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Uターン
嘘吐きジャックは墓の中

それは、お願いと言う名の命令だった。それを抱え込み、今はもぬけのからとなったヒルダの城に帰って来た。アッシュから聞いたのだが、ヒルダと水の怪はアッシュの調子が良くなると、すぐに魔界へ帰っていったのだとか。

「あの子、クリスを守ってやってくれないか」
「……クリス?」
「こっちではそう名乗っていないようだ。君の家に居候している……」
「ああ……。言われなくてもそうするつもりですが」
「なら、よかった。君の目が届かない時もある、その時は俺がサポートしよう。今までの非礼を詫びるよ、すまなかった」
頭を下げる男。今まで消えていったたくさんの同胞に向けるには、あまりに質素で、簡単すぎるものだった。指に力が入る、が。今は個人の感情をむき出しにする時ではない。こらえて、唾を飲み込んだ。
「俺はサマエル。今日から君の味方だ、グレイ」
「……どうして天使のあなたが、オレを助けるんです。倫太郎……、クリスを助けたいだけなら、あなたが直接やればいい」
「天使もな、君たちのようになかなか地上へ行けないのだよ。つまりだ、クリスの場合、地上が一番安全な場所になる。クリスの前に君が現れ、保護した。君を助けることはクリスを助けることになる」
「……味方というのは、悪魔側について戦うということ?」
「ああ。俺と彼女、そしてわずかだが……、俺の部下たちは、君たち悪魔と共に戦う事を約束しよう。天界に嫌気がさしてね、黙って従いたいと思えないんだ。それに、クリス……。あれは血の繋がった弟なのだよ。向こうは俺のことをおそらく知らないがね、俺は、あれが赤ん坊のころ面倒を見ていたのさ。そんな可愛い可愛い弟を見捨てるなんて、できるわけがないだろう?」

信じていいものか? アッシュに相談すると、ダメだと言った。天使はみんな頭のカタいゲス野郎で、そんな情にアツい奴なんて居るわけない、と。
倫太郎の親父は堕天したらしいから魔界に居るかもしれないし、帰ってルゥおじさんと直接話をしてみようか。ちょうどよく、ヒルダが魔界に帰った後のゲートがまだ残っているし。せっかくだから倫太郎に魔界を案内してやろうと、電話をかけた。バイトが終わった所らしく、喜んでいた。おじさんにゲートを開けてもらって倫太郎を拾えばいいだろう。
ああ、なんだか今日は、全てが上手くいっていい気分。久しぶりの魔界はきっと楽しいだろう。アッシュと一緒に、踏み込んだ。

「……あら、あなた達」
「どうも……」
出た先はルゥおじさんの部屋で、ヒルダとおじさんは話をしていたみたいだ。車輪のついた水槽に入れられた水の怪は、こちらに気づくと笑って手を振った。
「私、邪魔になるわね。私はいつでも話せるけど、あなたたちはそうでもないようだから。……じゃあ、また今度。ゆっくり話しましょう」
「すまないね、時間を作っておくよ」
ヒルダが水の怪を連れて出て行くと、大きなソファに座ったおじさんは足を組み直した。
「久しぶりだね。アッシュ、グレイ。わざわざこちらまで来たという事は、何かあったね」
「久しぶり、おじさん。ぼくのほうは特に何にもなかったんだけどさ、おたくの娘はエラい目にあってるようだよ」
おじさんと向かいあうように、長いソファに並んで座った。
話すことが沢山ありすぎて、どれから話せばいいのやら……。とりあえず、一番気にかかっている事から。
「……サマエル、って天使がさ。こっち側につくって言ってるんだ。前に天使とコンタクトとったって言っただろ。その天使の兄貴らしいんだ。もう天界に嫌気がさしたんだってさ。おじさん、この天使のこと知らないかな。信じてもいいだろうか?」
「サマエル……。確か悪魔狩りのリーダーの天使だろう。近寄らないほうがいいとリストにまとめて渡したんだけどね?」
「はは……。で、さ。セオドア……、きっとおじさんはよく知ってるだろ? あいつと戦った時、サマエルが助けてくれて、オレと二人でなら奴を殺せそうだった。サマエルが情けをかけて逃がしたんだけどさ……」
「そうか……。今度会ったら私の所にきたまえと、そう伝えて欲しい」
直接おじさんが話をするのか。ま、それが一番安全で手っ取り早いか。
あのサマエルという天使、会話を聞くとセオドアには劣るようだ。が、あいつも連れの女も、魔力の強さはオレ以上だった。悪魔狩りのリーダーをやるくらいなら天界でもなかなかの地位に居るだろうし、天界の事情を探ってもらう、――スパイになってくれればどれだけありがたいか。倫太郎には頼めないし、頼んだとしても、なかなか有用な情報は持ち帰れないだろう。
サマエルは戦いに慣れているだろうし、こんなにいい人材はなかなかない。
「……グレイ?」
「なに、おじさん」
「無闇にセオドアに喧嘩を売っちゃいけないよ。あいつは何をやるかわからん……」
「あはは、相変わらず恋人みたいだね。うらやましい。親子の、しかも父娘でそんなに仲良しだと、ぼく疑っちゃうよぉ?」
アッシュが茶化すが、うらやましいという部分が冗談に聞こえないのが、なんとも。おじさんには馬鹿なこと言うなよとうけていた。
「……そう。セオドア。奴は一体、なんなんだ? ぼくの蛾が喰われたんだ。口にした瞬間、毒が回って死ぬくらいなのに。奴は口にするだけじゃなく、飲み込みやがった……」
すぐに真剣な表情に変わり、自分の指を見つめた。喰われた場所は、もうどの指なのかわからない。
「奴に常識は通用しないと、そう思ったほうがいい。私が……、やろう。はっきり……」
おじさんは大きく息を吐いて、頭をかかえた。見慣れたポーズだが、今日の雰囲気は少し違っていた。緑髪の天使セオドアとおじさんの間に、何かがあったのか。
おじさんは天界に居た頃な話をめったにしない。したとしても、オレに話しかけるのではない。昔の仲間にする、思い出話。二回ほど聞いた事があるのだけど、部屋をすぐ追い出されてしまう。
「……おじさん。そのさ、サマエルの弟を連れて来たいんだけど。親父が堕天したんだって。もしかしたら、わかるかもしれないからさ」
そう聞くと、おじさんはオレたちがこちらへ来た扉の前に立った。住所を唱えて念じると、オレの部屋へと繋がる。いつも思うけれど、便利な道具だ。オレやアッシュでは魔力が足りないため、動かせないけれど……。
「う、うわっ!?」
「倫太郎、こっちへ」
椅子に座っていた倫太郎は飛び上がり、ズレた眼鏡をなおした。びくつきながらも、そっと扉をくぐってくる。
「ど、どうも。お邪魔します……」
「!……きみは……」
お辞儀をした倫太郎が顔をあげると、おじさんは目を白黒としせた。
「どうしたんだい。親父がわかったとかぁ?」
「……いや。思い違いかもしれない。でも……、似すぎている」
近づこうとしたアッシュを軽くあしらい、怯えている倫太郎を捕まえるおじさん。
「なんだよ。誰に似てるのさ?」
「いや、今言うべきではない。いずれ……、わかることだろう……」
不機嫌なアッシュと怯えた倫太郎、それに倫太郎の正体に夢中なおじさんを落ち着かせるのには、かなり苦労した。



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