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Uターン
地獄でまた会うだろう

このヒントで仮説、をひとつ立てることができた。身体の一部、つまりヒトの血やアッシュの蛾……、それを口に入れたセオドアは、血や蛾の持ち主を操ることができる。摂取量で精度が変わるのかもしれない。よろよろ歩きだった爺さんの血をあまりセオドアは摂取していないのかも。一匹でアッシュの身体が作り出せるほどの情報(蛾)を飲み込んだセオドアは、アッシュに自分の意思があるように見せることができる。事実、アッシュはすらすらといつものように言葉を操ることができていたし。
仮説、というか、ほぼ当たりだろう。これ以外に何かあるものか。
「……そしてだ。君が嗅ぎ回っている連続殺人事件。僕が関わっているが……、ここでは、ほぼ誰も、殺してないんだ」
……なんてことだ。ヒトを操ることができるのなら、殺人事件なんておこし放題じゃあないか。こんな田舎町だとヒトとヒトの繋がりも強い。殺人事件が起きても、『あの人なら大丈夫だ』と思える人間も多くなる。そして、この森。二人きりになれる場所なんていくらでもある。誘い出したヒトを操っているヒトで殺し、その後操っているヒトを自殺させる……。その後セオドアが出てきて、好き放題に解体を楽しんだ後に、川へと流す。こんな所か。
「さすが。察しがいいね?」
「アッシュを返せ」
「やーだよ。クリスがそっちに居るんだし、僕が何かいただいてもいいんじゃない?」
セオドアが玄関に向かうと、黙って後ろをついていくアッシュ。スッと通った背骨。
「……君はな、さっき、ヒトを守ると言ったよな? じゃあ、今、足下に転がっているのはなんだ? 君が守ると宣言したものじゃあないのか?」
「魔法臭がしたし、家の様子がおかしかった。もうヒトじゃあない」
「ヒトだよ。ヒトだ。今は僕に操られていただけ、哀れなヒトだ。二日もすれば、僕の身体から情報が抜け、操れなくなる。それを待っていただけの、かわいそうなヒトなのさ」
そんなこと、わかるはずないだろ。声に出さなかった。そんな度胸がなかった。
「ルシファーの娘、グレイ・キンケード。お前の血は、破壊者の血なのだよ。先祖からずうっとそうなのだ。君の父親はな、『大洪水』に反対して堕天したのではない。天界で唯一、殺人を犯したのだ。罪の無い天使を殺し、堕天した。この事を知るのは僕とルシファーくらいだろう。最初の悪魔はルシファーではなく、君の父親なのだ」
またこちらを振り向くと、続いてアッシュも同じ動作をした。オレの父親。天使に殺されたとしか、聞いていない。名前すらも知らない。
「血には逆らえないね。いつの間にか何かを殺していたり、怪我をさせていたりした事、何度もあったんじゃあないのかい? 欲求を、我慢できないんだよ。意思を堅く持っても、無意識のいちばん正直な所が、いつも殺したい殺したいと言ってるのさ。そんな奴が正義のヒーローになるだなんて、無理な話……。ただの偽善者。頑張っても、そのうち父親と同じになってしまうよ」
「……なら、オレはオレを受け入れてしまおう。殺したい! 誰よりも、お前をな!」
ああ、確かにその節はあった。血の臭いで暴れたくなったこともある。その衝動の力を、有効に使ってしまう。ただそれだけの事!
「……先に行っておきな。今度は楽しめそうだ」
その言葉を聞くと、アッシュは大量の蛾へと姿を変え、外へと飛んでいった。
「お前を殺してアッシュを連れ帰る!」
「じゃあ僕は君を殺してクリスを連れ帰ろう」
時間は夕方。日も強く、明るい場所と影の差が強い。オレに有利に働くが、さっきのような作戦はよしておこう。空気の流れを読まれること、夕方であることを考えると、長くダラダラと戦えばまた負けてしまうだろう。短時間でさっさと蹴りをつけるしかない。セオドアの視力の悪さは有利に使えるので、頭の中に入れておく。狭い家の中、すぐ出られそうな玄関はセオドアに取られている。どう戦うか。
「ぼーっとしてちゃダメだよ」
飛びかかって振り下ろされる鋭い鍵爪をギリギリでかわす。日がまぶしく、視覚のみで追うのは辛い。
よろめいた所に、腹へ一発。壁に叩きつけられ、骨がきしんだ。
「口ほどにもないね」
「あ……」
裂かれた腹、ぐちぐちと音を立てて死んでいく筋肉。太ももが、なま暖かい。
「ぅ、あ」
腹の中にねじ込まれた腕が、オレの内側でいやらしく臓と骨を撫でているのがわかった。腰の力が抜けて、壁の支えがあっても立てなくなってくる。デジャヴ。
「あらあら、だらしない顔しちゃって? さっきまでの勢いはどこへやら……」
「ぁ、あ、ぅ、っあ」
鼓膜を打つグロテスクな音の間に挟む、セオドアの声に腹が立つ。と言っても立つ腹は無くなりつつあるのだが……。痛に喘ぎながらも、そのお陰で意識をしゃんと保てていた。
「いやあ、いいなぁ。このまま血をいただいてもいいんだけど。君は僕の思い通りになると、つまらなくなりそうだ」
耳元で囁く声が、コバエの羽音のようにうっとうしい。ダラダラしてるうちに夕日が沈み始める。シンプルな身体能力だけではかなわない。さっきあそこまで追いつめたのも、視覚という弱点をついてやりやすい場所に誘い出したからだ。
奴はわりと単純だ。逃げれば追うし、……いや、プライドが高いだけか? ま、そんなことはどうだっていい。あと一歩、あと一歩があれば。勝てていた。身体能力で負けているなら、憎き神サマに頂いたアタマを使うしかない。
家の間取りを頭の中で作り上げる。今居る場所は玄関から入ってすぐの廊下だ。近くにはトイレと風呂場。狭いし、使えるものはありそうだがすぐに使えるものはないだろう。
次に二階、子供の部屋が三つ。これは論外だ。まず、逃げ込むことが出来ない。影に逃げた先、抜けられる影は入った影から半径100メートル以内、高さは2メートルまでの影だ。
その次、居間とキッチン。こちらも使えそうなものは沢山ありそうだが、セオドアに追いつかれるまでにできることはないだろう。……何か、ないか。何か。……とりあえず、このままだと四肢が動かなくなってしまう。トイレと風呂場は近いし、居間の手ごろな影に出て、それから考えよう。死ぬのなら、足掻いてから死ぬ。
「……後悔、する、ぜ」
セオドアの顔が近づいた瞬間、頬に走る二つの傷が音を立てた。内側に何かが詰まっている。なんだ? 小さなものが蠢く音。傷を止めていた針の間から、ビチビチと。
「僕、興奮してきちゃったァ……」
虫だ。ピンク色の、細くて小さな虫。忙しく動きまわり、数匹が頬の傷から這い出てオレの腹に落ちてゆく。
「やりたい、なァ……」
……ダメだ。あまりに恐ろしくて、動けなかった。殺されてしまう。えへへと子供のように笑う。頬が歪んだせいで虫がまた落ちてゆく。
「触るんじゃねぇ、腐れクソ天使が!」
感覚があいまいになってきた身体と、背筋を凍り付かせる恐怖を振り払い、屈んだセオドアの影に飛び込んだ。部屋の間取り、部屋の大きさはほぼ頭に入っている。居間にある大きめの影を見つけた。セオドアが浮き上がったオレを見つけ、近づき留めを刺すのにおよそ数十秒ほどか。何か、何か思いつかなければ。
影の世界には入れるが、ここまで身体がボロボロになってしまった今……。影の世界に存在できるのもわずか数十秒だろう。影の世界に飲み込まれ、影そのものとなってしまえば意味が全く無い!
運と頭の回転、そして時間、これがセオドアの弱点と上手く絡み合うなら。セオドアのふざけた身体能力に勝てる、かも。



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あきゅろす。
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