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Uターン
デオキシリボ・トゥインクル

ハロルド爺さんの家の前。おかしいな、魔法臭がプンプンする。近くに魔法使いがいるらしい。そんなに強いものではないが、嗅いだことのある……、セオドアの魔法臭とよく似ているのだけど、少し違う。
「アッシュ、わかるか」
「……わかんない。入ってみよう」
ドアを開けて、玄関に入った。漂う魔法臭はさらにきつくなる、が、アッシュと二人なら余裕そうだ。大丈夫、怖くない。セオドアの臭いと似ているのが気になる所ではあるが……。
そっと居間へ続く廊下に足を付ける。ヒトの気配は、ない。爺さんはすでに殺されてしまい、魔法使いが去った後なのだろうか。居間を覗いたが、テレビが付けっぱなしなだけで、特になにもなし。そのテレビだが、チャンネルはおそらくニュースチャンネル、音は消してあるらしく、画面には音が消えている事を表す表示が写されている。
二階も見てみるかと、居間に背中を見せた瞬間、ふっと気配がした。
「うしろッ!!」
アッシュの声のおかげでその気配が現実だという事に気づく。振り返ると、包丁を振りかぶるハロルド爺さんの姿が。冷静に避け、後ろに下がった。
「おい、爺さん。オレだよ、荷物取りにきたんだ」
「……」
何も言わず、包丁を振り回す爺さん。魔法臭はこいつからしているらしい。目は死んだ人間のように虚ろで、焦点が合わない。おぼつかない足取りでヨロヨロとこちらに近づいてくる姿は、まるでゾンビのようだ。一体何があったんだ?
動きは遅く、人間でも見切って避けれるほど。腹に蹴りを入れると、居間へふき飛んだ。
「殺すの!?」
後ろからアッシュの声。
「ほっといたらどうなるかわからんッ。後で死にたくないからな」
弱さに、魔法臭がついてきていないのだ。まだ自分の体に慣れていないらしい。弱いうちにさっさと始末しておくに限る。手を溶かし、影へ。大きな斧へと変化させ、倒れた爺さんの首へと振り下ろした。
「うっひゃあ、派手にやるなあ……」
「こうすれば一発で終わるんだしな」
首と胴が離され真っ赤な血が床に広がり、靴に染みてゆく。仕方ない。襲ってきたんだ、もしかしたら刺されていたかもしれない。
「ん、アッシュ?」
後ろに感じていたアッシュの纏う空気が、変わった。感情によってそのヒトの纏う空気というモノは変わるわけだけど、今は変わるような時か? ヒトを殺した……、それで感情が揺れるようなヤツではないはず。
「……どうかしたかよ」
ゆらり、体を支える軸の力が無くなったみたいに。細い糸で釣ってあるみたいに。不安定にぶれている。傾けた首についた顔の筋肉は、へらへらとした薄ら笑いを作り出していた。
急にぴしっとしたかと思うと、ジャンプして腕を振るう。……グーだ。半ステップ下がり、頬を掠めた腕が引っ込む前に手首を掴む。
「なんのつもりだよ」
まだ薄ら笑いをやめない。それどころか、喉から声を絞り始める。
「……うふふ。殺すかい、僕を。ぼくを。ボクを」
「アッシュ。お前、マジにどうかしちまったのか」
上目使いで見てくるアッシュのガラス玉みたいな目は、ずんと濁り光を見せない。
「そんなわけないじゃーん。僕の意思で、ぼくの肉で、ボクの骨で、こうしてるんだよ……」
掴まれていない左手が目の前に現れた、途端に目が見えなくなり、息苦しくなる。
「うわッ! クソ、どうなってる!」
目潰しを食らったらしい、目には灰がこびりついており、必死で爪を使ってはがした。目を開けると、そこには。
緑色の髪を垂らした、頬に大きな縫い跡のある男。普通なら傷はマイナスポイントとなるはずが、彼はまるでアクセサリーでもつけるみたいに、彼のデザインとして取り入れられているようだった。
「……セオドア」
「ハロー、ルシファーの娘。さっきぶり」
そっとアッシュに寄り添うように立ち、こちらに手を振っている。なるほど、爺さんの件はやはりこいつ。そしてアッシュもだろう。プンプンする、吐き気がするくらいの魔法臭。肺が酸素を拒否している。生きているヒトや悪魔を操ることができるのか。
地面を蹴り、右腕を振り上げた。セオドアの、頬に走る傷目掛けて。が。オレの腕が止まる。アッシュの目玉スレスレのところで、止まる。セオドアがアッシュをひっぱり盾としたのだ。しまった、これじゃあ手が出せない……。
「……おや?」
「殴りなよ。ぼくを。そこの爺さんみたいに。ぼくの目を潰しておしまいよ。さあ、さあ。できないのかい。ぼくを放っておいていいのかい」
顔に似合わない、低くてかすれたハスキーな声が鼓膜をじくじく溶かしてゆく。操られているとしても、アッシュの姿アッシュの声。そんな、殴れるはずない。
「アッシュ! 目を覚ませよ! お前はその隣にいる天使に操られている!」
「……爺さんにそう声をかけてやったかい? どうしてぼくにはそう言ってくれるの?」
「そ、それはッ! お前のことが……」
セオドアがアッシュの首を軽く掴むと、アッシュは電池の切れたおもちゃみたいに力無く首をだらりとさせた。
「アッシュ!」
「ああっ、かゆい! おぞましいよ、悪魔というのは本当に酷い生き物だ……。ルシファーの娘。その爺さんとこの子になんの違いがあるっていうんだい。どちらも大切な大切な命さ。失っていいはずがない……」
「死ん……!?」
まさか。まさか。あのアッシュが死ぬなんてこと。サッと顔が冷たくなるのが分かった。セオドアが首から手を離すと、また顔をあげて、いつもの憎たらしい表情をつくる。
「はーい、見て見て。安心」
少しほっとはするが、状況は変わらず。
「カワイソーなルシファーの娘に、種あかしをしてやろうじゃあないか」
「……」
「僕はね、この子の蛾を食ったのだよ。そして僕はヒトの血を頂くのが好きでね」
アッシュの蛾、それにはアッシュの体の設計図……、つまり遺伝子がぎゅうぎゅうに詰まっている。アッシュの体の一部も同然だ。そしてヒトの血液。ヒトの体の七割は水分でできている、と言う。身体を駆け続けるそれを、体の一部だと言わなくてなんと表現するのか。
唇を噛むと、その液体は染みる。魔法臭と血のにおいにまぎれて、ヒトとはちがう、自身の鉄の香りを嫌々ながら吸っていた。


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