ると、大人しく座ってこちらを見ている茶色い子猫。少々お値段ははるものの――、確かにかわいらしく、どこか賢そうだ。他の子猫が寝たり暴れたりしている中、この茶色い猫だけは、じっと視線をこちらに向けていた。
「確かに可愛いけどさ……」
「でしょう、でしょう」
「うちに来ると、かわいそうだ。オレらの都合で死んじまうことになったら、お前、すごく悲しむだろ。やめとけ」
「そ、そうですね。こんなに可愛いのなら、すぐ買い手が見つかるでしょうし……。奥に、魚も居ますよ。見てみませんか」
抱いていた犬を苦笑いする店員にかえすと、少し暗いアクアリウムコーナーに歩いていった。



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