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Uターン
少女と黒いトレンチコート

しんと静まった部屋の中。NDには血の匂いがこびりついて、暴れたくなる衝動。警部は長期入院しなければならないとか。あれだけ警部が居ない事を喜んでいたのに、複雑な気分。壁には知らない人の写真が貼ってあるが、所々に血が飛び散っていた。
机に伏せっているモーガンと、慰めるようにそばに居るモニカ。離れてぼうっとしているオレ。NDの捜査班から連絡があればすぐに動けるのだが(異能者の負担をなるべく減らすため、捜査班は別になっている。モーガンとモニカはオレや他の異能者、捜査班のサポートに回る)。
「……グレイさん。インターネットで犯罪予告がでてます。地下鉄の駅で、異能者を数人集めて大量殺人を起こすと」
「地下鉄〜う? 確実なのかよ?」
モニカがパソコンをいじりながら難しい顔で。
「予告時間まであとニ十分、駅の写真もネットに上がってますし。殺人生放送なんて言って、ユーザーが登録すれば簡単に番組が放送できるサイトで番組が始まってます」
「まあ人が死ぬ前に動けば間違いはないが。他のNDは出てるのか?」
「まだ連絡はありませんね。一番近いのはうちですし、もうすぐ他から連絡がきますよ」
まあブザーに急かされて出るのは気分がよくないし、たまには悪くないかもな。勢いよく立ち上がると、椅子がガラガラと滑っていった。
「んじゃ、出るか。モーガン!」
「えっ、あ、はいッ!」
伏せっていたモーガンが顔を上げて立ち、背筋を伸ばした。
「ちゃんと連絡しとけよ」
「気をつけて」
ひらひらと手を振るモニカを背に、NDを後に。タクシーに乗り込み足を組んだ。思い切りアクセルを踏んだモーガンに合わせ、窓を開けた。ビル街に突っ込み、風を浴びる。
「飛ばすねえ。警察ってこと、忘れてるか?」
「あっ……」
本当に忘れていたらしく、目を見開いた。いつもは調子のいい賑やかなモーガンが黙っているのは、どうも気分が悪い。やはり、おそらくはじめてヒトの死を目の当たりにするという事は精神的ダメージがきついらしい。NDに来たからには惨いものを見ていく覚悟はしていただろうが、いざってなると、やはり違うのだろう。オレの場合は生まれた時から殴り合いだの殺し合いだのばっかりだったから慣れていたけど。
地上は平和すぎる。うまくみんなが生きられるようにルールを決めて、それをきちんと守って暮らす。ルールを破るヒトは少ないし、破った者はすぐに捕まえてしまえる。こっちの世界とは大違い。
「着きました」
「今、何時だ?」
「11時53分です」
チカチカ光る緑色の、パトカーに備えつけられた時計。存在は知っていたけれど、ブーツを履き直していて見ようとは思わなかった。
「ちょうどいいや。モーガン、お前も来るだろ。お前はもっと現場に慣れたほうがいい。心配するなよ、ネットなんぞで予告するような奴ら、何人かかってもオレの相手じゃないさ。お前に傷一つ付けさせやしないよ」
ひゅうっと息を吹きかけた。影が動いて銃ができあがる。モーガンに見せるのは初めてだったらしく、驚いてから一息置いて、返事をした。
「……はい。行きます」
こっちの空気にまだ慣れずうまく影を動かせないでいたのだが、これならまた実戦で使えそうだ。自分の影を銃の形に変えているだけで、実際に存在はせず、オレが手を離すと消えてしまう。握っていた手をパーに変えると、影は溶けて手の中に沈んでいく。また驚いたようにしたが、特に何か聞く事はしなかった。

11時55分。予告されていた時間まであと5分。改札に立っていた駅員や客たちがこちらを見てぎょっとした。
「警察だっ、殺人予告が出てる。通してくれねえか」
「えっ、ええっ! はい!」
警察手帳を目の前につき出してやると、駅員は道を開けた。
モーガンのほうを見ると何やら電話がかかってきたようでぼそぼそ喋っていた。
「モーガン」
「モニカさんから。西のエレベーター前に集まっているらしいです」
57分。手帳をしまいながら階段に向かって走り、そのまま降りていく。12時ちょうどに電車が到着する。この客を狙っているのだろう。59分。ホームに放送が入る。エレベーターが見えてきた。若い男女が数人集まって何やら怪しい動きを見せていた。影を動かし、銃を握って構えた。
「動くなっ! 警察だっ!」
集まっていた若者は四人、男が三と女が一。
「本当に来やがった! しかもたった二人だ! 俺達の敵じゃないぜ!」
やはり。魔法臭がほとんどしない。魔法が使えるようになったばかりの調子に乗った魔女魔人といった所か。
「モーガン、下がっとけ。よく見てろ」
「……」
飛び込んでこようとした男の肩を打ち抜いた、影の弾丸。吹っ飛んでエレベーターにぶつかり、他の三人が怯んだ。
「よくもっ!」
男と女が二人同時に走ってきたが、一人の足を撃ち一人を蹴り飛ばすと、まだ無傷の男は顔を強ばらせつっ立っているだけだった。
「モーガン、でっかい車呼んどいてくれ」
そう伝えると、モーガンは電波の繋がる外へと走っていった。電車が到着し、どさくさに紛れてまだ無傷だった男が逃げ出そうとするが、右足を打ち抜いた。乗客が降りて、何があったのだろうかと戸惑いながらも改札口へと流れていった。倒れた四人の男女だけが残る。
「ローラを殺すなんて!」
一人が怒りの感情をむき出しにするが、恐ろしさは欠片も感じられなかった。蹴り飛ばした女は気を失っているだけのはず、一撃で異能者が死ぬような急所はわざと外してある。女がひゅうと呼吸して、胸が大きく動いた。
「見ろ、女は生きてるよ。ぜーんぶ大事になるような傷じゃねえから。すぐ立てるようになる」
「ちくしょう……。俺たちの復讐の邪魔をしやがって」
「復讐かなんか知らねーけど、お前達のやった事とやろうとした事は立派な犯罪なんだよ。豚箱でしっかり反省すりゃあ少しは罪も軽くなるだろ」
銃を消して、伸びをした。許可が出ていないので足留めくらいしかできない。憂さ晴らしにもならなかった。もっと暴れたい、力が有り余っていて、もっと使いたくて仕方がない。こんな雑魚ばかり潰していても、いつあの緑髪の天使を殺せるようになるのか分からない。
しばらく待っていると、モーガンが帰ってきた。どうやらおおきな車が到着したらしく。その頃には男達の足は治っていて、歩かせて車に乗せた。女のほうはまだ気を失っていたので担いで乗せた。大きな車は先に中央署へ。
パトカーにモーガンと乗り込んで、ふうっと息を吐く。
「現場はほぼはじめてか。オレと出るのもはじめてだよな」
「はい。やっぱり、実際それを見るのは違いますね。息ができなかった……」
「そりゃあ、素早く終わらせてよかったよ。そうじゃないとお前が窒息死する所だった」
ハンドルを握り、アクセルを踏む。チラチラと速度計を気にしていた。
「……以前、捜査班を手伝った時、まだ新しい、女性の遺体を見ました。それはもうひどい遺体で、内臓が抜かれて手足は切断してあるんです。でも、実際人が死ぬのを見るよりはずっとましでした」
「NDに来たんだ、それよりもっと酷い状況に立ち会う事もあるだろう。お前なら大丈夫、あのきつい試験をくぐり抜けて来たんだ。オレは受けた事がないから知らねーけど、勉強と運動ができりゃあいいってモンじゃないんだろ。お偉いさん方がお前なら任せてもいいって選んだんだからさ」
NDは大人気で、今署に入ってくる若い警官のほぼ全員がNDに行きたかったなんていうくらい。募集がかかれば、何百人っていう警官が応募をしてくる。モーガンだって、そうのはず。ずっと夢見て努力して今ここに居るはず。その努力を簡単に折ってしまうのはもったいなさすぎるとオレは思うのだが、どうも本人とは考えが違うようで。


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あきゅろす。
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