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Uターン
きまぐれシェフのわがままランチ

どうしてこうなったのか、よく分からないけれど。
態度では嫌がっていても心の奥では望んでいたのかもしれない。自分の気持ちが自分でさえも分からないのに、誰が分かってくれるというのだろう。光を照り返す黒いアスファルトと、それをさらに黒くする汗とを座って見つめていた。丁度世間は夏休みに入ったようで、駅のホームを子どもたちは駆け回り、奥様方はおしゃべりをして電車を待っていた。足元に置いていた革のトランクも、暑そうにぎらぎらと太陽光を受けている。
「ごめんね、待った?」
「待つも何も、約束の時間から一時間は経ってる」
「向こうでアイスおごったげるからさっ。許して。スカートにしようか迷っちゃってさ」
アッシュがこういう奴だって事は知っていたからある程度は覚悟していたし、一時間で済んだのはよかったと思う。三時間待たされて、結局は約束をすっぽかすという事もあったのだから。隣に座り、汗に濡れたシャツを乾かしたいのかばさばさと動かした。シャツとジーンズにスニーカーという、普通の若者らしい格好だ。どうしてオレがアッシュと出かける事になったか、というと。

朝、携帯の目覚ましで飛び起きる。勢いで隣に寝ていたアッシュを蹴っ飛ばし、アッシュも飛び起きた。
「ちょっ……。いった……」
「ごめん、アッシュ! 面倒事はさっさと終わらせたいだろ?用意して朝一番に中央署に来てくれ」
「……いいよ、一緒に寝たぼくが悪いんだからさ。九時ごろに行けばいいかな?」
それでいいと叫び、顔を洗ってアッシュの部屋を飛び出した。家に飛んで戻り、支度をしてまた飛び出す。倫太郎が居間のソファーで眠っていたので、貸してある部屋から毛布を引っ張り出してかぶせておいた。これで部屋に勝手に入ったぶんの貸し借りは無しだ。
いつものようにNDに来ると、モニカの機嫌はすっかり治っていて、モーガンはまた机に伏せっていた。が、昨日のように落ち込んでいるわけではなく、一番の理由は眠いという事らしいので、安心する。まあ確かに、深夜の二時に電話を掛けて来たくらいだし。
「グレイさん、今朝また死体が見つかったんです。ほら、あの灰で固められた奴。それがね、聞いて下さいよお。隣の国から逃げて来た、強盗殺人犯だったんです。他の詳しくは分からなかった被害者も、みんな殺人犯みたいで……」
「……ああ、それならもうこっちに来るよう言ってある。九時って言ってあったけど……、どうなるやら」
時間にルーズなアッシュのこと、三十分遅れは当たり前。オレが署に居る時に来てくれればいいが……。
「えっ……。ま、まあ、そりゃあこっちが出るよりずっといいですけど……。本当に来るんですか?」
「元NDの異能者でさ。許可が出る犯罪者を狙ってるらしい。NDはどうも、合わないみたいで」
「ああ、確かに。被害者は許可がみんな出ますけど……。どうなりますかね……。そういう話を聞いた事があればなぁ……」
異能者は警察に行くか、犯罪をするか、テレビに出るかがほとんどだ。魔法が使えればほぼ警察はとってくれる。ただ激務の所とそうでない所……、気遣いをしてくれる所の差が激しいらしく、NDの異能者が犯罪者になってしまう事は珍しくない。問題としてテレビや新聞などで取り上げられ、各地で『異能者を守れ』なんてデモが行われたりしているらしい。アッシュの所も、そうだったのかも。
オレの所はかなり優遇されていて、近くの署とサポートしあってこの大きな街を守っているわけだが、他の場所ではそううまくはいかないのだろう。
趣味で異能者が犯罪者を殺す、というのはあまり、ない。沢山犯罪者を殺せるくらい強い異能者は、それこそ警察が間違いをする前にスカウトするし、NDを簡単にやめられはしない。警察に手を貸し、申請すれば謝礼金が出るが、NDでもないただの異能者が単独で殺しても、基本、金にはならない。
「……グレイ・キンケード!」
いきなり外から名前を呼ばれて飛び上がった。どっしり低く落ち着いた、男の声。
「は、はいッ!」
時計をちらっと見ると、九時二十分。アッシュが来たのなら、今日は珍しく早めに来たみたいだ。
部屋の外に出ると、四十代ほどのすらっとした男がイラついたような目でこちらを睨んでいた。なんだかよく分からないバッジを付けているし、制服がオレのよりもちょっぴり豪華仕様。普段NDと捜査班の人間としか関わらないので顔を見た事すらないが、すごくて偉い人なんだというのはよく分かった。
「なんでしょうか」
「……署長室へ。ついてきなさい」
早足で軽快に靴を鳴らして歩く男の後ろを黙って歩きながら、焦っていた。手がじわじわと湿ってくる。
怒られる、絶対怒られる。
アッシュの奴、変な事をして、それできっとオレの名前を出したんだ。そうに違いない。アッシュを引っ張って一緒に来ればよかったんだ。どうしよう。アッシュは自分の見た目を使って言い逃れをしたりするのが得意だが、オレはそういうのは苦手だ。乗り込んだエレベーターの鏡に、分かりやすく顔色の悪い自分がうつる。今、ここでエレベーターを吊すヒモが千切れて地下まで落ちていけたなら。オレの望みを機械は聞いてくれないようで、数字のランプは光っては消え光っては消え。
署長室のドアノブに男が手をかけた時は、手から汗と一緒に漏れる影の炎で銃を作って心臓を撃ち抜き、全部無かった事にしてしまおうかと本気で考えた。おじさん、地上は恐ろしい場所だよ。
「あっ、グレイちゃん。ぼく、ちゃんと時間通りに来たんだよ、偉くない?」
雪を踏んでるのかと勘違いするくらい柔らかい絨毯に足が沈む。さすが署長室といった所か、大きな机に大きな本棚。壁にはたぶん、歴代署長の写真がかけられている。
入るのは初めてだし、署長と話をするのもほぼ初めてと言っていい。面接の時に顔を合わせたが、特に何も言われる事はなかった。終わった後に、よろしくと言われただけだ。机の向こう、革の椅子の上。
「グレイちゃーん?」
アッシュの隣に立つと、目の前で手をひらひらされる。睨みつけるとひるんだ。どうやら今日は女装をやめたようで、だぼっとしたシャツとハーフパンツという格好だった。
前を向く。いかにもえらそうな、さっきの男の制服よりも豪華で沢山飾りのついた制服。着ているのは、少し頭が薄くなった、金髪の筋肉質なおじさま。きっと全盛期は、すれ違った女性が思わず振り向くほどの美形だったのだろう。顔の肉が垂れ、多少だらしがなくなってはいるが、誰が見ても格好良い。モニカもよく、『ルパート署長のようなおじさまと結婚したい』なんてつぶやいていたっけ。
「そんなに緊張しなくてもいいよ?」
笑いながらルパート署長は頬杖をつくが、こんな状況でビビらない奴なんているものか。粗相をした友人のために怒られた挙げ句、給料大量カットされるのだ。クビは、異能者が少ないこの世の中なのでないだろうが、ほぼタダ働きになるというのは辛い。おじさんには家をプレゼントしてもらっているので、仕送りをせがむというのも言いにくいし。
「この度は、うちのアッシュが、どうもすみませんッ!」
先制攻撃、おじさんに教わった『とりあえず先手で謝ればわりとなんとかなる』論。頭を下げる、直角90度。
「……?」
「グレイちゃん、相当来てるね。悩みがあるなら聞くけどお?」
くそっ、悩み事で思いつくのなんてお前の事くらいだ。昔からアッシュとつるんでいるせいでこういう事は慣れっこだったけど、昔は殴るなり蹴るなりしていたからな。こんな風に謝ったりするのは初めてだ。
「お前も頭下げろ! ほらっ!」
「痛い! なんで、ぼくなんにもしてないじゃん。そんなのやだよ!」
頭を抑えて下げさせようとするが、アッシュは意地でもやりたくないようだ。ちくしょう。
「はは、大丈夫。例の件は秘密にするって、もう約束してあるんだ。彼を離してやりなさい」
「……は、はい」
頭から手を離すと、やれやれといった様子でわざとらしく仕草をした。時間通りに来たとして、こんなに短時間で終わらせてしまうとは。やるなあ、アッシュ。関心していると、署長は机の引き出しから何かを取り出した。
「秘密にする代わりにね、ちょいと遠くに居るバケモンの退治を頼んだのさ。うちのNDに入るかのどっちかにしたんだけど、即答だったね。彼が一人では不安だと言うんで、じゃあうちの優秀なのを連れてけって話になって。彼と一緒に、行ってくれるね?」
選択肢なんて、無かった!



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