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Uターン
二千ミリメートルに囲まれている僕ら

「俺、女性の家にいきなり上がり込んでしかも勝手に部屋に入ったなんて……。本当にすみません」
連れてこられたのはホテルの一室、オレンジ色の明かりと満足に眠れなかったせいでうとうとする。倫太郎が謝罪の言葉を沢山つらつらと並べていたけれど、最初のほうしか耳に入らなかった。内容のあまり無い話は聞いているとまるで念仏のようで、眠くなる。
「オレがいいっつったろ。過ぎた事は仕方ないさ」
「じゃあぼくの部屋に泊まるう?」
シャワーをすませてウィッグと化粧を取ったアッシュがこちらへやって来た。さすがにこれだと女だと思うくらいなんて言えないけれど、やはり整った顔をしていた。唯一の、全てを許せる友人、アッシュ。知らないうちに変わってしまったようで、少し悲しくなった。
「眼鏡なら歓迎するよ。グレイちゃんでも、歓迎するけどね? 毎日とは言わないよ。週三で相手してくれるならタダメシも食べさせてあげる」
「相手? 何のですか? テレビゲームはあまり得意じゃないんです。オセロとか、チェスならわりと分かるんですけど……」
倫太郎は汚いものを知らずに今まで生きてきたのか。その行為そのものが汚らしい事だとは言わないが、アッシュの誘うそれは確実にそうだ。
「天使とやるチャンスが来るなんて思わなかったなぁ。痛くて刺激的だろうね。それに一緒に住むなら色気の無い女かどうかわかんない奴より、かわいらしーぼくとがいいだろ?」
「馬鹿アッシュ」
「それ、可愛い」
「? なんのことか、よく分かりません。俺はなんの相手をすればいいんですか?」
「わからねえでいいっ」
何回アッシュの誘いに乗ろうとした女を止めてきたことやら! こいつにやられれば、1ヶ月で廃人になってしまう。まさか、男を止める事になるとは思わなかったが。ため息をつくと、幸せ逃げるよとおじさんと同じ事を言うアッシュ。
「……アッシュ。何人殺した?」
「えーと、さっきの合わせて八人。全員ちゃんと調べてみ、殺人やってるから」
「お前もおじさんに言われてこっちに?」
「まぁね。NDに最初は居たんだけど、同僚がキモすぎてすぐやめちゃった。許可でるやつとでないやつが居てさ、やっちゃっていいですよーって条件満たしてたから、だからいいかなって」
「それはNDだから許されてるんだぞ……、まあ、異能者で元NDって言えば軽くはなりそうだが……」
「グレイちゃんも警察?」
ベッドに転がって、タオルで髪の水分を拭うアッシュ。上半身は何も着ておらず、下はジーンズだけという格好。ただ細いわけではなく、少し筋肉質。
「……明日、中央署に来いよ。オレがなんとか軽くしてやってくれってお願いしてやるから」
「頼むよ。ダメだったらぼくがお偉いさん方と寝ればいいんだから、あんまり深く考えなくていいからね。若いのもいいけどさ、たまーにおじさまおばさまとやりたいなって思うんだ。丁度いいでしょ、はは」
股がゆるいというか、外れているのではと思うくらい。笑いながら話す姿を見ると、本当に生きているのが楽しそうだと思う。大きな楽しみを持って生きるのはすごく素敵だし、素晴らしい時間の使い方をしているとは思うが。やはり、ものによる。壁にかけられたスカートをチラッと見て、ふうっと息を吐く。
「お前がそこまで変態だとは思わなかったな」
首でスカートを指すと、アッシュはまた笑った。
「いやさ。こっちに来たばっかの頃、男に誘われちゃって。ぼくが男って分かってて誘ったんだって。せっかくだし一回試してみるかってやってみたらさ、なかなかいいんだよ、これが。男も女もどっちもいいもんだ。短いスカート履いてふらふらしておけば、向こうから言ってくるしね」
ここまで来ると流石に倫太郎も気づいたようで、顔を赤くして居辛そうにしていた。起き上がったアッシュと目があったらしく、猫に睨まれた鼠のように固まって動かない。
「で、どうして天使の眼鏡とグレイちゃんが一緒にいるわけ? グレイちゃんが天使側についたわけじゃないんだろ?」
面倒だから倫太郎に説明してやれと振ると、びくりと飛び上がった。座っていた安っぽい木の椅子がギギと軋む。
「あ、あ、あ、あの! 俺! 眼鏡じゃないです!」
「そうだろうね。うん、じゃあ、名前教えて? ぼくはね、アッシュ。アッシュ・ブロウズ。グレイちゃんの友達だよ。よろしくね」
倫太郎をじっと見つめるアッシュにどういう顔をしたらいいのか分からないらしく、ちらちらとこちらを見て助けてくれとサインを送ってくる。オレはというと、サインには気づいていたものの、またうつらうつらとしていた。
「は、はい。おれは、りんたろうです。よろしくおねがいします」
「オッケー。で、なんでグレイちゃんと一緒にいるの?」
間を置いて、深呼吸。落ち着けないのか、足の指がせわしなく動いていた。
「ええっと。俺、悪魔になりたくって、堕天しようと思ったんです。それでグレイさんの所におっこちたんです。でも堕天できてなくって、悪魔になれる方法を探してる、みたいな……。行くあてが無いんで、お願いして住まわせてもらってます」
「なるほどね、じゃあ眼鏡は味方ってわけか」
名乗ったのにまだ眼鏡呼ばわりをするアッシュに少し笑ってしまう。目をつむって、完全に睡眠モードに入っていった。体中の筋肉が早く休めと言っているようだった。
「……グレイちゃんここで寝るみたい。眼鏡はどうする?」
「あ、じゃあ俺は失礼します。邪魔でしょうし」
ドアを閉める音がじんと骨に響く。よっぽど帰りたかったのか、申し訳ない事をしたな。
「起きて。こんな所で寝たら明日辛いよ?」
肩を揺すられて、嫌々立ち上がる。ベッドに飛びついた。シャンプーのにおいが眠りへ誘う。
「隣で寝ていい? ぼく床で寝たくない」
適当に返事をすると、ありがとうと感謝をされる。少し大きめのサイズだったように思うが、二人で入ると流石に狭苦しい。これが今の世界の広さ。
「懐かしいね、よくこうして二人で居たもんだ」
背中にふわふわとした何かが当たる。髪の毛か。首をくすぐるように動くんで、なかなかどうして寝付けない。
「ぼく、眼鏡くんに嫉妬してたみたい。昔あれだけ男は嫌いだって言ってたのに、ぼくとおじさんだけしかダメだったのに、グレイちゃん頑張ったんだね」
仕方ないから、諦めてるんだよ。好き好んでお前以外の男と仲良くはしないさ。って、言ってやりたかった。唇を動かして舌をくねらせて喉を震わせる体力すら残っていなかったと思う。そう考える力だけしかなくて、首をくすぐる髪の毛が無ければすぐにでも睡魔にもっていかれそうだった。
「知り合ったばかりの男を住まわせたり、君に好意を持ってる男の部屋で寝るのはずいぶんよくないね。眼鏡くんは優しそうだし、ぼくは君とそういう事したいって気持ちはあるけど、君が望んでないってのは知ってるから。そんな事絶対ないと思って行動してるかもしれないけど、そうでもないんだよ。現にここに居るんだからね。君はもっと自分の魅力を知ったほうがいいと思うな」
くすぐっていた髪が止まり、背中が熱くなった。すぐに沈むように意識がなくなっていった。


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