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Uターン
8月31日に捧ぐレクイエム

古ぼけてはいるが、大きく丈夫そうなコテージを彷彿とさせる木造の家。爺さんの家か。周りにいくつか家があるが、人が住んでいる様子はない。
「二階の部屋は全部空いているから、好きな部屋に荷物を置いてきなさい。ご飯を作るから、その間風呂にでも入っていて。風呂はそこにあるからね」
そう言うと、爺さんは家の奥へと消えていった。言われた通り、二人で二階へと登ってゆく。一番階段に近い部屋の扉を開けた。勉強机にクロゼットと、ベッドとテレビだけの部屋。壁にはこの部屋の主が好きなのか、古いホラー映画のポスターが沢山貼られている。机に付けられた本棚の中もそんな感じの、ホラーというかゴシックというか、そんな雰囲気のものがぎっしりと詰められていた。最近部屋が使われたようには見えないが、部屋には埃ひとつ無く綺麗に掃除されている。
面倒だしここでいいかと荷物を置くと、アッシュがそうっと入ってきた。
「ねー、グレイちゃん。ここに荷物置いていい?」
「ここがいいのか? ならオレはどくけど」
「ダメ、どっかいっちゃダメ。一緒に寝るの」
「はあ? なんで」
「あと二つ部屋があるんだけど……。ヤバいよ。……憑いてるんだ、部屋の持ち主が、死んでる」
またなんかほざいてやがるな。呆れて何も言えない。一応見てみるかと、隣の部屋の扉を開けた。
可愛らしいピンク色でまとめられた、女の部屋のようだ。こちらもさっきの部屋のように、使われた形跡は見当たらないが、綺麗に掃除をしてある。一歩入ると、空気がまるで変わった。息を吸うと、重たくてドロドロの鉛が肺に溜まっていくように胸が詰まった。一瞬でここはダメだと判断し、ドアを閉める。
確かに、天使は霊の苦しみや恨みといったエネルギーに強く反応する。それは霊がどうして生かしてくれなかったのか、神の僕である天使に必死で伝えようとしているから、敏感になるらしい。かといって何とかできる天使はほんの一握りだし、その一握りが地上に大量に存在する霊を気まぐれでも助けたりするようには思えない。ほぼ無意味だが、霊がこの地上に苦しみで縛り付けられているのを解放してやるにはそれしかないので、奇跡を待ち行動し続ける。
で、悪魔の場合はどうなのかというと。基本的な体のつくりは天使と悪魔は同じ(悪魔というのは、堕天して翼を失った天使とその子孫が名乗っている種族名だ)。なので、霊は悪魔にも反応して解放してくれと訴える。
オレはわりと霊に鈍いほうだ。弱いものなら感じない事も多いのに、あれだけ分かるとなると……。敏感なアッシュだと、あの部屋で息ができるのかすらも怪しい。相当恨みが強いとみた。水の怪の被害者か? もう一つの部屋も見に行った、同じように綺麗に掃除された女の部屋。ドアをゆっくり開けると、窓を開けていないのにカーテンが揺れ、家具が唸るように音を立てた。入るのはよしておこう、そう思いすぐにドアを閉めた。さすがにこんな部屋では眠れそうにない。冷や汗を拭いてアッシュの居る部屋に戻った。
「見に行ったよ。やべえな、向こう……」
「ほうら、言ったじゃん。でもなんでここだけ大丈夫なんだろう」
「そりゃあさ、この部屋を使ってる奴が生きてるってだけじゃねえか……」
少し突っかかる所があって、部屋に置いてあるクロゼットを開く、綺麗に吊された男モノの洋服。やはり。残り二つの若い女が使っていたらしい部屋。行方不明の息子。
「グレイちゃん。爺さんの息子、生きてるんだ……」
「らしいな……」
水の怪の仲間になったのか、それとも……。悪魔や天使の中には人間を攫ってきて悪趣味な実験をしたりする奴もいるから、見つけてもどんな状態にあるのやら……。確か最初に犠牲者が出たのは五年前。生きていても、死んだも同然と言いたくなるほどにはなっていそうだ。一応、ついでに探してみようか。
「ってわけだし、かまわないよね。あと、先お風呂入るけどいいよね」
オレの返事を待たずに階段を駆け下りていくアッシュ。爺さんの家に泊まるって話になってからなんとなく風呂は先だって、そう言われるとなんとなく予想はしていたけれど。ため息をつきつつ、ゆっくりとアッシュを追って階段を下りた。爺さんに水の怪について沢山話を聞いておきたい。
廊下に出て、一番先に目に入った部屋の扉を開けると、二人用の大きなベッドがひとつ。まだ一緒に寝るなんて仲がいいんだな、と扉を閉じようとすると一つしか無い枕が目に入る。遠くには、綿がこぼれてハサミやナイフの突き刺さっている枕が転がっていた。……もしかしたら、ヤバい所に泊まってしまったかも。何かあったらオレが止めればいいけど……。
次に目に入った扉は、どうやら居間らしかった。つけっぱなしのテレビと、少し散らかったテーブルの上、木製の椅子は五つ。
「もう一人の……、白いほうが今お風呂かね。椅子にかけて、待ってなさいよ」
奥にあったキッチンから爺さんの声。言われた通り、椅子に座ってテレビでも眺めてようかと思った。キッチンから、嫌な鉄の臭い。寝室の惨状を見ているのだから、『そういう』想像しかできなくなる。
まさか、まさか、ヒトをオレたちに食わせようとしているのではないか。死体を片付けるにはちょうどいい。食べてしまえば、そのままの状態で見る事はなくなるし。こんな山の中だ、人に見られず骨を砕いて川に少しずつ流すなんて事は簡単にできるはず。
水の怪は、爺さんか。みんな逃げてしまったのにここに残り続ける理由。それにしては魔法臭くないが、水の怪が悪魔か天使と決めつけるにはまだ早すぎる。実際にNDたちが殺されているので、このへんに悪魔か天使がいるはず。だが、町の人たちを殺したのが、水の怪(つまり異能者)の名前を借りた爺さんだって可能性もあるはずだ。ああ、自分の想像力が憎い。後ろから包丁をまな板にぶつける音と鉄の臭い。
そっと立ち上がり、息を殺して血のにおいを辿った。爺さんの手元には、魚が数匹。近くで釣ってきたものなのだろう。まあ、そうだろうな。そんなまさか、ホラー映画みたいなことがあるわけない。ホラー、それで爺さんの息子を思い出した。声を掛けようとすると、爺さんはオレに気づいたらしく。
「よっぽど腹を空かせているな。もう少し待ちなさい。……二人は、どこから来たんだ?」
「ああ……。オレはグレイ。白いのがアッシュ。モールから来た」
「私はハロルド。モールか、そりゃあずいぶん遠くから来たね」
椅子に座り、テレビを眺めつつ。バラエティー番組で、コメディアンが面白おかしくコントをしていた。
「爺さん。息子は行方不明だって聞いたけど、ほかの家族はどうしたんだ?」
単刀直入に行き過ぎたかもしれない。はて、答えてくれるだろうか。
「ああ……。妻と娘が二人居たんだがね、水の怪にやられてしまって……。息子だけ、見つからないんだ。かれこれ五年は探しているのに」
「避難しろって言われて、援助が出るのに動かないのは……」
「息子が帰ってきて、家が無かったらかわいそうだろう。いつ帰ってきてもいいよう、掃除してあるんだ。贔屓するといけないから、娘たちの部屋も一緒にね」
悲しそうに言うが、わざとらしい。あの寝室を見て信じられるものか。この爺さんは確実に、嘘をついている。バケモン退治に来た時点で、警察だとはバレているはず。今頃、爺さんの心臓は忙しくどくどく動いて血を吐き出しているのだろう。言動からボロが出ればありがたいのだが。人の家を嗅ぎ回ったりするのは、どうも気が進まない。
「……変な事を聞いてしまったらしい」
「いいや、構わないよ」
「ありがたい。水の怪について話してもらえるか。オレたち、退治しなけりゃならないんだ」
大きな機械の箱の中では、コメディアンがアイドルにセクハラまがいな事をしていた。



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