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Uターン
夏休み最後の一週間

署長に聞いた話によると。そのとんでもないバケモンというのは、ここから片道六時間ほどもかかる田舎町に住んでいて、地元や周辺のNDはおっかなくて手を出せないんだとか。NDに居たころになかなか優秀だったアッシュとオレならなんとかできるのでは、と思ったらしい。なんと町の人間数百人が被害者。今はほぼ町から避難して被害は出ていないが、何も知らない人間が勝手に入って勝手に死ぬ事だってあるだろう。バケモンのほうから移動するかもしれないし、ほったらかしにするのは危ない、という事だった。とはいえ、今までバケモンを倒しに行った十数人全て返り討ちにあって死んでしまい、異能者も怯えて行きたがらないというのが現実。なるほどなあ、選択肢を無くすわけだ。
オレの予想は変身した天使か悪魔。バケモンなんて言うくらいだし、恐ろしい姿をしているのだろう。厳しい戦いになるかもしれないが、今回はアッシュが居るぶんいくらかましだ。
普段へらへらしていてだらしないが、戦場を生き残るセンスというのは誰よりもあると思う。誰かの恨みを買ってばかりの生き方をしているのに、何にもなく笑って生きているのだから。
そのバケモンが天使だった場合でない事を祈りつつ。悪魔でもこちらの話を聞いてくれないのなら仕方がない。出来るだけ、同胞の命は奪いたくない。ただでさえ天使がしょっちゅう殺して数が減っているのに。
『休暇だと思って』なんて署長は言うけれど、正直言ってアッシュと一緒だと休暇気分では出かけられない。ずっと気をアッシュのほうへ向けていないと勝手にあちこち走っていくんだ。

さて、電車やバスを乗り継いで六時間。途中で寄り道した時間も多かったからか、わりと早くに出たのに目的地の町に着いた時にはもうすっかり日が落ちていた。
「グレイちゃあん。ぼく、お腹すいちゃった。ちょっとだけ戻ってさ、ご飯食べて寝て。バケモン退治は明日にしない?」
アッシュが木の根に座り込んで、わがままを言い出す。休む日をなるべく取らないようにしないと、念のためって時に置いておきたいのに。それに金だってあまり使いたくない。
「馬鹿、今日終わらせるんだ。飯はさっき買ったろ? それ食えばいいじゃないか」
「そんなのさっきの電車で全部食べちゃった。ねー、ぼくもう歩けないの。休もうよ。疲れちゃったし、ね?」
「野宿か、まあ戻るよりはマシかな」
金も使わないし。が、それで納得するはずはなく。
「え、やだ。ぼくベッドで寝たいんだけど。ご飯も無いしさ、ちょっとくらいなら歩けるし。このまま戦う体力はないの」
「じゃあオレの飯やるよ」
「グレイちゃんはどうすんのさ? お腹減ってるでしょ?」
「こんな森なら、なーんか食えそうなモンくらい居るだろ。取って食えばいいじゃないか」
顔を上げると、ざわざわと木の葉が風に吹かれてせわしなく動いていた。町だと聞いていたが、人が居なくなって少し経つらしく、少しずつ植物が町を侵食している。周りも森に囲まれているし、何か食えそうな動物の一匹くらいは居るだろう。火はオレが出せるし、何の問題はない。子供の頃は修行なんて言って同じような事をしていたし、どうしたらいいかは分かっている。
「グレイちゃんは、女の子でしょ? そんな野蛮な事しちゃダメ。野宿なんて危険な事、ダメだよ。怖い男の人に襲われちゃうかもしれないし。ほら、遅くならないうちに戻ろ?」
ああ、オレの味方をしているように見せてうまく言いくるめる作戦か。怖い男の人、なんて。あの緑髪のクソ天使でもなけりゃあ全く怖くない。
アッシュと付き合い慣れていない奴はここで折れるだろうが、オレは違う。何年こいつに付き合ってきたか!
「ぐちぐちうるせーなぁ。じゃ、お前一人で戻ればどうだ?」
「やだ、やだよお! 暗いし道わかんないし、ぼくは君と違って飛べないんだよ? それに、ぼくはグレイちゃんと一緒がいいの」
足に抱きつき、意地でも動かないし行かせないつもりらしい。今度は甘える作戦か、やれやれ。ただでさえ暑いのに、足がじっとりとさらに汗ばんでくる。
「一緒がいいなら言うこと聞けよ。これ以上何か言うんなら置いて行くぞ」
「待って! ぼくが居なかったらバケモン退治はどうするのさ!」
「アッシュお前、疲れて戦えないんだろ。戦えない足手まとい連れて行っても仕方ないからな」
「休んだら大丈夫だからっ。バケモンが馬鹿みたいに強くって、一人じゃ勝てないかもしれないし。できるだけ有利な状況に持ち込んで戦うべきだよ!」
「じゃ、野宿だな」
「やーだー!!」
叫ぶアッシュの声、風の走る音、木々のざわめき、虫の歌。色んな音の中に、後ろから聞こえる違う音が混じる。一歩二歩と、ゆっくりだが確実にこちらへ近づいてきている足音。影で銃を作り出し、ぎゅっと握りしめた。素早く振り向き、銃を向ける。
そこには、ランプを持った爺さんが怯えた顔で立っていた。
「……何者だっ」
「わ、わしはこの近くに住んでいる者だよ。分かったらどうか、それを下ろしてはくださらんか……」
この町に住んでいる人間などいないはずだが。まあ怪しそうではないし、魔法臭もしないし、大丈夫だろう。握りつぶすように力を入れると、影は手の中に沈んで消えていった。それを見て、目を丸くする爺さん。無理もないか。
「……何の用だ、爺さん」
「い、いや。この辺には人はもう居ないだろう? 珍しく人の声が奥から聞こえてきたんでね、気になって見に来ただけで……」
「そうか。この奥に居るとかいうバケモンの話は知ってるか?」
「……水の怪を殺しに来たのかね。やめたほうがいい」
足にしがみついていたアッシュが立ち上がり、ずんとオレの前に出る。
「ねえ、ジジイ。この近くに住んでんなら泊めてくれない。ぼくらその水の怪? を殺す体力も戻る体力も無くって困ってるんだ」
体力が無いのはお前だけだけどな。それはいいとして、頼み方に少々問題がある気もするが。
「構わないよ。ちょうどね、部屋が空いている。後ろのお兄さん、お前さんもだろう。水の怪の話をしてあげよう。ついておいで」
さくさくと歩いていく爺さんに、ご機嫌についていくアッシュ。やたら親切だな。その水の怪って奴の手下って可能性もあるかもしれない。眠っている時に襲ってくる、っていう事だって無いわけじゃない。
「ジジイ、いいのほんとに」
「いや、な。……わしには息子が居たんだ。ちょうど生きていたらお前さんらと同じくらいの歳になるんで、困ってるなら助けてやりたいと思ってな」
「ふーん。息子、バケモンにやられちゃったわけ?」
「……おそらくは。息子が行方不明になって二日後、水の怪が現れたんだ……」
「うわー、九割死んでるねー、それ」
……水の怪。水の悪魔か天使?
水を操る能力の持ち主であれば、非常にやっかいだ。水というのは流したり潰したり切ったり凍らせたりと攻撃方法が豊富だし、それにオレの炎が消されてしまうかもしれない。その辺は、アッシュに頼る事になりそうだ。戦うなら太陽の出ない夜よりも昼のほうがいいし、間違った選択ではないな。このまま行ったら返り討ちにされていた可能性は大いにある。明日が晴れればいいのだけど、天気をどうこうするなんて出来ないのがもどかしい所だ。
いい天気になるよう願いつつ、爺さんとアッシュの後をついて歩く。歩く。




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