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Uターン
階段を踏み外すのも選択肢のひとつである

今日はもう事件もおきず、何事も無く家に帰る時間を迎えた。治安も悪くなりつつあるし、署で生活をする者も少なくない。しかしオレは、『異能者』――つまり、悪魔なので優遇をされている。
数少ない異能者、過労死をしてしまえばNDはやっていけなくなる。他の異能者と昼担当と夜担当を決めて、普通の生活をさせてもらっているというわけなのだ。オレは昼だと格段に強くなるので、昼に入れてもらっている。チャールズ警部や二人の部下の他に、中央署にNDは居るらしいけれど、入れ替わるので名前以外は知らない。
荷物をまとめて制服を脱いで、黒いタンクトップに半袖のパーカー。夏にはちょっと暑苦しいだろうか、黒めのジーパンに着替える。色気もクソもない、男モノの服。おじさんの言葉が頭の中をぐるぐる回るが、無理やり引き剥がした。皆にお疲れ様と声をかけて、ND課を後にした。ロビーのソファーには、癖のある金髪の赤い眼鏡をかけた男が静かに座っていた。本人は普通に座っているつもりなのだろうが、やっぱり悪魔が触れる事が許されないくらい、きれいだった。美術品のように、整った線。
こちらに気づいたようで、立ち上がって駆け寄ってくる。薄めの金髪は、大きな窓から入る夕日に当てられてオレンジ色に染まっていた。
「終わったみたいですね。考えていただけました?」
「触ってみろ」
「え?」
「オレに」
言われた通り、手を差し出すと、握手するような形で触れられる。指一本、触るだけで体に電気が走ったようにビリビリとした。
「……」
「……どうか、しました?」
黙って署の大きな自動ドアを抜けると、後から待って下さいとついてくる。
「知り合いにさ、堕天使が居てさ、聞いたんだけど。お前、堕天できてねえって」
ゆっくりと歩きながら、小さな声で。夕日のおかげで影が伸びて、気持ちがよく過ごしやすい。
「堕天使が悪魔になる方法なんて、ねえんだと。堕天した瞬間から、扱いが悪魔なんだとよ。だから、お前、できてねえよ」
「そ、そですか……。何故ですかね、裏切るために翼を使わず地上に来たのに……」
「お偉いさんに気に入られてたとかは、ないのか」
「……心当たりあります」
「じゃ、それだよ」
わざとらしく下を向く。小さくなる歩幅と、コンクリートで固めた地面に、水滴がぽたり。雨が降るような雲は、ひとつだって無い。
「……戻りたく、ないです」
「でも、家族が心配してるんじゃないか」
「お母さんはずいぶん昔に死にました。お父さんは堕天しましたから……、向こうに家族は居ません……」
また、歩き出す。後ろを振り返ると涙の足跡があった。こんな事を言われたら、泊めてやるしかないじゃないか。同情するから金をやる、なんて、言ったかは忘れたけれど。
「手ぶらか、お前」
「あ、はい」
「オレのマンション、一つ使える部屋があるから。服とか、無いと困るだろ。せっかく堕天失敗してんだ、取ってこいよ」
あっという間に赤くなった目をこちらへ向けて、ぱちぱちとまばたきをした。
「いいんですか……。ほんとに」
「そんな事、言われちゃあな。オレの部屋、においで分かるか?」
「……ええ! 落ちてきた時、できるだけ強い悪魔がいいって、狙いましたから」
そう言うとぺこりと頭を下げ、助走を付けてオレンジ色の空へと飛び立っていった。
なんだか、昔のオレと似た奴だなと思ったから、泊めてやろうと思ったのかもしれない。
オレも幼い頃に母親は蒸発、父親は天使に殺されてしまった。父と仲の良かったルゥおじさんに引き取られ、家族の居なかったおじさんとオレ、二人で暮らしてきた。おじさんは偉くて強いし、よく可愛がってくれたので周りの子どもや大人まで、オレに嫌味を言ったり嫌がらせをしたりしてきたものだ。弱い弱いとよく言われたけれど見返してやったので、今はなんともないけれど。どうやら倫太郎は偉い人のお気に入りらしいし、同じような目にあっているのかなと考えた。そう思うと、嫌いな『男』なのに悪くない感情がボロリと出てくる。
ルゥおじさんに言われたから意識しているのか。そんなつもりはなかったけれど。ゆっくりとビル街を歩き出す、今日は迷わず帰れるといいな。

少し迷ったが、なんとかマンションの前。飛ぶのは疲れるし目立つからよしたかったけれど、今度から飛んだほうがいいかもな。引っ越しをして来た人がいるのか、一台のトラックと赤いスポーツカーが止まっていた。働きアリのように、緑のツナギを着た男達がトラックから家具やら絵画やらを持ち出していく。
家具の雰囲気は昔のフランスあたりで使われていそうで、ナルシストなイメージを持った。どんな奴が越してきたのだろうとスポーツカーを覗いたが、ガラスはこちらから見えないような加工をされているようで、全く分からなかった。
諦めて自分の部屋に戻ろうとエレベーターに乗る。二階、三階、六階。どうやらオレの部屋の隣の部屋にあのスポーツカーのナルシストが越してきたらしく。今顔を見なくても、じきに挨拶に来るだろう。そそくさと自分の部屋に帰り、荷物を放り投げた。
一人では広すぎる、おそらく家族で住むためのマンション。過保護なおじさんが買ってくれたものだ。どうやって人間界の金を大量に調達したのかは分からないけれど、向こうには綺麗な宝石やらよく分からない薬やらが山ほどあるので、これを売ったのだろうな。
クーラーを付けてパーカーを脱ぐと、ベランダの窓ガラスがドンドンと音を立てた。倫太郎だ。大きなリュックサックと手提げかばんを二つ持って、よほど疲れたのか息を荒げている。
「涼しいですね、中」
よろよろと部屋に入って、大きなため息を漏らした。
「一番玄関に近い左の部屋が空いてる」
「……後でシャワー借りてもいいですか」
「好きにしろ」
冷蔵庫からコーラを引っ張り出してきて、ソファーに寝転びニュース番組を見る。異能者の起こす事件は派手だから、ニュースや新聞、インターネットで大きく取り上げられる事がほとんどなのだ。人間界にやってきたばかりの頃は、NDが扱う事件が本当に少なかったのでテレビを見て直接行ったりしたものだが、最近は事件が少し多くなった、ような。
何かが起きようとしている? いや、考えすぎか?
ニュース番組が終わり、バラエティー番組が始まる。めぼしいニュースは無く、少しがっかり。メシ、作るの面倒だなあと思いつつ、でも倫太郎が居るから何かやってやらなくちゃなあと思いつつ。バスルームの電気はついていた。
「おい」
「あっ、はい! どうかしました!?」
「なんか食いたいもんあるか」
「いいですよ! そんな! 俺、材料持ってきたんで、出たら作りますから。早めに出ますね」
「そうか」
なんだか天使のオーラに負けそうになって、倫太郎のほうがよっぽど女らしいなと思った。オレは料理なんて、ろくにできないし。
ソファーに戻りバラエティー番組はあまり好きではないので、撮り溜めていた映画を再生したが、すぐに集中が途切れた。ぼんやりと、真っ白い光を跳ばし続ける蛍光灯を見つめていた。


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