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 惣次は桶から立ち上る湯気に視線を縫い付けた。
 絞った手ぬぐいを手渡された藤太が、着物をはだけ上半身を露にしたからだ。
 一瞬、色素の薄い胸の突起が視界に入り、どきりと心の臓が跳ね上がった。
(……綺麗だな)
 そう思って、惣次は少し苦笑いする。

 やっぱりそうだ。
 自分はあの日から、兄に欲情している。
 そして今から兄に聞き出そうとしていることは、多分確認に過ぎないだろう。

 確認して、自分は一体どうするつもりなのか。どうしたいのか。
 そこまで考えて、ハッとする。
(どう、したい……だって?)
 思わず兄に視線を向けた。

 小窓から降り注ぐ、蒼く透明な月光の中で、兄は細い腕を伸ばし白磁のように滑らかな肌を拭っている。

 穢れとは無縁の、天女のような姿。
 だが、そうではないことを惣次は知っている。

 少しばかり欲に染まった目で見つめられているのを知ってか知らずか、藤太は長い髪を邪魔っけに払った。
「惣次」
「は……はい、なんです」

 不意をつかれて吃ってしまった。
 藤太は気にした風もなかったが。
「今度、髪をしばるものを持ってきてくれないか」
「……はい」
 高鳴る鼓動を押さえ付け、惣次はふっと息をついた。
 この調子で、兄にあのことを尋ねたりできるのだろうか。

 声をかけあぐねているうちに、藤太はあらかた身体を拭い終えてしまった。
 残った背中を拭くのは惣次の仕事だ。
 手ぬぐいを湯で洗い、兄の背後へ回って髪をどけると、白い項が露になる。

 何度も見てきているはずなのに、今夜ばかりは見とれてしまった。

 ゆっくりと手ぬぐいを背中に滑らせながら、惣次は言葉を探した。
 兄の自尊心を傷つけるようなことをしたくはない。
 頭の中で色々な言い方を探っていた惣次だったが、先に声を発したのは藤太であった。
「おや」
「……えっ」
 弾かれたように顔を上げ、藤太の腕がゆるりと宙へ伸びるのを目で追う。
 その指先に、翠色の光を放つ小さな虫がぴたりととまった。
「蛍だ」
 蛍のとまった指先を顔に近付けて、藤太がうっとりしたように呟いた。
「綺麗だね」

 ――なにをいう。
 綺麗なのは貴方だろうに。
 

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