[携帯モード] [URL送信]

Uターン
赤茶色の煉瓦を砕け
「びっくりしたねぇ。みんな、急に意識を失っちゃったみたい。きみは大丈夫だったんだ、さすが、やっぱり異能者はすごいんだね!」
さっき声をかけてきた小さな警官が笑いまじりにまた話かけてきた。他の警官も全員何事もなかったようにテープの撤去を始めていた。あのクマ上司に至っては、のん気に窓を開けてぷかぷかとタバコをふかしていた。
「そっちのきみは? 向こうへ行ってたのかい? ダメじゃないか、一般人だろう。興味本位でウロウロされたら迷惑なんだ、ここではふたりも人が死んでいるんだよ?」
「すまん、こいつも異能者だ。偶然居合わせたんで、協力してもらった」
「なぁんだ、それなら早く言ってよ! きみ、すぐにパトカー乗せてもらって署に行きなよ。貧乏警察だからほんの気持ち程度だけど、申請したら謝礼金がもらえるからさ」
「は、はぁ……」
「ほらっ、乗った乗った。じゃ、僕らは片付けするから。また会ったらよろしくね!」
無理やりに近い形で一緒にパトカーに乗せられてしまった。ちょうどタバコを吸い終わったらしく、クマ上司……ではなく、リチャード警部がじろりとこちらを見る。
「どうだった、初陣は」
「と、言われましても……」
アクセルを踏み込み、元来た道を帰ってゆく。流れていくビルと雲。
「ま、次はうまくやれるさ。ロボットは破壊したんだろ、ならいいじゃないか」
「……がんばります」
「是非そうしてくれ」
ふうっと息を吐くと、不安そうにこちらを見つめていた後部座席の男に気づく。
「あの、流れでつい乗っちゃったんですけど、大丈夫でしたかね」
かまわない、とチャールズ警部が言った。すぐに表情が明るくなったのが面白くて、つい顔が緩んでしまう。
「ぼうず、詳しい事は聞かないよ。家はどこだ、送ってやる」
「大丈夫です、俺、グレイさんにお話があって来たんです。ふたりきりで話をしたいんですけど……、向こうで少しだけ、部屋を貸してくれませんか?」
聞き流してしまう所だったが、おかしい所を見つけた。名乗っていないはずなのに、どうしてオレの名前を知っている? 気を失いそうになっている間、こっそり手帳を抜いて見た……? いや、そんなこそ泥みたいな真似をこの天使がするだろうか。
「向こうでは、結構有名なんですよ。こいつには手を出さないほうがいい、って……」
「お前の名前は? 教えておけよ」
天界でも名前が知れていると聞いて、少し嬉しくなった。だがこれからもさっきと同じような事が起こるとは限らない。オレを狙って沢山の天使がやって来るかもしれないという事か。天使の処理ができるのはいいが、死ぬ確率だって高くなる。もっと強くならなければ。
その間、じっと男は腕を組んで考えていた。名前を教えるか悩んでいるのか。
「倫太郎です。長いですから、好きに略して呼んで下さい」
「変わった名前だな。どこか遠い所の生まれか」
混ざってきたチャールズ警部に、愛想笑いをしながら、そんなもんですと答えた。どうやら警部が苦手らしい。確かに、天界にもこんなほとんどクマのような奴は居なかっただろう。
警部と倫太郎のどきまぎとした話を、流れる雲とビル街を眺めながら聞き流していた。

「……ちょっと、長くなってしまうかもしれません」
「構わない」
「ありがとうございます」
中央警察署の中庭で、ベンチに座ってコーヒーをすする。砂糖とミルクたっぷりのゲロ甘仕様のND特製コーヒー。飲むのは甘党のオレくらいなものだけど。
最初は部屋を借りて話をするはずだったが、天井に付いた監視カメラとマイクを倫太郎が嫌がったので中庭にやってきた。休憩時間はもう過ぎているので、居るのは署長が個人的に飼っている犬くらいだ。
「さっきも言いましたし、翼を見てもらったと思うんですが、俺は天使です! そしてあなたは……」
「悪魔……」
「はい! 俺は悪魔のあなたに用があって、堕天をしたのです」
「堕天使か、おまえ」
「そうです。ですから、もう少しすれば翼もなくなってしまうでしょうね」
堕天使、神から貰った翼を捨てた天使のこと。神には見てないふりをされ、天使には裏切り者と罵られる。その代わり、誰にも束縛される事はない。仲間……、束縛する者がいなければ、束縛される者がいなくなるのは当たり前のことだ。
「俺を……、悪魔にしていただけませんか」
「……はあ?」
「俺、昔から悪魔にあこがれていたんです。さっき助けたお礼ってことで、どうでしょうか。……俺が居なければ、あなた死んでましたよ」
してやったりといった顔で、眼鏡の位置を直す。
悪魔と天使はもともとの体の作りは同じ。昔、『大洪水』に反対して堕天した天使たちが子孫をつくり、悪魔という種族として成り立っている。神に存在を許されていないので、力を持った悪魔が作った小さな空間で生活するしかないのだ。神に愛された存在である天使に触れると体が感電したように痛くなるし、その小さな空間でさえ悪魔を殺してやろうと天使がやってくるのだ。
少し倫太郎に触れると、またびりびりする。
「まだ、翼は出るのか」
三歩離れて一秒、ふわふわとした雲のような翼が現れた。さっきとひとつも変わらない、真っ白な翼。
「出ますね」
「なら、飛んで帰れ。すぐ謝れば許してもらえるだろ。助けてもらった恩はあるが、悪魔なんていいもんじゃない。それが一番、お前のためになる」
それに、悪魔のなり方なんてオレは知らないと付け加えると、むっと眉を吊り上げた。
「じゃ、見つかるまでそばに置いて下さい。嫌なんです。向こうに、戻るの……」
「どんな都合があるか知らんが、オレにだって都合はあるんだ。仕事に戻るよ、じゃあな」
NDへ戻ろうとすると、涙混じりの叫び声が背中に突き刺さる。
「終わるまで、待ってますから!」
悪い事をしたかなと、少し罪悪感。中庭を出て署に入った瞬間、携帯電話が振動しはじめた。電話番号は666、ルゥおじさんだ。向こうから人間界に電話って繋がるものなのか。中庭にこっそり戻り、通話ボタンを押す。
「もしもし! 私だよ、グレイ。ちゃんとやってるかい?」
「おじさん! タイミングいいね、助かるよ」
「……署内でないからおじさんは許すとして……、どうしたんだ?」
不安な人間界から解放されたような気がしてついため口をきいてしまいハッとする。が、許されて体の力が抜けた。レンガの敷かれた床にへたりこむ。
「堕天使にね、助けてもらったんだ。そいつはさ、悪魔になりたいんだって。堕天使を悪魔にする方法、知ってるだろ?」
「うーむ……、私は元天使だけれども……、堕天すればすぐに扱いは悪魔になるはずなんだがね。なり方は堕天するってだけだ」
「え、あいつに触ったらビリビリするし、翼だってまだ出るけど」
「そりゃあ、まだ天使だね。別の力が働いているのか、はたまた、神のお気に入りなのか……。お気に入りと知り合いになったのなら、グレイ、お手柄だぞ! 情報を聞き出せるし、天使が襲ってきたら盾にできるだろう。できるだけ、仲良くしておくんだ」
「……わかった」
「嫌か。……その天使、男だろう」
「まあ」
「グレイ。君にこの大仕事を任せたのは、実力があるからそれをもっと伸ばして欲しいって事、人付き合いを覚えるって事がメインの理由だが……、私以外の男嫌いを治して欲しいってのも、あるんだ」
「……」
「生まれた頃から見てきたからね、本当の子供のようで。できるなら、彼氏でも作って結婚して……、子供を抱かせてほしいと……」
「ごめん、おじさん。オレ……、頑張るし……」
「私も、ごめんな。無理しなくていいからな。私の電話にしかまだ繋がらないが、何かあったら、かけてきなさいよ」
「ありがとう、おじさん……」
自分が女だって思い出す瞬間。おじさんの幸せはオレの不幸せ。おじさんのことは本当の家族以上に大好きだけど、あの話をする時のおじさんは大嫌い。悲しい目で見てくるから。殺処分されるペットを見るみたいに。悲しそうに小さな声で話すから。殺処分されるペットにごめんねって、謝るみたいに。


[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!