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Uターン
遺伝論

「俺に兄が?」
確かにサマエルは『おそらく向こうは自分の事を知らない』と言ったけれど。確かによく見て見れば、たれ気味の目がよく似ていた。背丈だって倫太郎とサマエルは同じくらいだし。ふわふわとして癖のついた髪は、色が違っても同じものにしか見えなかった。
「ああ、サマエルという天使」
「……まさか! そんな事は絶対にありえないです。サマエルさまと血が繋がっているなんて、馬鹿な話……。おこがましい!」
「さま? そんなに地位が? まあ、確かに悪魔狩りのリーダーだし……」
オレを見て、嬉しそうな顔をした倫太郎。サマエルとは、喜んで説明を始めた。

サマエル、本名はサミュエル・ソーン(大きな役職についている天使や強い天使には特別に名前が与えられたりするらしい)。
若い天使だが、実力があるので名前をもらったのだとか。天使たちのリーダー、セオドアから直接指導を受けた唯一の天使。ルシファーの後を継ぐため『死の天使』としての教育をされた。
ヒトに性の知識を与えて進歩させたのは彼だという。死んだ者の魂を運んだり保管したりするのが普段の仕事。普通の天使だと、死んだ者の魂にずっと触れていると気が狂ってしまう。が、幼い頃から魂に触れてきたために耐性を持つ。生きた者から魂を抜き取る事ができるのは、天使の中でも彼だけ。
優しげなビジュアルには似合わず、身体能力は高い。闘技会に初出場で優勝し、その後出るものやる事全て一番。
悪魔狩りのリーダーを任された事もあり、『英雄』『ルシファー再び』なんて言われているのだとか。

「……セオドアから教育を受けただなんて、ますます奴を信じられないな。こっちに入り込んで中から潰す気なんじゃあないか?」
「え、え。ちょっと、どういう事ですか」
おじさんから目を背け、オレを見る倫太郎。眼鏡の奥には、薄い緑の眼球。見えているのか不安になるくらい、弱々しいグリーン。
「サマエルが悪魔側について戦うと言っているのさ。セオドアと大きな繋がりがあるのなら、やめたほうがよさそうだ……」
「……サマエルさまとテディくんは、仲が悪いですよ。昔、いざこざがあったようで。俺はまだ小さかったし、周りはあまり教えてくれないからよく分からないんですけどね……」
「ふうん。どちらにしても、おじさんに会ってもらわなきゃあ。……ところでさ、倫太郎」
「なんですか?」
「急に出てしまってごめん。断れなくて」
「仕方のないことですし。連れていかれても、また戻ってお世話になるつもりですから」
弱々しく笑いながら答える倫太郎。悪いことをしたなあ……。魔界に来たのは、ひとつ、お願いがあるからでもあった。
「おじさん。少し倫太郎をここへ置いてくれない。オレが向こうへ戻るまででいいから」
いつの間にかソファに戻っていたおじさん(こういう事はよくある。やっぱり強いからできることなのか)。ただし! と強く言った。
「24時間、それまで。それを過ぎると死んでしまうよ」
「……ええっ、なんでさ? 悪魔と天使の体のつくりって同じなんでしょ?」
ふ、とひと息ついて。
「魔界をそういう風に作ったんだよ。このお陰で少しの犠牲はあるが……、征服されるとかそんな事は起こらないのさ。悪魔狩りに来た天使はすぐ帰るだろう。昔何人も死んだからね……」
早く地上へ戻らなきゃ。爺さんの家を調べておかないと。親が恐ろしいと逃げ出した息子の『水の怪』、死んでもなお深い怨みを持つ娘たち、ぐしゃぐしゃの寝室。どう見ても普通ではない。
たくさん話したいことはあるけれど、たくさんやらなきゃいけない事がある。アッシュと一緒に、ヒルダの城へ戻ってきた。空はすっかりオレンジ色。暗くなる前に山を降りてしまおう。

「……グレイちゃん」
「ん、どした」
川ぞいをゆっくりと歩いていた。夕日に当てられて、水は眩しいくらい輝いている。カラスの影がうつりこんだ。
「やっぱり、こんな危ないことやめようよ。今日も殺されかけたんでしょ。女の子がやらなきゃいけない事じゃないよ……」
「オレがやめたら、お前一人だぞ」
「一人ででもやるよ」
足取りが鈍くなってくるのは、歩きにくい砂利道だから?
「……あの眼鏡が居なかったらこんな事にはならなかった……」
「やめろよ。どっちにしろセオドアとはぶつかっていたさ。時期が早まっただけで」
「ごめん……。ぼく、どうかしてる」
重い足取りだったのが、ついに止まってしまった。先を歩いていたアッシュの肩が震えている。
「ねぇ、大丈夫だよね? 誰にも、なんにもされてないよね?」
「お、おい」
振り向いたアッシュのガラス玉みたいな目からは、涙。アッシュの泣く姿なんて、はじめてだ。返事を忘れて焦るオレ。
「何言われてもやめない、んだよね……。わかってるけどさ……」
どうしたらいいだろう、今までこんな弱みを見せたことがあったろうか。この男は。駆け寄って顔をのぞくと、顔を背け、目をつぶった。
「だめだね、ぼくは……。どうしようもない馬鹿だ。グレイちゃんを困らせて」
「……ごめんな」
「いいんだ。ぼくが悪いんだから。ごめんね、わがまま言って」
ふわふわしたアッシュの白い髪が風に吹かれて揺れた。小さな頃はアッシュのほうが身長が高かったけれど、今じゃすっかり追い抜いてしまっている。小さな肩から伸びた白くて細い腕は、抱きしめてやろうとしたオレの腕を拒否した。
「あ」
「そういうのは、女の子のほうからやるもんじゃないよ」
意地っ張り。ほんとはしてほしいくせに。目に涙を溜めながら、まっすぐこちらを見ている。
「ちょっと、しゃがんで」
言われたとおりに腰をかがめる。膝に石が刺さって痛いが、セオドアに腹を裂かれた時と比べれば痒いものだ。目を上げると、アッシュが飛び込んできた。
「うわっ!」
バランスを崩しそうになったが、なんとかこらえる。背中に手を回されたので、こちらもやりかえす。
「グレイちゃぁん」
「なんだよー」
子どもみたいだな、と思わず顔がゆるむ。アッシュのほうが年齢は上なのだけどな。
「……眼鏡くんはさ、ぼくと違って背も高いし、カッコいいし、性格もよさそう……、というか、実際いいでしょ。グレイちゃんも背が高くてかわいくてカッコいいからさ、お似合いだよ」
「……? 何言ってんだ、お前?」
「うん、ぼくはさ、最初に眼鏡くんを見た時からずっと嫉妬してる。なんであんな風に生まれなかったんだろうって」
ああ、いまいち意識が朦朧として記憶がうっすらだけど……。地上に来てアッシュの部屋に泊めてもらった時、そんな事を言っていたっけな。
「だからさ、誰よりも先に言おうと思って。初めてだよね?」
「さっぱりわからないんだが。オレは別に倫太郎とは……」
言葉をさえぎるように、でも大声じゃなく、小さな囁き声。

「……グレイ。ぼくは、きみの事がすきだよ……」
耳元でそれが聞こえた途端、顔と指の先が熱くなって、意識がふわっと飛んでいきそうだった。何回も何回も、飽きるくらい、アッシュの『すき』を聞いたけれど、これは今までの言葉とは違っているのをよおく感じとれたから。
「あ、あ、ありがと……」
「ぼくが一番。ぼくが一番だよ。そうだよね?」
背中から腕を離され、目の前に顔。決められた動きしかできないロボットみたいに、ひたすら頷いた。そうすると、アッシュは嬉しそうに笑ってから、再びオレを抱きしめた。
どうしよう、どうしようか。こんな幸せな時間、いままであったろうか。


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