[携帯モード] [URL送信]

Uターン
レヴィアタンの牙

竜が口を開けると、泡がこぼれる。尻尾を振り回して威嚇をしているが、退くわけにはいかない。ここで戦えば生き残る可能性はあるけど、帰ればゼロパーセントだからだ!
「アッシュ。さっきの炎はもう……」
「うん、駄目だ。最初から飛ばしすぎたみたい」
「……サポートしてくれ」
「おっけ」
さて、どう料理したものか。あの大量の水を蒸発させるのは流石に不可能。となれば、本体であろう水の怪をなんとか隙をついて引きずり出すしかないか。少しずつ攻撃をして水を蒸発させ、こぢんまりとしてからのほうがよさそうだ。竜の長さは七階建てのビルくらい余裕であるだろう。中途半端な攻撃で身を削る事ができるのか、そこは不安だけれど……。とりあえず、先手必勝。うなり声を漏らしてこちらを威嚇する竜に強めの一発当ててからちゃんとした作戦を立てよう。
手に握っていた影の銃を溶かして気体に変える。皮膚を溶かして影の体を晒していく。真っ黒で霧のようなもや。これがオレの本当の姿。大きな斧に形を変えた。銃より、直接斬ってみたほうがいい。
足を燃やして、右足で地面を蹴った。加速する背景、切っていく空気。炎が酸素を吸っていく音だけが聞こえる。竜の首を狙い、斧に変えた右腕を振り下ろした。竜の動きが止まっている。顎を見ると、灰が固まっていた。
竜の首に斧は深くめり込んだが、抜けない。一刀両断するには力が足りなかったらしい。影の炎で出来た腕に、冷たい竜の水は容赦なくダメージを与えてくる。
「……っくそ!」
冷や汗がダラダラ垂れ、竜の体に波紋を作り上げて沈んでいく。苦しいのは竜のほうも同じらしく、灰で顎を固められているせいもあるだろうが、竜の頭に居る水の怪は体をひきつらせて辛そうな表情をしていた。
影を溶かして元の腕に戻し、素早く引っ込める。体を蹴飛ばしたが、特にダメージを与えてはいないようだ。顎の灰を溶かした竜は、オレを飲み込もうと口を開けた。
ここだ! 喉の向こうの水の怪目掛け素早く銃を作り、一発。銃声と共に、水が叩きつけられる音が耳に突き刺さった。竜は崩れ、濡れた地に水の怪だけが残る。池に戻ろうと立ち上がろうとするが、腕と足は崩れてじまったので浜辺に打ち上げられた魚のようにもがくだけ。近くに寄り銃を向けると、動きを止めて怯えた表情でこちらを見つめた。
「はやいね。もっと手こずるかと」
「オレも成長したってことだ。……しかし、親玉が出てこないな。さっさと始末しちまうか」
「……待って!」
引き金を引こうとする手をアッシュにはたかれ、手を離してしまった。影の銃は地に落ちることなく、空気に溶けて消えていった。
「なんだよ」
「ね……。もしかしたらなんだけど……。ジジイの息子の写真、出してくれない」
「……まさか……」
ズボンのポケットから少し古い写真を引き抜いた。肌が青かったり髪が伸びて変わってはいるが、骨格や筋肉の付き方は変わらない。何回確認しても、顔のパーツは写真とほぼ同じ。
「おい。殺さねーから、オレの質問に答えろ」
青い肌の男は脅えた目でこちらを見つめたまま。像のように固まって、動こうとしない。
「これは、お前か」
写真を目の前に出すが、ますます顔をひきつらせて脅えるだけ。もしかして、言葉が分かっていないのか?
「おやめなさい!」
いきなり濃くなった魔法臭。城へと繋がっているらしい扉の前に何者かが立っている。何か小さい物が飛んできた。頬をかすめて、落ちていく。
「一歩でも動いてみなさい。次は心臓をぶち抜くわよ」
近づいて来たのは長く髪を伸ばしたウロコだらけの三十代ほどの女。悪魔だろうか、天使だろうか。どっちにしろ、なんとかしなくてはならない相手なのは間違いない。
「あ、あら。アッシュと……、ルシファーの娘」
「久しぶりだね、ババア。元気そうでなによりだ」
オレを知っている? オレには見覚えがない。こんなに魔力が強いのなら、忘れる事はないだろうに。
「今度ババアって言ったら、腹を開いて血管全部引き抜くからね。覚えておきなさいよ」
女はしゃがみ、水の怪の頭を撫でる。安心したのか、水の怪は目をつぶってうとうととしだした。
「……なぜ、オレがおじさんの子だと」
「そうね、知らないわよね。あなたが小さい頃にね、一回会ったんだけど……、それっきりだし。随分大きくなったわね。目つきが変わらないから、すぐに分かったわ」
ウロコだらけで長い爪の生えた指は、水の怪の髪の間をスルスルと移動する。眠りだした顔を見つめる女の顔は、悪魔ではなく母親のものだった。
「グレイちゃん。こちらは、ヒルデガードさん。ぼくの……、うーん、お師匠さま、かな。学校を卒業して地上に来るまではこの人の所に居たんだ」
ヒルデガード。悪魔、天使、どちらにも名を轟かせる大魔法使いだ。ルゥおじさんと一緒に堕天しただとか、それより前に堕天した一番最初の悪魔だとか言われているけれど、はっきりとした事は誰も教えてくれない。
「ヒルダでいいわ。どうしてここに?」
「……それの処理を頼まれて。そのために」
有名な大魔法使いと知り、緊張で筋肉が強張ってくる。唇がわずかに震えた。ぺろりとなめると、乾いていた唇が湿る。
「誰から?」
「けーさつだよ、けーさつ。ま、何年も引きこもり生活してたら分かんないよねえ? とりあえずさ、それを何とかしないとぼくらダメになっちゃうんだ」
「……どうして。この子は何もしていないではないの」
アッシュは腕を組み、鼻で笑う。修行生活が簡単に想像できる。何回もこんな風に生意気な事を言って痛い目を見て来たのだろう。
「結構沢山水死体が出てるんだよね、そいつの仕業だろ。あとバラバラ死体も出てる。これはどうかと思ったけど……、さっきの竜を見ちゃうと、ねえ。あとさ、調査に行った魔法使い達も殺されてるんだよなあ」
「水死体はそう、当たりよ。バラバラ死体のほうは絶対に違うわ。自分からそんな事する子じゃないもの。攻撃を仕掛けてきた魔法使いのほうは、仕方ないでしょう。だって殺すか殺されるかよ、向こうが弱かっただけだわ」
悪魔的思考。魔界には地上の法律のようなものはあまりない。弱ければ死ぬし、強ければ生き残る。ただみんな守っているのは、生きる権利を犯さないこと。殺し合いをするにはお互いがするという意思を持たねばならない。一方的な略奪や暴力は取り締まられるが、それから身を守るために結果的に死んでしまった場合は罪を問われない。自分の力量を見誤った者が悪だ。
「……それは、なんですか。元は人間だったでしょう」
安らかな顔で、静かに、まるで死んでいるように眠る水の怪を指した。かすかに胸が上下に動いているので、少し浮き出た肋骨の動きが目に見える。そして、肘と膝からの先が無い四肢。グロテスクとまではいかないが、まじまじと見ていると胸が締め付けられるようだ。つらい。
「この子はね、街から逃げてきたみたいなの。ぼろぼろの体でそこらじゅうから出血して、でも這ってでも街から離れようとしてた。偶然、見つけちゃって。酷く怯えていた、何が怖いんだって聞いたらね、親が怖いんだって。今にも死にそうだったから、助けてあげたかったんだけど……。流石に手も足も使いものにならない、体も傷だらけだと難しくって。新しい体を作ってあげられたけど、そのショックで声は出なくなったし記憶もなくなったみたいで。水死体はショックのせいで暴れた時のものだわ。今はもう自分の力を理解して、抑えられるから大丈夫よ」
「もう大丈夫だっていう証拠は? あるなら見せてよ。いつまた暴走するか分からない。ヒトがたくさん死んでいるんだよ。ぼくら、このあたりにまたヒトが住めるようにしないといけないの。そのためにそれを殺しに来たんだ」
「もうね、あと数ヶ月しか持たないの、この子。だから……、私が向こうに連れて帰ればいいわよね。どうしても殺さなきゃならないって言うなら、アッシュ……、あなたでも容赦はしないから」
眠る水の怪に近づいたアッシュを、追い払うように睨むヒルダ。やれやれといったように、大きなため息を漏らす。
「流石に、大魔法使いサマに喧嘩売るほど馬鹿じゃないよ。ここから動いてもらえたらそれでいいんだ」
水の怪、解決はしたものの……、他に沢山事件が絡んでいそうだ。水の怪の親のこと、バラバラ殺人は水の怪ではないこと……。調べてはっきりさせたほうがよさそうだ。事件当時ここに居たヒルダなら、色んなものを見ていそうだけれど。



[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!