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Uターン
灰かぶりの女

午前二時、けたたましい携帯の着信音、飛び起きるオレ。モーガンから。何かした覚えはないし、しかもこんな時間に。
「……もしもし」
「グレイさん!? 今、すぐ、出て下さい! 地下鉄西口前のジュエリーショップ!」
オレの担当は昼のはずだったが、と思い返すが、夜担当は死んでいたんだっけ。やれやれ、これからハードな毎日になりそうだ。
「今、さっきまで、異能者と接触してまして。犯罪予告を、された、んですよ。何か企んでいるのかもしれませんけど……」
「詳しい事はいい、地下鉄西口前のジュエリーショップに行けばいいんだな?」
「はい!」
電話を切って、部屋を飛び出す。スウェットにだるだるのシャツという格好だが、着替えてる時間はない。サンダルを履いてドアを勢いよく閉めた。マンションの屋上から飛べばすぐに地下鉄に着くだろうと思い、階段を登ろうとすると、急に声を掛けられる。
「あれ? グレイさんじゃないですか。こんな時間にどこへ行くんですか?」
エレベーターから出てきたらしい、倫太郎。少し伸ばしていた金髪を、女がするようなふわふわのゴムを使って横でまとめていた。
「急いでんだ!」
階段を登っていくと、もうひとつ足音が。
「俺も行きます!」
戻れと言っても戻る事はしないだろうし、家に戻す時間も惜しい。屋上に上がり、ひゅうひゅう吹く風を肺にめいっぱい詰め込んだ。助走をつけ、屋上を蹴っ飛ばす。足下が一瞬熱くなって、青い火花が飛び散った。後ろで翼を羽ばたかせる音を聞きながら、ビルの間を縫って風に乗る。
「何しに行くんですかあー!?」
風に紛れて声が飛んでくる。午前二時だが、ビル街は眠る事無く輝いて、星空がかすんでいた。せわしなく動く様々な種類の車を凝視していると頭がぐらぐらした。
「仕事! 危ないだろうから、でしゃばんなよ!」
「ピンチになったら助けに入ってくれって、そういう事ですか!」
「うっせ!」
三分も飛べば地下鉄の西口に着いた。西口は少しビル街から離れた所にあるので、人どころか、野良猫一匹も居なかった。モーガンが言っていたジュエリーショップは無惨にもショーケースが割られ、中に入っていただろう宝石はほぼ持ち去られていた。
遅かったか? いや、まだ近くに居るかもしれない。
「倫太郎、向こう見に行ってくれ。まだこのへんに居るかもしれない」
「分かりました」
二手に分かれ、オレは右倫太郎は左を見に行った。右側には割れたガラスの破片と、倒れたゴミ箱からこぼれたゴミが散らばっているだけ。特に気になる物は無いが、やはり、漂う魔法臭。緑髪の天使セオドアの時よりもましだが、なかなかにきつい魔法臭だ。何か手がかりになるような物はないかと探していると、男の叫び声。倫太郎だ。
急いで右側に走ると、まるで石像のように動かない倫太郎と、本物の像。
「ぐ、グレイさん。なんでしょう、これ……」
大柄な男のようだった。触ると、サラサラとしている。像にはジュエリーショップで奪ったものなのか、アクセサリーが埋めこまれていた。灰だ。例の灰人形。擦るとボロボロと固まった灰が崩れていく。
「生きてるだろうか」
「俺が見ますよ」
「頼んだ。オレはこの近くを探してみる」
ジュエリーショップと服屋の間の路地に入る。眠っていた野良犬がしつこく吠えた。
「うっせ、燃やすぞ」
手を燃やして犬の目の前で振ってみせるが、少し下がっただけで吠えるのをやめない。後ろに何かあるのだろうか、振り向くと。

「内臓ぶちまけて死になァ、クソ天使ども」
そこには倒れた灰の像と、苦しそうにもがく倫太郎と、大きなリボンで髪をふたつにくくった女。
「ゴミ処理した後に天使が二匹なんて、ついてるね」
女の髪は意思があるのかのように動き、倫太郎の首を絞めていた。
飛びかかろうとしたが、女の首がこちらを向く。
「止まれ。言うとおりにしないと、こいつを殺すよ」
犬のうなり声はやまない。燃やした手のおかげで、女の顔がよく見えた。白い癖毛の、かわいらしい人形のような顔つきの少女。ガラス玉のような丸い目はオレを写しているのだろう。ピンクの短いワンピースを着ていた。顔には似合わない、低いかすれたハスキーボイス。
「その手、自分の顔に近づけて三歩こっち来て」
素直に従う。頬がチリチリとしたが、焼ける事はなかった。
「ふうん。この眼鏡もお前も、なかなか男前。殺すのはもったいないかも……」
どうしたものか。倫太郎は仮にも天使、首を絞めただけですぐには死なないだろう。どうやらこの女は悪魔で、オレの仲間っぽいのだけど、勘違いをされてしまっている。まあ、確かに天使と悪魔が一緒に居るなんて事は普通有り得ない事だから、仕方ないっちゃ仕方ないが。
「でもどっちかと言うとさ、優男よりお前みたいなクールぶってる奴のメンタルから体までぼっこぼこにしてやるのが好きなんだよね」
チャンスを向こうが投げてくれた。向こうがオレに指一本でも触れてくれれば一発なのだが。天使と悪魔ってのは見た目じゃ見分けがつかず、人間と殆ど変わらないから面倒くさい。
「そいつを離してやってくれ」
「天使サマは仲間思いで優しいこと優しいこと。相手……、してくれるなら、こっちの眼鏡は諦めてあげてもいいかな」
「オレは天使じゃない」
「そんな嘘、通じるわけないでしょ。じゃあ何、悪魔だって言うの。それとも魔人? だとしたらずいぶん臭うけど。この眼鏡、素手で触ったら痛かったし。天使の仲間は天使に決まってるじゃない」
苦笑いを浮かべながら、呆れたように言う。当然の反応。倫太郎は遠くからでも見えるくらい冷や汗をだらだら垂らして、明らかに弱っていた。早くしたほうがいいな。
「グレイ。グレイ・キンケード。ルゥおじさんの命令でこっちへ来てんだ」
「……うそ!」
髪を離し、崩れて積もった灰の上に倫太郎が落ちる。あの人の事を『ルゥおじさん』なんて呼ぶのはオレと、もう一人しか居ない。女が駆け寄って来て、べたべたと顔を触りまくる。
「……ほんとだ! 久しぶり、グレイちゃん。相変わらず目つきは悪いし、ぜんっぜん成長しないねえ、普通に男じゃん。予想してたけどさ。ぼくだよ、ぼく。覚えてない?」
じっと顔を見る。大きなつり目と、小さな鼻と口。白くてふわふわの雪みたいな髪。完全に白というわけではなく、うっすらとピンクがかかっている。もやもやとして、もう少しで思い出せそうなのに思い出せない。
「分からないか。仕方ないね、今日はウィッグ付けてるし、化粧だってしてるもんね。しかし幼なじみをそういう事に誘っちゃうなんてさ。ぼくってこんな節操ない奴だったかな?」
「……アッシュ?」
幼なじみでピンときた。おじさんの友達の孫で、お前も友達を作れと言われて会わされた、オレの唯一の幼なじみ。そういえば、五年くらい会ってなかったな。五年もあれば、これだけ変わるものなのか。いや……。
「何してんだ、お前。そんな格好で」
アッシュは女ではなく、男だ。そんな気があったなんて。彼女だって山ほど作っていたし、脳みそと下半身が直結してるんじゃないかってくらいだったのに。
「いや、これはさ、深い深い訳があるんだよ。久しぶりに会ったのにこんな所でずっと話すのもなんだから、ぼくの部屋近いし、おいでよ」
「おう」
ジュエリーショップの前に、倒れた灰人形と天使を見た。せわしなく呼吸をして、つらそうだ。手を貸してやると、ゆっくり立ち上がり、服についた灰を払った。
「大丈夫か?」
「大丈夫、です。ちょっと……、まだ、息が……。すぐ、治るとは、思うんです、けど……」
深呼吸をしてなんとか呼吸を整えようとするたび、灰が舞い上がる。
「眼鏡、さっきはゴメンね。グレイちゃんの連れなら早く言ってくれればよかったのにさ」
「いえ! 大丈夫ですから。気にしないで、下さい。グレイさんの、お友達の方ですか?」
歩き出すアッシュに着いていくオレ、オレについてくる倫太郎。なんだか状況がいまいち飲み込めていないって顔で。
「幼なじみだよ。……グレイちゃん、この眼鏡どったの? 彼氏? 克服したの?」
「か、か、か、彼氏! ですか!? そう見えます!?」
「見えるー」
からかうようにわざとらしく言うアッシュ。そうか、オレが女だってまだ言ってなかった。




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