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青髪の舞姫
彼女の空白

「え〜と…クリームは、これだよね。
 後は、ジャムかな…うん、と…」
「大丈夫か?」
 死神がいた。彼女のことを案じてくれているようだ。
「あ、しぃ兄‐…じゃないや、旦那様」
 彼だけだったので、つい玄関のときの呼び方が先に出る。
「わざわざ旦那様なんて言い直さなくていい…俺はそんなガラじゃねぇからな」
 死神は彼女の呼び方に慣れていないだけのようだ…それ以降、話はせずに、彼女は黙ってジャムを選んだ。
「ねぇ…しぃ兄?」
 彼女は手の中のジャムを見ながら、死神に話し掛ける。
「しぃ兄は、いつから記憶が残ってる?」
 不可解な問いに、死神は頭を掻きながら考え始める。
「いつから…か。
 あんまり考えなかったな」
 曖昧な答えに、彼女は、そう…とだけ言った。
「記憶が…どうかしたのか?」
 ミルティッロが蚊の鳴くような声で答える。
「無いの」
 彼女の小さい声は、死神の耳に届いた。
「無い? どういうことだ?」
 流石の死神も眉をひそめた。
「しぃ兄は、いつ、此処に来たの?」
 単純な質問に、死神も拍子抜けしたようだ…目が丸くなっている。
「俺? 俺は此処‐ウィッシュウェルの生まれだ」
 彼女は小皿にジャムとクリームを盛った。
「ならよかった…。
 こんな思い…ミルだけで充分だもんね」
 その小皿をトレイに乗せ、二人は皇帝のいる部屋へ向かった。

「遅かったじゃないか、死神」
 皇帝はソファーに座り、本を読みながら一人、紅茶を飲んでいる。
「お前なぁ…頼まれてたジャムとクリーム、コイツは頑張って探してたんだぜ?」
 そう言って、死神はミルティッロの頭を少し乱暴に撫でる。
 彼女は嫌がる様子も無く、寧ろ嬉しそうな顔をしている。
「申し訳ございません…ご主人様。
 時間が掛かってしまって…」
 小さなメイドはトレイで顔を半分隠し、小声で詫びる。
「まぁ、紅茶が旨かったから…それでいいさ」
 そう言って、また本へ視線を戻した。髪が掛かっていて、あまり顔が見えない。
[多分あれはあれで良く思われてんだと思うぞ?]
 死神の言葉を聞いて、彼女は笑顔を取り戻した。
[ホント!?]
[あぁ、アイツは素直じゃないからな]
 言い終えた瞬間、近くで何かが割れる音がした。
「げ」
 死神は、本日二度目の一文字が出た。
「死神…余程命が要らないとみえるな」
 皇帝の声、ドスが聞いている気がする…コンディション・レッド。
「あぁ、そうだ。
 ミルティッロと言ったか…どっちの隣に座る?」
 皇帝に問われ、彼女は首を傾げた。死神の隣も、皇帝の隣も、どちらの席も空いているのだ。
(どっちにしよう?)
「? こっち来るか?」
 彼女が死神の方を向くと、彼は隣の椅子を、彼女が座りやすいように引く。
「うんとぉ…」
 彼女はその場でもじもじし始めた。
 皇帝は一旦本を置き、スコーンにジャムとクリームを付け-
「食うか?」
 餌付けした!?
「食べる♪」
 しかも成功!!! プロだ…。
 彼女はあっさり皇帝の隣に座ってしまった。
「汚ねぇ手を使ったな…?」
「頭と道具は使い様だ」
 死神は…言いたいことは分かったが、やってることが気に入らない…といった顔をしている。
「ま、いいけどよ…」

「お世話になりました!」
 彼女は半ば遊びに来たような、そんな過ごし方になってしまった…恩返ししに来た筈なのに。
「ジャム、ありがとな…皇もなんとかなったし」
 確かに、ジャムに関する文句も無かった。
「元はと言えば、お前が勝手にジャムを使ったのが悪いんだ」
 しかし、相棒に関する文句は残っていそうだ。
「また今度も、お邪魔してもいいですか?」
 彼女の問いに、皇帝の頬が、僅かにだが緩んだ。
「そうだな…。
 今度はまた違うジャムでも使って、それでフラリスティーをまた作って貰おうか」
 彼に喜んで貰えたことが嬉しかったらしく、わぁい! と言いながら跳ね回った。
「よかった…気に入って貰えて♪」
 結局、恩返しはなんとか上手くいったようだ。
「あ…そうだ。
 もし記憶が戻らなかったら、此処の生まれって思えばいい」
 その一言に、彼女は首を傾げる。
「此処は悪いところじゃねぇからな。
 それに、安心しろ…記憶はもう、消させねぇよ」

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あきゅろす。
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