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Uターン
蜃気楼の森

五年前にこの町に起きた悲劇……、その始まりは、ハロルド爺さんの息子が行方不明になった事からだ。当時十五歳、近くの川で、息子のものだと思われる靴が発見されている。自分から脱いだらしく、きっちり揃えて置いてあった。それから二日後、息子の捜索をしていた町の人間三人が水死。翌日、五人が水死。雨が続いていたので誰も不思議に思わなかった。しかし、晴れた日にも同じように死んでいく。ついには誰も探さなくなると、今度はバラバラ死体が川を流れてくるようになった。町の人間だけではなく、警察……特にNDの被害も多い。遺体の全てが水の中で発見されたので、水の怪と呼ばれているとか。
誰も姿を見た事がないし、見たとしても誰に伝える事もなく殺されてしまう。川の上流、森の中に水の怪は居るらしい。

ハロルド爺さんの息子の写真をもらってきた。見つけたら家に帰してやってくれとの事。別に特別な所は見当たらない、普通の男の子。ただ、少し気は弱そうか。
「そろそろ近いんじゃない?」
一夜明けて、オレたちは今森の中。天気は快晴。川沿いを歩き続け、一時間ほど。だんだんと魔法臭くなってきた。どこから来るのか分からない。慎重に、周りの様子を伺いながら進んでいく。
「そうだな。もう用意しとけよ、アッシュ」
「あ、すっかり忘れてた」
ふうっと息を吐き出し、左手をピンと伸ばす。小指が灰になって崩れ、空中で形を作る。白い、蛾。
「できるだけ、遠くに逃げておきな。川からは離れるんだよ」
そう声を掛けると、森の中に消えていった。あの蛾はアッシュの分身のようなもので、一匹でも生き残っていれば、他の蛾やアッシュ本人が大怪我を負ってもあの蛾から復活ができる。体をつくる設計図に羽を付けて飛ばしていると考えればいいかもしれない。設計図さえあれば、何度でも体を作ることができるわけだ。アッシュの性格や生き方にぴったりの便利な能力だなといつも思う。
魔法臭を追って歩いていくと、城が見えた。入り口らしい、人一人がぎりぎり通れるくらいの小さな穴を除けば全て蔦に絡まれている。においは明らかここからだ。かなり強い魔法臭がしてきてあまり入りたくないが、仕方ない。今日は戦力が一人じゃない、そう考えると勇気が湧いてくるというものだ。
その穴をくぐると、庭があった。綺麗に手入れをしてあるとは言えない、ただただ背の低い草が生えているだけ。真ん中には池があり、全裸の人らしきものが寝そべっていた。青い肌をしており、こちらに背中を向けている。これが水の怪か?
水草のようにぼさぼさで伸びきった青い髪、骨っぽい体つき。完全に大人の骨格だというのに異常に手足が短く、子供のようにも見える。
「なんだ、あれ……?」
アッシュがずんずんと寝そべっているそれに近づいていく。
「お、おいっ。待てよ」
止めたが無視をされた。黙ってついていく事にする。それは寝たまま動こうとしない。死んでいるのかもしれない、と思った。手でさわれるほど近くに来ても、動く様子はない。少し骨の浮いた胸が動いているだけ。
「……寝てるみたい。それにしても、一体これはなんなんだろ。こんなの見たことないや」
手足が短く見えたのは、ひじとひざから下が存在していないからだった。顔はまだ幼さを残してはいるが成人のものだし、体だってがちっとした男のものだ。
これが水の怪だとは思えない。漂うきつい魔法臭は、これが出しているものではなかったからだ。
アッシュが寝ている男の背中に触れると、指が背中にめり込んでいく。薄い膜のようなものを破り、体の中に指が入ってしまう。驚いて手を引っ込めると、膜はすぐに穴を塞いだ。
「グレイちゃん。これ……」
「……水か」
「そうみたい」
「親玉を探さなきゃな」
「そうだね。これは違う」
しゃがんで青い肌の男の様子を見ていたのを立ち上がると、ごろりと男は寝返りをして仰向けになった。……目を覚ましたようだ、こちらを見つめている。青い目の中でぷくぷくと泡が浮かんでいた。
「……!」
一瞬だった。池の水が男に吸い込まれ、ひじとひざから手足が伸び、立ち上がる。そして大量の水がオレの体を飲み込んでいった。
まるで風船の中に入ったようだった。男が操っているらしい水に、オレが閉じ込められている。あまりにいきなりの出来事で、焦ることすら忘れていた。あの肌と同じような薄い膜に水と一緒に入れられている。下を覗くと、アッシュが構えて男を睨んでいるのが見えた。
息ができない。が、膜を破れる力が水の中ではなかなか出せず、中でもがいていた。……ヤバい。肺に水が入っていこうとするのを必死で押さえつけた。持ってもあと十分。これくらいでは死なないが、気を失ってしまえば何をされようとも抵抗ができない。できるだけ避けたい、が。相変わらず力がうまく入らない。
「グレイちゃんっ。ちょっと熱いかもしれないけど、死ぬよりましだと思って我慢してね」
チリチリと焼ける音。真っ赤な炎が飲み込んでいく。膜が熱で溶け、水が蒸発する。アッシュの炎は獣のように走り抜け、男を飲み込んだ。反動でアッシュが後ろに吹き飛んだが、うまく着地する。
「ありがとう」
「いいよ、いいよ。それにしても、あれ……。すごいね。魔法の臭いがしなかったのに」
男は池に逃げ込んだらしく、水面はゆらゆらと揺れている。さっきオレにやったように人を水死させていたのか。それは間違いないだろう、バラバラ死体の方は親玉か?
「死ぬと思う、あれ?」
「流石に頭ぶっ飛ばせば死ぬだろ」
池に近づくと、男はぬっと顔を出した。水の中から引きずり出せればいいが。周りの様子を伺うと、池の近くに木があり、大きな影ができている。あれを上手く使えばなんとかなりそうか。
「あんまり暴れてくれるなよ」
「わかってる」
笑い混じりに言うアッシュの声を聞いて、アッシュの足元にできた影に潜る。
真っ暗な影の世界には所々光が差している……、これが表側の影となる所だ。光の当たっている場所からジャンプして飛び上がると、影と影の移動ができるというわけ。ここにはオレと同じ力を持つ影の異能者しか入ってこれない。なかなか便利だが、こちらから手に入る表側の世界の情報が音しかないのが唯一の不満点か。
このあたりで一番大きな影は木の影だったはず。一番大きな光を見つけ、目を閉じて耳をすますがやはり水の音しか聞こえてこない。仕方ない、出て見るか。すぐに攻撃できるように、銃を作って握っておく。影の世界で作ったため、打ち出す影弾が強力になっているはずだ。アッシュが囮になってくれているし、隙をついて頭を撃てば終わるだろう。
ジャンプし、影を飛び出した。頭を少し出し、アッシュを睨んでいる(おそらく)水の怪。がら空きの後頭部に一発、二発、おまけにもう一発。
着地と同時に池に沈む水の怪、沈黙の五秒間。死んだだろうか。水面は激しく揺らめいている。
沈黙を破ったのは、大きな大きな水だった。池から水が飛び出して、何か形を作っていく。それの頭だと思われる場所には水の怪の姿。さきほどと変わらぬ涼しい顔で水の中に浮かんでいた。水が作った形は、まるで蛇のようで、鳥のようで、蛙のようで、虎のようだった。
竜。この世界に存在はしているものの、神として海の中で眠っていると小さな頃お伽話で聞いた事がある。竜が目覚める時は大きな戦いや災害が起きる時。それを止めるために目覚めるのだと。
水で出来た透ける鱗と体。短い前足と大きな後ろ足。曲がった角と息で震える尖った牙。まさか、池で出会うとは!



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あきゅろす。
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