小説 (短編・中編)
甘い呪縛(1)
どうして…俺を責めないんだ…?

少し力を入れたら、意図も簡単に折れそうな程…
細く華奢な君の首…

どうして…抵抗しないんだ…?

力を込めた手が、小刻みに震えている…
ドクドクと…脈打つ感触が手を伝う…

これで…
これで、もう…何回目だろう…。
お前は、どうして…微笑んでいられるんだ…?

だって…だって、オレはお前を…
何度も…何度も…
殺して…

『ナツも…苦しいんでしょ?』

オレが…苦しい…?
オレは…苦しんでいるのか?

『だから…いいよ。』

お前の手が、オレの頬を伝う涙を拭う…。

『それで、ナツが楽になるなら…。』

力を込めた手に…金糸の髪が絡みつく。

あぁ…。まただ…。
また、お前は…俺を許すんだ…。
また…オレはここから抜け出せなくなる…

ー 甘い呪縛 ー

「……ツ。……ツ。ナツ!!」
「……んぁ…?」

突然呼ばれた声に、不意に意識が浮上した。
ぼやける視界に、金糸の髪が揺れる。

クルリと辺りを見渡せば、そこはルーシィの部屋だった。

(そうだ…。ルーシィんちで飯食って…そのまま無理矢理、泊まったんだった…。)

目の前にいるルーシィの、白く細い首筋が目に映った。

夢の中で、何度も…何度も…締めた、細い首。
強く締めれば締めるほどに、ドクドクと手の平へと伝わる脈の音。
嫌な感触は伝わるのに、全く感じることのできない体温。
ヒヤリと冷たく、まるで血の通わない人形の様に…。

ナツは恐る恐る手を伸ばし、目の前の柔らかな頬に触れた。
すると心地の良い体温が、その手の平にジンワリと伝わってきた。

その暖かさに、少しづつ…心に居座る黒い塊が溶けていくようだ。

脆い物に触れるかのように頬に添えるナツの手に、
自分の手を重ねルーシィは心配そうに問いかけた。

「ナツ?……大丈夫?」
「ん…。」
「すごい、うなされてたわよ?」
「ん…。」

まだ、頭が覚醒していないのか、
ナツはルーシィの問いに上の空で返事をする。

よくよく見ると、額にはうっすらと汗がにじんでおり、
首筋からは、つぅー…と、一筋の雫が流れ落ちていた。

「汗…。タオル持ってくるわね。」
「行くな。」
「きゃっ!?」

ルーシィが洗面所に、タオルを取りに行こうとベッドから降りようとした瞬間、
強く腕を引かれ、小刻みに震えるナツの腕の中へと抱きすくめられた。

「ひとりに…しないで…くれ…。」
「ナツ?」

時々、ナツはこんな風に何かに怯えたように一人になる事をひどく嫌がる事がある。

おそらく、育ての親であるイグニールが突然姿を消した事…。
無事に戻って来たが、かつて大切な幼馴染であるリサーナが亡くなった。という経緯がある事…。
自分の大切な人達が、目の前から消えてしまう事への恐怖が突然襲いかかってくるのだろう。

こうなってしまったナツを落ち着けるには、
ナツが安心できる言葉をかけてあげる事くらいしかルーシィにはできない。

その根底から救ってやる事ができない事に
不安定となったナツの姿を目の当たりにする度に、
ルーシィは己の不甲斐なさに、情けなくなる。

大切な人ひとり、救う力すら自分には無い…と。

ルーシィは、ふぅっと小さく息を吐き出し、ナツの背中へと腕を回し、
ポンポンと優しくその背中をあやすように叩いてやった。

「大丈夫よ。ナツをひとりになんてしないから。」
「本当…か?」
「えぇ。本当よ。」
「急に…消えたり…しないか?」
「消えないわよ。」
「ずっと、一緒にいてくれるか?」
「ずっと、ナツと一緒にいるわ。」
「ん…。」

いつもなら、このやり取りを何度も繰り返しているうちに、
徐々にナツは落ち着き、安心したようにルーシィの腕の中で
穏やかに眠りに付くのだが…。

今日は、どこかナツの様子がそのいつもと違った…。

言葉を交わせば交わす程に、ナツの表情が思い詰めた物に変わっていく。
どうしたのか?と、その顔を覗き込もうとルーシィがナツとの間に隙間を作ると、
突如、肩を掴まれ…そのままベッドに沈み込むように押し倒された。

ナツはルーシィの上に馬乗りなる形で跨り、
そっとその細い首へと手を伸ばし、ポツリと呟いた。

「ルーシィ…。オレの為に…死んでくれるか?」
「………え?」



病んでます。病んでます。本当にごめんなさい。病んでます。

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