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Uターン
カメレオンとレイニーデイ

アクセル!
腕と足を強く構築しなおし、地面を踏みしめ、影の炎で足を燃やしてスピードを上げた。手を大きくし、がら空きの鳩尾にぶちかます。
「っ……!?」
よろりと倒れそうになった所に、すかさずセオドアの後ろに周り、蹴っ飛ばす。倉庫の奥に倒れるセオドア。これで逃げ道を塞いだも同然。一発、二発と、蹴りやパンチを入れていく。が。
必死に視力だけでオレを追おうとしていたセオドアが、目を瞑った。その瞬間から攻撃が当たらなくなってくる。今はいらない視力を絶つ事で、他の感覚、聴力や嗅覚に集中できるようにしたのか。しばらくすると、それに慣れたのか、完全に攻撃を読まれてしまった。
しかし、セオドアのほうはダメージが蓄積され神経を使う事により、疲れがかなり溜まっているようだ。呼吸は乱れていないが、今までの余裕ぶった態度とはまるで違う。真剣に、戦いと向き合っている。オレはというと、セオドアにびっくりして着地失敗した以外には何もなかった。なあんだ、思っていたより強くはない。もちろんこの倉庫から出てまともにやりあえば一瞬で殺されてしまうだろうが……。これは戦いなのだから。人間たちの大好きな『公平』で『平等』なスポーツではない。本気で殺しあうのに、卑怯もクソもない。
そして、オレは気づいていた。早くダメージを蓄積させたいがために、オレはなるべく早くに動く。そうすると必然的にパターン化され、リズムを覚えれば、暗闇の中でも避けるのは容易い。それを崩すのはもっと簡単、ただパターンを変えればいいだけだ。次に繰り出すのはタイムロスの無い『背中へ左足での蹴り』。それを『顔面に向けて右腕でストレートパンチ』に変更する、それだけ!
全身を再構築し、思いきり振りかぶる。背中への攻撃を警戒し、構えるセオドアの顔面に、めり込んで。

いかない。
右手首が痛い。皮膚に爪がめり込み、真っ黒い血をダラダラとだらしなく垂らしていた。
「なめるな」
ずんと響く低い声で骨が震えたかと思うと、もう一本の腕で喉を掴まれて地に倒されていた。
爪がめり込む痛み、天使に触られている痛みで脳みそが揺らされる。
「僕をそこらの雑魚天使と一緒にしないでよね。姿を隠しても、音と空気の流れは隠せない」
首の腕を剥がそうとしても、左腕だけではうまく力が入らない。足も使って引き剥がそうとしてもびくともしない。体の分解をして逃れようとするが、掴まれた右腕と首は分解されずに残ってしまった。
「くそ!」
爪が食い込んでいるから、か。それとも違う原因が? わからない。手錠や足枷から抜け出した事はあるのだが。とはいえ、体を分解したことで呼吸をせずにすむので、息苦しさはない。肺や心臓は別の場所に存在している。しばらくは、体が無くても大丈夫だが。粘られるとまずい。
「逃がさないよ」
「……」
どうしたら抜けられるだろうか。必死で頭を使うものの、セオドアの顔に埋められた飴玉みたいな赤い目に睨まれていては、集中できない。
「どうしたら君は死ぬの? このまま腕と首を外に出せば死ぬのかい? もしかして、もう死んじゃったかな? 暗くてよく見えないんだ……」
小さな囁き声。たしかに、腕と首だけの状態で明るい場所に投げ出されると死んでしまうだろう。体が無くても生きていられるのは、近くに溶けているから。引き離されれば、死ぬ。それだけは避けなければ。急いで体を構築した。
「別に君を殺さなくたっていいんだけどね、腹が立っちゃったから。ごめんね」
構築したらしたで息が苦しい……。肉にめり込んでいく爪と、流しっぱなしの黒い血、締まっていく気管に酸素を求め続けてきゅうきゅう鳴る肺、震える筋肉と縮む血管に、頭がどうにかなってしまいそうだった。意識を持つのが難しくなってきて、爪を剥がそうとした腕から力が抜けていく。
「っ、くぁ……。はっ……」
「君の名前を知ったよ。グレイ。……ルシファーの子なんだって?」
言葉は聞き取れたが、喋る余裕など爪の先にすら残っていない。いっそのこと、前のように腹を裂いてくれればいいのに。結果は同じなのだから、せめて楽にさせてくれればいいのに。すべて諦めていた。ああ、もう少し生きていたかったと、未練をたらす心の隙間さえ、セオドアに喰われていた。

その時、グシャリと大きな音がして、パラパラと埃が舞った。途端に辺りが明るくなった所で、屋根が崩れたのだと気づく。続いて女の叫び声、とは言えないような……、まるで獣のような声が鼓膜を切り裂いてきた。セオドアの手が弱まり、その隙に思い切り息をした。
「そいつを離してやれッ」
さっきの女の叫び声とは違う、低く落ち着いた声。セオドアの首には鎌が突きつけられており、すぐにでも首を落とせる、そんな状態だった。
「……君には関係ないだろ」
「死にたいらしいな」
ち、と舌打ち。と、大きな溜め息。
「そうだね。今の僕なら、君でも簡単に殺せるだろうね」
「分かったら早く戻れ」
「ああ……。じゃあ、僕は行くよ」
そう言うと完全に手を離し、セオドアはヒトとも鳥ともトカゲとも言えぬ姿に変わり、飛んでいった。
上半身を起こすと、長身の男女がこちらを見つめていた。女のほうは、顔に包帯が巻かれている。腰まで伸ばした赤い髪や、質がよく似ていた。兄妹か、何かだろうか。女がふわっと浮いたかと思うと、うなり声を上げながら、鼻と鼻がくっつくくらいまで近づいてきた。歯を剥き出しにして、今にも噛みついてきそう。後ろに下がると、男は女の手を引いた。
「やめるんだ」
すぐに女は声を出すのやめ、男の後ろに隠れた。真っ白いローブのような見たことのない服を着ていて、見たことのないアクセサリーでごてごてに飾っている。セオドアの仲間の天使だろうし、天使の作った服なのだろう。それにしては、あまり仲が良さそうではなかったけれど。
「……あの、ありがとう」
「どういたしまして」
助けてもらってお礼を言ったとはいえ、相手は天使。警戒は捨てきれない。素早く立ち上がって、じっと様子を伺う。
「大丈夫、君をどうこうするつもりはない。よければ少し話をさせてもらえないだろうか。……グレイ・キンケード」
「話には聞いてましたけど。結構有名なんですね?」
「ああ。君の姿を、以前、見たことがある。充分強かったが、かなり強くなったようだ。あいつをあんなに追い詰めるほどとは」
「……」
違いない。魔界に来て、悪魔狩りをしていたな。魔界にやってきた天使を、何回も追い払った事がある。その時に見たのだろう。睨みつけると、気づいたらしく軽く笑った。
「あまり動くと体に良くない。喧嘩を売るなら買うが、その後どうなるか、よおく考えるんだ。君には何もしないと、言ったろう」
「なら、早く済ませてほしい」
「ごもっとも」



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あきゅろす。
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