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Uターン
灰かぶりの男

帰り道、ちょうど警部の入院している病院の前を通ったので、モーガンと様子を見に行く事にした。警部と話をすれば、気持ちが楽になったりしないだろうかというオレなりの気遣いのつもりだ。ドロシィの事も気になっていたし。
面会受付で警部の部屋を聞き、エレベーターに乗って廊下を歩いていると、ドロシィの姿が見えた。髪が青いから、よく目立つ。向こうもよく目立つ警官の二人を見つけたようで。
「グレイさん! 昨日は本当に、ありがとうございました。お父さんがすっごい喜んでました、私が死ななくてよかった、って。……そちらの方は、NDの方ですか?」
「ああ。オレの部下のモーガンだ。こちら、警部の娘さんのドロシィ」
「お父さんがお世話になってます」
握手をしようと左手を差し出したドロシィに少し戸惑った様子だったが、モーガンは素直に握手に応じた。右腕が無い事に気づいたらしい。
「お父さんに会いに来たんですよね。部屋に案内します」
「ありがたい。……ドロシィ、腕のほうは医者に見てもらったか?」
「ああ! 義手を作ってもらう事になりました。絵は描けるがどうか分からないんですけど、やっぱり義手があるかないかでは、生活のしやすさが違うみたいで。……あ、ここですよ」
ドロシィが立ち止まったドアのすぐ横には、警部の名前が書かれたカードが掛けられていた。
ドロシィの後に続いて病室に入る。小さな一人部屋で、大人が三人も入ると窮屈で仕方がない。真っ白で清潔そうな布団をかぶった黒い肌の初老の男。ベッドに寝そべり窓の向こうをじっと見ていた。
「お父さん。NDの方たちがお見舞いに来てくれたよ」
ドロシィが声を掛けるも、反応が無い。眠っているのか?
「警部?」
よろよろとした足取りで警部を呼びながらベッドに近づくモーガンだが、警部は動こうとしない。
「……帰れ」
大きな背中が言った。その瞬間、空気が凍る。
「お父さん、せっかく来てくれたのに……。顔くらい見せて、ほら」
「こんな所に来る余裕ないだろうが」
少しくらい喜んでくれたっていいのに。でも、警部らしいっちゃあ警部らしいか。
「じゃ、オレは帰ります。元気そうでよかった。モーガン、お前はどうする? オレが戻れば文句ないでしょう、警部?」
警部は何も言わず、じっと押し黙っていた。ダメなら怒るだろうから、構わないって事だ……、たぶん。
「車のほうは気にしないでいいぜ、二分もありゃ帰れるから。体が動かし足りなかったし。気分転換にドライブでもしてきたらいい」
「……ありがとうございます」
窓から飛び降りて、病院の外壁を後ろ蹴り。かかとから炎を噴射して、大きくジャンプ。声が聞こえたんで振り向くと、ドロシィが手を振っていた。ビルの屋上をジャンプ台にして署へと。普段は疲れるからやらないけれど、血のにおいを嗅いでから暴れたくて暴れたくて仕方がなかったので。
向こうに居る時は暴れない日なんてのがほぼ無かったから、ストレスがたまっているのかもしれない。緑髪の天使、セオドアに負けたという所でも、ストレスを感じているのかも。しかしあれを殺さなければ『地球征服』は不可能だ。
ルゥおじさんは、時間はかかるが確実な方法をとった。大量の悪魔で人間たちを恐怖で押し付けるより、少ない悪魔が人間たちのヒーローになり、進んで味方に回らせる。ヒーローたちと同じ力が使えると言えば、人間たちは自分から悪魔になりたいと言うだろう。数で天使を圧倒できる。
そのヒーローとしてオレが選ばれたのだ。みんなの憧れ、NDで活躍すれば簡単にヒーローとして目立つことができるし、地上にやってくる邪魔な天使たちや魔女魔人を処理するための情報だってたくさん入ってくる。一石二鳥、というわけだ。

NDに戻ると、モニカが捜査班の人間に囲まれていた。オレの顔を見るや否や、そそくさと捜査班は部屋を出て行った。
「グレイさん、ネットで放送を見てましたよ」
「そーかそーか」
いかにも興味のなさそうな返事をしたが、ガッツポーズをした。オレの姿が放送されていたなら、沢山の人間にオレという存在を知ってもらえただろう。
「すごかったですよ、かっこいいって。ネットなのにお祭りみたいでした」
「へえ。捜査班のヤロー、またなんか変なモノ持ってきたのか」
モニカのデスクにあるのはファイルと、袋に入った灰。開いてにおいを嗅ぐと、わずかに魔法臭かった。
「面白いですよ、今度は。犯罪者が灰で固められて殺されてるんです。指名手配犯も居るんですよ。被害者は三人で、死因は窒息です」
「そういや似たよーな漫画があったな。犯人は10代後半から20代といったとこか?」
「漫画……、影響を受けた若者の可能性が高そうですねえ」
袋越しに灰を触る。所々きらきらと光っていた。どこかで見た事のあるような、ないような。何か思い出せそうな気がするが、薄い魔法臭を嗅ぎながら灰をいじくり回すだけでは何も思い出せそうにない。もっと、何か詳しい情報があればいいのだが……。
「そういえば、モーガンはどうしたんですか? また捜査班のお手伝いですか?」
「ああ、あいつちぃと気が滅入ってるだろ。気分転換にドライブでもしてこいよって病院に置いてきたんだ」
「……病院? モーガンをお医者さんに見せたんですか?」
「ちげえ、ちげえ。地下鉄のほうがすぐ終わったろ、帰りに病院の前通ってさ。警部の顔をチラッと見てきたんだ。相談事するなら、オレよか警部のがいいだろ?」
ファイルを取り上げて中の紙を見るが、特に手がかりになるような情報はまだないようだ。
「……勝手にそんな事言って……」
「心病んで仕事やめるより随分マシだと思うぞ?」
大きな溜め息を漏らすモニカを後目に、コーヒーを淹れた。カップの中でコツコツぶつかるくらいの角砂糖をザクザク潰してからいただく。
「糖尿になりますよ」
「オレは甘いものがないと死ぬの」
最後の一枚をファイルから抜くと、それは待ちに待った目撃証言のメモだった。気になる一文。『犯人は160センチほどの若い男性か女性?』って、男かも女かさえもはっきりしない目撃証言なんて……。モニカに聞くと、ちゃんと読めと怒鳴られる。あまり機嫌がよろしくないようだ。
「つまり、男が殺された時は女が被害者と一緒に居て、女が殺された時は男が被害者と一緒に居たって事?」
「そうですね」
暗い場所に居たようでもっと詳しい事は書いていなかった。男のほうはシャツにジーンズ、女のほうはミニスカートといったよくある若者らしい格好だし、髪や肌の色も分からない。
「二人組……、身長が二人共同じくらいだと、兄妹とか姉弟って事もあるか……」
「いちいち口に出さないと考えられないんですか?」
「うっせーなぁ。悪かったな、お前と違ってオレは学がないもんでね。そこまで頭回んねえの」
むっつりとして、目を合わそうともしない。モーガンを病院に置いて来た事が本当に気に入らないらしい。面倒だ。向こうなら文句があったら喧嘩で決める所だけど、どれだけ腹が立っても、こっちに居る以上は女に手をあげてはならない。……とおじさんが何回も何回も言っていた。
「うるさいのは貴方のほうでしょう」
「わーったわーった。黙ればいいんだろ、黙れば」

その後、オレとモニカは一回も会話する事が無かった。モニカは何回かモーガンに電話をかけたみたいで、完全にサボりコースに入ってしまったようだ。睨まれたが、どうもすることはなく。このまま気持ち悪い空気で5時になったので、素早く撤収。挨拶しても返事はないし、それまでにモーガンは帰ってこなかった。
家のテーブルには、『バイトが決まったので行ってます。倫太郎』という置き手紙。いつ帰るとか、どこでバイトしてるとかは無し。親じゃないんだし、当たり前か。
倫太郎は今日何を作ってくれるのだろうと期待していたのだが、バイトなら仕方ない。買い置きのインスタントラーメンを腹に詰め込んでからシャワーを浴びてさっさと布団に入った。



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あきゅろす。
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