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Uターン
朝食が高カロリー

『水の怪』の解決からおよそ二週間――。
ルパート署長には適当な話をでっちあげ、セオドアが『水の怪』だという事にしておいた。死体が無ければ疑われるに違いない、と思ったからだ。セオドアの遺体は回収され、死体安置所の地下、異能者専用の部屋で冷凍保存されているそうだ。
異能者についての研究は盛んに行われているが、結果を出した研究者はいない。一般人でも知っている異能者について、何かわかれば……、お金も地位も一瞬にして手に入るだろう。そのため、異能者の死体は高値で買い取られるのだとか。買い取る者は研究者だけではない。獣に姿を変えたりする異能者(セオドアの始祖鳥のような翼や、ヒルダの蛇のようなウロコがある体など)の死体は、いわゆる美術品として金持ちに買われていくらしい。
セオドアの死体を安置所に運ぶのに、ちゃんと殺したかどうか心配になって、安置所について行った時に聞いた話だ。死んだのがオレじゃなくてよかった! 基本的に悪魔や天使は地上に家族がいないし、魔女や魔人は、これらになる条件上、独り身のことが多い。つまり異能者は死んだらほぼこうだ。死体を研究者にいじくられるか、金持ちに体中舐めるように見られるかだ!
異能者は見せ物だ。魔力の強い異能者はNDへ、容姿のいい異能者はテレビへ。そして容姿がいいわけでもなく、魔力も少ない異能者はどうするか……?
人間として普通に暮らす者もいるかもしれない。しかし。魔力が少ないとはいえ、ヒトをあっという間に殺せてしまう力くらいはある。そんな力を持っていたら、どうするだろうか?
ある者は怒った時に魔法を使い、ヒトを誤って殺してしまう。ある者は力だけではどうにもならない『金』や『地位』を求める。ある者はただただ快感を得るためにそれを使う。
そして新聞やニュースに取り上げられ、批判を投げつけられる。そして他のヒトよりは多いその寿命を刑務所で潰すことになったり……、すぐに死刑を宣告されて、あっけなく幕を引くことになる。
弱肉強食なのは、どこでも変わらないってこと。強い異能者は弱い異能者を殺し、金をもらって暮らす。
異能者=かっこいいというイメージがあるため、基本的に差別されたりするような事はないけれど……。複雑な気分にはなる。
アッシュはまだ姿を見せない。署長に捜索してもらうよう頼み込み、実際に捜索は行われているようだが……。死体はおろか、服のきれはしすらも見当たらないという。目撃情報ももちろんナシ。多分……、しぶといヤツだから、生きてはいると思うのだが。
セオドアを殺したという報告は、もちろんおじさんに入れたが……、反応は微妙だった。『首を落としたとしても、生きていると思っておけ』なんて。確かにこの手で首を切断したし、死体が安置所に運ばれて冷凍保存されるのもこの目で見ている。まさか、あれから復活するなんてことはあるまい。

『水の怪』はあまりすっきりしない形で終わりを迎えた。気分も、二週間ずっといまいち。天気だって曇り続き。重い足を引きずりながら、今日も中央署ND課へ向かう。
「き、きたぁっ!」
着替えを済ませてNDへの扉を開けた瞬間、モニカのキンキン声。帰ってきた次の日に聞いた時は安心したものだが、もう慣れてしまった。
「なんだよ、朝から」
「あ……。おはようございます、グレイさん……」
異様なテンションの下がり方に、居心地が悪くなる。
「おはようございます、グレイさん」
あはは、と苦笑いを浮かべながらパソコンに向けていた体をこちらへ向けたモーガン。
「聞いてませんでしたか? 今日、新しい異能者の方がうちへ来るんですよ。今、署長とお話をされていて、終わり次第下りてくるという事です」
「そうっ、そうなんですよ! あたし、待ちきれなくて、今日早めに来たんですけど。見ちゃったんです! 新人君!」
ああ、だから机が一つ増えているのか。オレの机の向かい側に、ピカピカに磨かれた新しいデスク。オレが買わないととめったに追加されないお菓子置き場(モーガンはお菓子をあまり食べないし、モニカは自分で買った大量のお菓子を机に隠しているので、お菓子置き場は実質オレ専用になっていた)には、沢山のお菓子が並べられている。
「もう、すっごいあたし好みで! 細身なのはちょっと惜しいんですけど、優しそうで、でもしっかりしてそうで、すっごい色っぽいっていうかぁ……」
「わかった、わかったからもういいぞ」
朝から激しいモニカの絡みを流しつつ、何か飲もうかと冷蔵庫を開けると、そこには。
冷蔵庫にギリギリ収まっている、巨大なケーキが。イチゴがズラリと並べられ、真ん中にはチョコレートで書かれた『中央署NDへようこそ!』の文字。
「おい……」
「あっ! それ、まだ食べちゃダメですよ。もう、グレイさんたらぁ。甘いものセンサーでもついてるんですか?」
ううむ。待ちきれず早く来るだけでは抑えられなかったのか、こんなものまで作ってしまったらしい。なんというか、暫くはモニカがめんどくさくなりそうだ。
何か飲む気も失せ、力無く冷蔵庫の扉を閉めると、部屋に響くはノック音。
「……は、はぁーい!! 今開けますから!!」
緊張からか、声が裏返るモニカ。デスクから立ち上がった足は、何故か震えている。ゆっくりと開かれる扉。
「失礼します」
まさか、いや、まさかな。見覚えのある顔だった。たれ目で、優しげな顔つき。長く伸ばしていた赤い髪は、横で縛って広がらないようにしてある。天使、サマエルだ。
「本日こちらに配属されました、サミュエル・ソーンです。宜しくお願いします」
「わ、私、モニカ・エインズワースよ。よろしくね」
モニカが手を伸ばすと、サマエルはゆっくりやさしく握手をして、微笑んだ。あれでどれだけの天使を落としてきたのやら……。それを向けられたモニカは、うーん、とりあえず幸せそうでよかった。
「ぼくはモーガン。モーガン・ヘイルだ。よろしく」
そんなモニカを華麗にスルーしつつ、モーガンとも握手を終えて。
「……」
サマエルはこちらに視線を向ける。こいつ、何を考えてここへ? 本当にオレと共に戦うため、やってきたのだろうか。
「グレイさん、グレイさんたら」
「……あ、ああ。グレイ・キンケード」
「ごめんなさいね、あの人、いつもああなのよ。無愛想で口も悪いけど……、悪い人ではないのよ」
握手は、しない。痛いし。
「ええ、わかっています。警察官が悪いヒトだなんて……、あっていいはずがありませんものね」
無性に、気分が悪い。なんというか、むかむかする。オレに向ける視線、それはモニカやモーガンに向けたものとはかなり違っていた。オレを、敵視しているな。
「NDははじめてよね? いきなり決まったのよね。応接室で説明をするから、先に行ってくれるかしら。モーガン、連れていってあげて」
そう言いながら棚から取り出したのは、大きな緑色のファイルだ。あれの中身をオレは知っている。NDのマニュアル。かなり特殊なND課、マニュアルもそのぶん特殊だ。
話が長くなる事は見えている。さっさとサマエルと二人きりになって話をしたい。そう思い、サマエルを連れていこうとするモーガンを止めた。
「話、長くなるだろ? 新人君にトイレの場所を教えてやらねえと、なあ?」
「はあ……、グレイさん……。ま、まあ、異能者にしかわからないこともあるでしょうし……。乱暴とかそういうことは絶対ダメですよ。手早くお願いします」
「安心しろよ、署内で暴れるのは犯罪者だけだからな」
チラリとサマエルを探すと、待ってましたと言わんばかりに、にいと唇を吊り上げた。手早く部屋を出て、ぶ厚い扉を閉じた。廊下のずっと先には、トイレがある。
「……何をしにきたんだ」
「もちろん、共に戦うためさ」
嘘だ。
ああ、イラつく!



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あきゅろす。
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