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田夏  SS 短編 
両想いまであと一歩
(あ、田沼。北本も。)
昼休み。渡り廊下を歩く夏目が運動場でサッカーをする男子の集団に気付いた。見るとその中に北本と、珍しく田沼の姿も見つけた。
そのまましばらく眺めていると、北本からパスを廻された田沼が華麗にシュートをきめた。
その時――
「きゃあっ。田沼君、シュートしたよっ。カッコいいっ。」
「珍しいよねっ。サッカーしてるなんて。見れてラッキー♪」
「普段、目立たないけど、逆にそこが良かったりするよね。それに…見て、あの長い足。」
運動場の隅でこっそり観戦しているらしい女子が黄色い声をあげた。どうやらお目当ては田沼らしい。
夏目は居心地が悪くなってその場を立ち去った。本当はもっと見ていたかったけど、何だか胸がもやもやして、早く教室に戻りたくなった。
(……田沼って人気あるんだな。…格好、いいもんな…。)
そう思ったらもう、夏目の思考は田沼の事でいっぱいになった。

「夏目。」
目の前で手をひらひらされ、名前を呼ばれる。その声で夏目はハッと覚醒した。
「…田沼。」
「どうした?ぼぉっとして。もうとっくにチャイムなったぞ。…具合でも悪いのか?」
心配そうに顔を曇らせる田沼に、夏目は慌てて取り繕う。
「いや、何でもないんだ。ほんと。ちょっと考え事してただけで…。」
そんな夏目の顔を田沼がじっと見つめる。顔色は特に悪くない。嘘ではないと判断した田沼は納得したようだ。
「そうか。ならいいんだ。帰ろう。」
微笑かける田沼の顔を見て、夏目の胸はトクン、と音を立てた。

「――でさ、北本がさ…――」
田沼が何かを話しているが、夏目の耳にはほとんど入ってこない。耳が働かない代わりに、よく働いているのは目だった。夏目の目はひたすら田沼を見つめていた。

少しクセのある黒髪。見た目よりずっと柔らかい事を知ってる。
涼しげな切れ長の目元。黒曜石のような漆黒の瞳。
筋の通った高い鼻。薄くて形のいい唇。
長い手足。指の長い綺麗な手。

(ああ。田沼って本当に格好いい。…このままずっと見てたい、な…。)
 
「――…目。夏目っ。」
田沼の呼びかけで夏目はハッと我に返る。田沼が訝しげな様子で見てくる。
「夏目、ほんとに様子がおかしいぞ。ボーッとして話も聞こえてないみたいだし。何かあるなら話してくれ。力にはなれないかも知れないけど…。」
まるで自分を責めるみたいに目を伏せる田沼に、夏目は焦って言い訳をする。田沼にそんな顔はさせたくない。
「本当に何でもないんだっ。そういうんじゃなくて…なんていうか…その、田沼に見惚れてただけなんだ。」
「エッ!?」
心底驚いたという顔をして田沼が声をあげた。言ってしまってから凄く恥ずかしい事に気付いた夏目は、顔を真っ赤に染めて続けた。
「今日、昼休み、北本達とサッカーしてただろ?そしたら女子が騒いでてさ。田沼がカッコいいって。そうだよなぁって、俺、凄い共感してさ。
……なんかずっと考えてた。田沼の事。…ごめん、変だよな。俺…。」
言葉にしてみて初めて自分でもおかしいと気付いた夏目は、まともに田沼の顔が見れない。
夏目から思いもよらない言葉を貰った田沼は、驚きと感激のあまり、しばらく呆然としていた。…が、意を決したように紅い顔を引き締めて言った。
「…変だっていうなら俺なんかもうずっと変だぞ。夏目の事、綺麗だなっていつも見惚れてる。…毎日ずっと夏目の事考えてる。」
「……え?」
弾かれた様に夏目が顔を上げると、恐いぐらい真剣な瞳とぶつかった。目を逸らせなくて、そのまましばらく見つめ合う。
するとフッと田沼が表情を緩めて
「帰ろう。」
と踵を返して促した。夏目は黙って後に着いて行く。
お互いにうるさいくらいに胸の鼓動が高鳴っているのを知らないままに。

――好き、と伝え合うのは、もう少し、先の話。













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あきゅろす。
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