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Uターン
愛しい君の骨髄を僕に

服を着替えて、ドロシィがスケッチをしたという公園に三人でやってきた。昼のギラギラとした太陽光が突き刺さってドロシィとモニカはだるそうだったが、オレはというとくっきりとした影がよく出ているせいで元気だった。
「……じゃ、あたしは車に居ますから。……グレイさん。ブザー、ちゃんと持ってますよね?」
ポケットからブザーを出してひらひら揺らすのを見ると、モニカは戻っていった。
「……あのう」
「影に入るか、暑いだろ?」
「はっ、はい!」
木陰のベンチに座り、噴水近くで遊ぶ子供達を眺めた。平日だからか、周りに親子しかおらず、目立っている。
「本当に、姿を、現しますか、ね……」
「少し、様子を見ているのかもしれないな。……屋内のほうが、よかったか? 顔が真っ赤だぞ」
言葉も出づらそうにしているし、白かった顔がこれ以上ないくらい赤くなっている。
「……あ、あっ、ごめんなさい、大丈夫、なんです。大丈夫なんです、けど……」
「どうした?」
「わ、わたし、男の人と、で、で、デェト、なんてするの、初めてで。ちょっと……、緊張してる、っていうか……」
笑いまじりにどきまぎと話すのを覗こうとするが、視線をずらされる。ぬるい風が吹いて、首のあたりで切りそろえた青い髪が揺れた。
「オレが嫌か? 無理、しなくていいぞ。もっと優しそうな顔のやつとかのがよかったか」
「たぶん、どんな人とでも、緊張しちゃうと思います。お父さん以外の男の人のそばに居る事すら、は、はじめて……、なので……」
そっと膝に置いていた白い手に触れると、びくりと体が飛び上がった。視線を感じている。もっと挑発しなければ。
「ぐ、グレイさん、で、いいんですよね……?」
「ああ、そうだ。……誰か、見てるな」
「確かに……、見られている感じがします……」
また手に触れると、一度は引っ込めたものの、作成を思い出したのか素直にじっとしていた。ゆっくり握ると、握りかえしてくる。
「ごめんな、好きでもない奴と」
「いえ! そんな、嫌じゃ、ないですから……」
「オレは一応警官だからな、尻を触ったりはしねえよ」
「はっ、はい! もちろんです……?」
自分の放った言葉に少しパニックになるドロシィ。握っていない手を膝の上でピアノをひくみたいに動かしている。再び横を向くと、目があった。今度は、そらさなかった。
「グレイさんの髪、真っ黒でかっこいいですね」
自分から空いた手を伸ばして、前髪を触られた。堅くてちくちくした、安いスポンジみたいな髪があまり好きではなかった。
「ちゃんと手入れしたらいいのに、……もったいないですよ」
ざくざくとした荒々しい手櫛で、さらにぼさぼさになる。ドロシィが微笑むと、周りの空気が明らかに変わった。何かが、死ぬにおい。きつい魔法臭よりもさらに、きつい。異能者ではないドロシィや、公園に遊びに来ていた親子もその異変に気づいているようで、キョロキョロしている。
「……なんですか、これ……」
「そろそろ我慢ならなくなったようだ。じっとしてろ」
カラスが飛ぶのをやめた。風が走るのをやめた。しんとした空間の中で、噴水だけが音を出し続ける。大きな声で泣いていた赤ん坊でさえ、怯えたような顔をして、黙って涙を流していた。
「やっ」
肩がビリッとしたので反射的に腕を振るうと、風を切っただけで終わった。素早く立ち上がり、出てきた野郎の顔を見てやろうと振り返るが、そこには誰も居ない。
「ちょ……」
いつの間にかドロシィの側に居たのは、緑髪の男。ドロシィに鼻と鼻がくっ付くくらい近づいている。
「うーわ。悪魔のにおいがするっ、最悪っ」
「あ、あ……」
今度は足を伸ばして蹴りを入れたが、後ろに軽くジャンプをして簡単によけられた。
「やめてよ。人を見るなり蹴り入れるって、ひどくありません」
「下がってろ」
緑髪の男はへらへらと笑いながら降参降参と両手を上げた。ドロシィはすぐにオレの後ろへと引っ込む。眉のあたりから顎まで、両頬に縦の傷。間違いない。
「大人しく車に乗るんなら殴らない」
「そーいうわけにいかないって、分かってるくせに。だから殴るんだ」
この男の纏う死のにおいは、これまで嗅いだことがないくらいの濃さ。男の体が耐えられないと悲鳴を上げている。
「いいよ、その女。きみにあげる。さすがに、悪魔のにおいがついた女を抱くほど僕は飢えてないんでね」
整いすぎた顔、どこかで見た事のある顔だった。さっき体がビリッとしたから、天使だとは思うのだけど。おじさんにもらったリストに乗っていた、ような。
「でもさあ、人が狙ってたもの横取りって、どうかと思うよ」
「子供の遺体を小学校に捨てるような奴よりはマシだ」
シャツを掴み、ぐいっと寄せる。ふうん、と鼻で笑った。痛々しい頬の傷は、今にも中から悪い何かが飛び出してきそうなくらい軋んでいた。
「触るなよ。においがつくだろ」
ごり、と嫌な音がした。がりがりと嫌な音がした。思わずシャツを掴んでいた手を離す。
「グレイさん!?」
ドロシィの声にまじって、肉が裂かれて剥がれていく音がした。足元がどす黒く染まってしまう。骨が風に吹かれて震えていた。ぐちぐちと音を立てて死んでいく筋肉。腹をえぐられたのだ。さも嬉しそうに、傷と口を歪めて笑う。
痛みをこらえて影の炎で顔を殴る、手応えはあったが、効いているかは別の話で。
「ま、そこそこかな」
頬をさすりながら、薄ら笑いを浮かべて。少し皮膚を焼いただけで、特にダメージがあるように思えない。
「ドロシィ、君のお父様によろしくって伝えておいてね」
「わ、私……」
息をするのがつらい、体ががくがくと震えているのを止められない。汗と血でじっとりと濡れたアスファルトを踏みしめ、ブザーを鳴らさなきゃと手に取ったが、押す体力すら尽きてアスファルトに伏せった。
「また会おうよ」
ざわざわという人が集まる音と、ドロシィの声と、緑髪の男の声。焼けるような熱さのアスファルトに押されながら、遠のく意識をなんとか捕まえてそれを聞いていた。
「大丈夫、1日ありゃあ動けるようになるよ。涼しい『影』に……、連れてってやりな」
プラスチックが砕けて警告音が鳴るが、すぐにそれは止まった。
向こうはオレの事を知っているのか……?
今にも離れていく意識を完全に手放した時、頭が浮いたように軽くなった。


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あきゅろす。
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