ろく
すべらかな藤太の指を、蛍がのんびり這いまわる。
惣次は妙な感覚にとりつかれ、息を飲んだ。
「……兄さん」
適当な言葉も見つからないまま、思わず声をかける。
それに驚いたのかどうか、蛍が飛びたち、そのまま小窓の向こうへ姿を消した。
「ああ、惣次が脅かすから」
月の浮かんだ小窓の外を透かし見るように、藤太の背中がきゅっと伸びる。
まるで、自分も飛んで行くのだといわんばかりに。
(やっぱり兄さんは……)
藤太の視線は、じっと窓の向こうに注がれている。
ぼんやりと無防備に、覇気に乏しい表情で。
「兄さん……あの……」
「ん?」
「やっぱりここから出たいのではないのですか」
出てきた言葉は、あのことに対する質問ではなく、惣次が常日頃から気にかけていた事であった。
藤太は少し振り向いて、「そんなことは、ないよ」と笑みを見せた。
困ったような、憂いを秘めたいつもの笑顔。
(そんな顔をしないでくれ)
惣次の中で、何かが弾けそうになっていた。
「何故、黙って父さんに従っているんです」
「家長に従うのは当たり前のことだろう」
「それは……だけどこんなのは理不尽だ」
「惣次が気にすることはないんだよ。面倒をかけて、悪いとは思うけど」
笑顔でそんなことを言う兄が、たまらなく可哀相だった。
「兄さん」
たまらず、藤太のその細い身体を夢中で腕の中にかきいだく。
「惣次……?」
兄の柔らかな声が、すぐ近くで聞こえる。
それだけで惣次は心地いいと思った。
「惣次、離して」
「嫌です」
藤太が小さく身じろぎしたが、惣次には開放してやる気などない。
「惣次」
「僕がなんとかする、だから」
「……っ苦しい、よ…」
藤太が小さく呻く。
知らず、抱き竦める腕に力が入っていた。
「あっ……すみませ……」
戒めを緩めた惣次の目に、兄のなだらかな首筋が映った。
染みひとつないその肌に、惣次の中で燻っていた熱が、音もなく、弾けた。
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