じゅうし
――教えてやろうか。藤太の真実を――
(真……実)
その言葉は、ひどく魅力的に聞こえた。
しかし同時に困惑もした。
そんなもの、惣次はとっくに知っていて、だけど、この人ならぬ者に奪われた。
返して欲しいと思うのに、思い出すことも恐ろしい。
忘れてしまったのなら、そのまま方が余程マシなこと。
けれど声は容赦なく言葉を紡ぐ。
――知っているだろ、藤太が牢から出なかった理由――
「言うな……」
――藤太は毎日のように世話を焼いてくれていたお前を好いていた――
「………」
――それだけさ――
そうだ。
ここにいさえすれば、常に関心を自分に繋ぎ留めておけると。
惣次の本心も知らず、誘いには絶対に首を縦に振らなかった。
その頑なな態度が惣次の情念を捩曲げてしまうなど、いくらか心の幼かった藤太には思いもよらなかった。
それだけだったのだ。
「兄さん……」
惣次の座す毛羽立った畳の表面には、茶褐色の染みが拡がる。
それを愛おしげに撫で、惣次は倒れ臥した。
***
「……はい、ごちそうさま」
ひとりの青年が、麓を見渡せる樹上で呟いた。
満足そうに合掌して、無邪気に笑みながら麓にある敷地の広い屋敷を見下ろす。
新月の闇のような色の髪が、夜風に吹かれてふわりと舞った。
「よぅ、ご満悦か、更紗」
「まぁね」
不意にかけられた声に、更紗と呼ばれた青年は驚くでもなく淡々と返答する。
彼が腰掛ける枝に、もうひとつ。
気配もなく、影が現れた。
「随分時間かけて食ってたな」
「お前みたいにがっついてないだけだよ」
「あっそ」
更紗の隣に姿を表した青年は、揶揄の言葉に肩を竦めて鼻を鳴らす。
そしておもむろに更紗の肩を抱き寄せた。
更紗に拒む気配はなく、素直に青年にもたれ掛かる。
「美味かった?あいつの夢」
「さてね。言っとくけど、味見はさせないよ」
何気に近付く青年の顔を、更紗は掌で追いやってジロリと睨む。
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