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Uターン
ふたりで渡れば怖くない

廃工場は、嫌になるくらい静かだった。どこかにロボットが潜んでいるのかと思えば、そうでもないのだと先に現場に着いた警官が言った。
「……実戦は初めてだな?」
「え、ああ。はい」
本当は沢山の悪党と天使をボコボコにしてきたけれど、そういう設定なのだから、仕方ない。バックミラーをのぞくと、空から落ちてきた金髪の男が不思議そうにのぞき返してきた。
「一番は、自分の命だ。死んじまったらどうにもならん。ダメだと思ったらすぐにブザーをならせよ。他のNDに連絡を入れて協力してもらえるからな」
「大丈夫ですよ、一人で」
パトカーから降りると、鼻をつく魔法臭。魔法を使う者……、つまり『異能者』が近くに居るらしい。魔法、なんて呼びやすい名前を適当につけただけで、昔存在した魔法とはだいぶ違うものらしいけど。魔法臭がきついが、かなり近くに居るのか、強い者が少し遠くに居るのか、どちらなのかわからない。
「お巡りさん、お巡りさん」
半分ほどドアを開けて、金髪の男がこちらへ来いと手招きをした。耳を貸せとしぐさをする。
「……俺も……、行きましょうか。さほど強くはないですけれど、打たれ強さには自信があります。それにこの臭い……、相当ですよ」
「いや。ここで待ってろ」
半開きのドアを閉じて、ゆっくり歩き出した。ここに潜んでいる異能者が天使なら、天使のあいつを連れていけば挟み撃ちになるかもしれない。天使という存在だけで、オレにとっては敵だし、向こうだってそうだろう。それに、出会ったばかりの奴と共闘するなんてなめた考えはとっくの昔に捨てている。
細い道に、沢山の黄色いテープ。周りには六人ほど警官が立っている。
「きみが中央のNDかい、ひとり?」
少し背が小さく、人のよさそうな警官がひとり、話しかけてきた。
「ああ」
警察手帳を出すと、めずらしそうにまじまじと見つめる。いい大人なのに、子供のようだ。
「へえ、NDの異能者かぁ! なるほど、ひとりなわけだ。ボク、異能者ってテレビや写真以外で見るの初めてなんだ。……なんか、思ったより普通でびっくりしたよ」
「……状況は変わったか」
「気分悪くした? 申し訳ないね。状況はほとんど変わらないよ。あんまり近づいたら体が痺れて気を失うのと、隠れてないで堂々としてるかな。素早く一発で破壊できたらいいんだけど……、無理だったらちゃんとブザーならしなよ?」
「分かった」
気をつけて、と背中で声を受けつつ、黄色いテープを乗り越えた。

沢山の瓦礫と砂埃で、周りの様子がよく分からない。が、敵さんは丁寧に倉庫の屋根の上に立っていらっしゃった。白い髪の少女ロボットが二台。人間にしか見えないくらい丁寧に作られているようだが、生きている者ではない目をしていた。大きめの瓦礫に隠れて、様子を伺うが、二台のロボットは微動だにしない。少しずつ魔法臭がきつくなってくる。やはり、さっさと破壊して、潜んでいる異能者を探し出さなければならない。
幸い、大きな瓦礫があるおかげでいい影があるし、今日は天気も悪くない。影が沢山あれば、影の能力を持つオレは戦いやすくなる。影に潜り込み、死角から攻撃を仕掛ける事ができるし、晴れていれば影の力自体も強くなるわけだ。これほど都合がいい戦いは久しぶりかもしれない。
影に潜り、力を溜めて足から勢い良く影の炎をロケットのように噴射してジャンプ。太陽の光をおもいきり浴びて、片方のロボットを蹴り上げる。宙に浮かんだロボットの頭。すぐにガションと鉄の塊が落ちた音がして、それを聞きながら倉庫の屋根に着地。
なんだ、言うほどじゃない。まだ壊していないロボットも破壊しようとロボットを睨みつけた。
「嫌ぁああああああああああ!!」
「……!?」
甲高い女の声。怯えたロボットの音らしい。聞いた瞬間、腰と足の力が抜けて、立っていられなくなって屋根に崩れた。
「どぉしてよぉおおおおおおおお!!」
腕の力顔の力も抜けて、倉庫の屋根を転がり落ち、横に倒れてしまった。呼吸とまばたきで精一杯で、指一本さえ動かす事ができない。
「たすけてぇええええええええ!!」
少女の高い耳障りな叫び声は止もうとしない。危なくなったらブザーを押せと、あれほど言われていたのに。ブザーを押せなくなるほど危なくなるだなんて思いもしなかった。今隠れている異能者がやって来たら、その異能者がどんなに弱い異能者でも殺されてしまうことだろう。
「誰かぁああああああああ!!」
どうしよう、どうしよう、どうしたら。消えていく感覚の中、どんどん魔法臭だけが強くなる。つんとした、酸っぱいにおい。今にも物陰から飛び出して、このオレの、この首を狙って手が伸びてくる。じわじわと汗が滲んでゆく、睫毛に冷たい汗が落ちたが、払う力すら出せなかった。
「お巡りさん!」
視界もぼやけてきた。ぴりぴりと体が痺れる。……揺さぶられている?
「気をしっかり持って下さい。俺が奴をひるませますから、その隙に一発決めて下さいね。大丈夫、あれ、平気なんです」
「きゃぁあああああああああ!!」
また叫び声がして、聴覚が吹き飛びそうになったがなんとかこらえた。
「さ、立って! 俺にはあれを壊す力はないんです。あんまり叫び声が大きいんで、外で待機していた他のお巡りさんも倒れてしまって。早くしないと、取り返しのつかない事になります」
ああ、あの空から落ちてきた男。通りで体がぱちぱちすると思った。言われた通り、なんとか立ち上がった。ぱちぱちのおかげできちんと気を持っていられる。
「……ありがとう……、オレ……」
「いいえ。……まだ、飛べるか、心配なんですが」
さっきまで疑っていた自分がバカみたいだ。見ず知らずの、本来敵であるはずの存在を、助ける。こんな古臭い大昔の化石頭な天使がまだ生きていただなんて。実際の天使なんて、もっと根が腐っている。天の使いだなんて呼ぶのもおこがましいくらい、不完全で人間以上に人間臭くて、キチガイみたいな奴ばかりだって言うのに。
「飛べたら、きっと、あれを壊して下さいね」
そう言うと、男の背から真っ白な翼が顔を出した。ぐっと腰を下ろして足元に転がっていた鉄パイプを拾ってから、飛び上がる。
広がった白い翼は雲のように青空を覆った。ふわふわとした雪みたいな柔らかくて白い羽がゆらゆらと舞う。
「お巡りさん! また叫びますよ! 早く!」
後に続いて、さっきと同じように足から炎を噴射してジャンプ。
「テディ……」
何か叫ぼうとした所に、男の振りかざした鉄パイプが顔面にヒットした。怯んだ所に、横から着地と同時に炎を纏わせた拳で殴りつける。オイルに炎が触れたのか、爆発が起きた。男と一緒に吹き飛ばされまた地面に叩きつけられる。
「あぁあああああああ……」
ごうごうと燃える真っ黒い炎から、かすれたような悲鳴が聞こえてきた。黒い炎の中の影は、もう一体の首が飛んだロボットに近づいて、一緒に燃えてゆく。
「……大丈夫ですか」
「ああ」
「あんなにきつかった魔法臭が消えてますね、逃げたみたいです」
だんだんと燃えて小さくなるロボットを見つめながら、立ち上がった。一緒に影の炎も小さくなって、消えていった。
もらったばかりの制服は、あっという間に土だらけ。汚した制服を見ていると、あのおっかないクマ上司の顔が浮かんできた。
「外に居る奴らは大丈夫なのか」
「……わかりません、見に行きましょう。遠くに居ましたし、きっと大丈夫だとは思うんですが……」
まだ痺れる筋肉を持ち上げて、外へと走った。ここで大量に人を死なせるような事をすれば、ルゥおじさんに殺されてしまう!



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