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Uターン
マジで腐る五秒前

「……グレイ。グレイ・キンケード!」
いつも笑顔のルゥおじさんが、珍しく苦虫を潰したような顔をしていた。いつもの笑顔、は、引きつった笑いだったよなあ、と記憶を引っ張り出してくる。何か悪い事をしたかと思ったが、心当たりは無い。
だって今日は、少しダサい制服を気持ちが悪いほどに着こなしているし。それに、言われた時間通りに部屋に入ってきた。寝癖だって直して、指定のブーツをちゃんと履いているのに、どこに怒る要素があるというのか。
「きみは上司より力があるのに、なかなか昇進しないが……」
「なぜですかねェ」
ルゥおじさんは大きくため息をついた。肺の中の空気をすべて押し出したようで、むせる。その反動で、微妙に伸ばした赤毛がぐちゃぐちゃになった。癖らしい、あご髭をいじりながら、呆れたようにまたため息をつく。
「……足を、テーブルからおろしなさい。股を開かない」
部屋にルゥおじさんが入ってくるまで、足を伸ばしていようと思ってたのだが、ついついそのままにしていた。ああ、と思わず声が出た。
「で、オレに用って、なんです。おじさん」
「確かに……私ときみは、きみが子供の頃からの付き合いだがね、もううちに来たからにはきみの上司なんだよ。おじさん、じゃない」
「あ、ああー。……署長」
おじさんはまるでため息マシーン。ため息をするたび幸せが逃げるとついこの間言っていた、張本人だと言うのに。最近髪の毛の量が減ったように思えるのは、やはり、ストレスのせいだろうか。
「ひとつ、君の良い所は一回注意されたらずっと気を付けるところだな。悪い所は他が代わりにゆるむところだ」
「で、用は」
「……きみに、地球征服をして欲しいのだよ」



いつもと同じように、いつもと同じようなくるくる回る鉄の椅子に座って、つまらないインクの染みを見つめていた。違うのは今オレは地球に居るってこと、上司がおっかない奴だっていうことくらいか。
オレの居る地球の警察署の『ND課』はオレの他に部下が二人とおっかない上司が一人。今部下が出掛けているので、部屋には上司と二人きりだ。
上司――、チャールズ・ドレイパーという男。初めて見た時、こんな人間が居るものなのかと驚いた。なんせ、まるでクマのような図体で、真っ黒な皮膚を持ち、目がどこにあるのか分からない。足は丸太のように太く、髭だと思われる体毛を口と鼻の周りにたっぷりこしらえている。そんな見た目をしているっていうのに殆ど声を出さず、たまに物音を出して何かしたかと思えば、それはタバコを出す音なものだから、恐ろしくてたまらない。
オレの居た世界には、クマのような図体の奴は居たが、肌の色までクマそっくりな奴は一人だって居なかった。ルゥおじさんに、向こうでは本当に失礼のないようにとしつこく言われていたのに、穴が開くくらい見つめてしまった。喋らないのは、オレのせいだけかもしれない。NDは他より少し暇だという事も苦痛に繋がる。
ND、天災の略だ。ルゥおじさんの話によれば、最近地球では怪奇現象が増えているらしい。例えば機械が勝手に暴れるだとか、今まで存在しなかった生き物が生まれ、他の生き物や人を襲うだとか。一番やっかいなのは、裏で『異能者』なんて呼ばれる者たちの犯罪行為か。
やる事も特に無く、ぼうっと静かに時間が流れるのを待っていたが、耳がびっくりするくらい大きなベルが流れた。
「3の27、廃工場にて事件発生。ロボット暴走。男性二人が死亡」
「えげつねえなあ」
立ち上がってあくびと伸びをすると、大きなクマ……ではなく、チャールズ警部がドアの近くで早く来いと言わんばかりの顔で睨みつけていた。
急いで後を追いかけ、パトカーの助手席に乗り込んだ。エンジンをかけると、連絡が入ってくる。
「ロボットは二台。爆発等は無し。近くに異能者が付いている可能性高」
「男性二人の殺害方法は?」
初めて警部の声を聞いた。低い音で、落ち着けるような声。喋れないんではないかなんて考えを持ち始めていたので、ぎょっとした。
「不明、ロボットに近づくと気を失うのは分かっています」
「了解」
通信が切れた所で、大通りに入った。ビルで右の空も左の空も覆われている。いつ見てもすごい! 人間は一人一人の力は小さいけれど、たくさん集まれば本当にいろんな事ができるのだと改めて思った。
「……おい、聞いてたか?」
「えっ? あああ、はい、はい、聞いていましたとも!」
「実際戦うのはお前なんだぞ、俺達じゃあ異能者は捕まえられないからな」
「すいません。ずっと田舎に居たもんでして、あはは……」
普段なれない敬語を使うのは、口がこそばゆい。こんな奴、オレが一発でも思い切り殴ってやれば、頭の骨を砕いてやれるのに。まだ出会ったばかりだし、嫌いってわけじゃないけど。ルゥおじさんのいいつけを守るのは、どうもストレスがたまる。

そろそろ前を向こうと体を動かしたその瞬間、大きな何かがパトカーの上に落ち、ガラスを覆った。
「うわっ!」
「おい、どっか持ってろ!」
ブレーキを踏み込み、けたたましい馬の鳴き声のようなブレーキ音が響く。歩道側になんとかパトカーを止め、二人でほぼ同時に息を吐いた。
「……人か?」
うつ伏せに落ちてきたので、よく様子が分かる。濃いめの金髪を少し伸ばした、十代後半から二十代前半と思われる男。どこかいい所のおぼっちゃま、なんて雰囲気で、赤い眼鏡をかけている。
不思議なのは、おそらくビルからこのパトカーに落ちてきた、ってのもあるが、パトカーにも男にも眼鏡にも一つだって傷がないのだ。
「オレ、降ります」
パトカーから降りて、男を窓から下ろそうと触れたが、強い静電気のようなものが邪魔をして、長い間触れられない。偶然かと何回も試してみたが、やっぱり触ることができない。これは、もしかして、いや……。
「……なんなんですかあなた! 何回も何回もビリビリして、こっちも痛いんですよ!」
また試そうと手を伸ばすと、いきなり跳ね起きた男がパトカーから飛び降りた。
「いいですよ、俺はあなたに用があって……」
「……後でにしろ、今忙しいんだ。車に乗ってろ。用事が終わったら喧嘩でもなんでもやってやるよ」
男が不機嫌そうにパトカーの後部座席に座ったのを確認すると、助手席に戻った。
「異能者か?」
「……おそらく」
確実にそこに存在して見えているのに、オレが触れないものなんて、天使くらいのものだ。正反対の存在として、お互いに触れられないし、分かり合えない。ルゥおじさんから渡された『要注意天使リスト』に居ない顔だったから、もし喧嘩になっても簡単に殺せるはず。地球にやってくる天使の駆除もルゥおじさんから言われた任務のひとつだ。そもそもNDが担当する事件の七割は天使が関わっているから、ちょうどいいっちゃあ、ちょうどいい。
「異能者ってなんですか! そんなんじゃなくて、俺はれっきとしたてんし……」
「おい、その話は後にしろ」
「あ、そっか……」
やはり。天使がオレに何の用があるというのだろう。めんどうな事になりそうな気がしてならない。



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