『世界はそっち側』 1 「生まれ変わったらハ○ー・ポ○ターみたくなりてぇな」 帰宅の最中に誰に言う訳でもなく独り言を呟く。 何故そんな事を考えたかというと、クラスの誰かが昨日観たテレビで『もしも生まれ変わったら貴方は何になりたいですか?』みたいな事を言っていたらしい。 それでその話題に花を咲かせてたクラスメート達を遠巻きに見て、でもその時はくだらないなんて考えていた。 けど、実際はちょっと、頭の片隅で考えが浮かんでしまうのが事実で、考えを払っては考えてを繰り返し、そして今に至る感じだ。 そもそも生まれ変わる事自体信じてないので、真に受ける必要もないのだが、でもその"もしも"の奇跡が起こり得るというのならば、やはり今の自分や世界とはかけ離れたものを夢見てしまう。 別に今の自分や周りの環境が嫌という訳ではない。どちらかといえば恵まれている方だ。 うちが経営している企業も大手の有名どころだし、学校でのオレの立場も生徒会長という大きな役職だし、他の生徒会役員も使える奴等ばっかりだし、風紀委員の連中ともそれなりに仲が良い。 学校内も平和。教員達との関係も平和。生徒達からの評判も上々。これで文句があるという方がおかしいという程恵まれている。 そんな恵まれた環境を生きるオレの"もしも"の願いがあるならば、やはり現実離れした事柄が起こる世界―――つまり魔法が使えるようになりたい、そう直結するのは安直すぎるだろうか。 某小説(映画でもいい)の主人公達の様に、魔法を使ったり、箒に跨って空を飛んでみたり、ドラゴンや妖精とかと触れ合ってみたり……すっごい悪の魔法使いと因縁の戦いとか…… 「……は、怖ぇからなくても良いかな?でも魔法とか現代を生きる人間としてはロマンだよなー」 "もしも生まれ変わったら"―――オレは魔法使いになって、生きてみたい。 ……まぁ、そんな事、望んだって叶いっこないのだから、やっぱり考えるのをよそう。 そう思いながら苦笑を零し、頭上をぱたぱたと扇ぐ。 別に脳内の考えがそこに浮き出てきている訳でもないのだから意味のない行動ではあるが、なんとなくだ。 改めて前を向けば目の前の横断歩道の信号が赤から青に変わった為、横断歩道内に足を踏み入れる。 白線とそのままのコンクリートの切り変わりを見て、小さい頃、白線以外は泥沼だから白線しか渡っちゃ駄目とかそんな事してたなと思い出す。 あれ?泥沼じゃなくて底なし沼だっけ?ワニがいるだっけ? そんな事を考えながら気まぐれに白線から白線へぴょんと軽く飛んで渡っていた。 ただそれだけだった。確かに考え事をして、オレの視線は白線しか見えていなかった。 でも信号が赤から青に変われば普通、気にする事なく渡るもんだろ? だから―――赤信号の道路を大型トラックが勢い良く真っ直ぐ突っ込んでくる事に気付くのが遅くなってしまった。 「……えっ、」 ゴォォーッという猛スピードで走る車の音を耳が拾って振り向いた時には、既に避ける事が出来ない距離だった。 そこからは真っ暗。何がどうなったのか、全くわからなかった。 「……あ"?」 ふと意識が浮上して目を開ければ、真っ暗な室内にいた。 見つめる先には当たり前だが天井があって、でもそれは見慣れたオレの部屋の天井とは違くて。 ぼうっと暫し呆けてからゆっくりと上体を起こして周りを見た。 今いる部屋にはオレが寝ているベッド以外に机や本棚、本棚以外の棚や観葉植物など。 全く覚えのない部屋に首を傾げながら自分の身体に目を向ける。 着ているものは手触りの良い服―――どうやら寝巻のようで、そりゃベッドで寝てるんだから寝巻なのは当たり前かと納得した。 ぼやっとした頭のままでベッドを降りて一先ずこの部屋を出てみれば、明かりこそ点いてはいないがもう一つ、広い部屋に続いていた。 内装や置いてある家具からしてどうやらリビングらしい。 ベッドのある部屋も広かったが、このリビングも無駄に広い。どこの高級マンションだよ。家賃いくらの所だよ。 そんな事をいまいち働かない脳内で巡らせていたが「ちょっと待てよ?」と漸く脳が働き出した。 「……ここ、どこだ?」 改めて部屋を見てみるが、やっぱり見覚えはないし、オレの部屋でもなければオレの家のリビングとも違う。 つーかオレ以外からの生活音もないし、話し声もないのだからここは明らかにオレの家じゃない。 じゃあ、ここはどこだよ。焦ったオレはリビングを抜けて更に短い廊下に続き、玄関と思われるドアがある事に気付き、逸る気持ちをそのままに足早にそちらへ向かい、勢い良くドアを開けた。 結構勢い良かったが、思いきりドアを閉じる時に比べて開ける時の音というのはそんなに響かなかった。 その事にほっとした束の間……開けたドアの向こう側の通路が赤い。 そして更にいうと通路を挟んだ向かい側にまた別の扉があって、視線を横に動かせば、同じ扉が複数横に連なっていた。 しんと静かな廊下に、そっとドアを閉める。 「……どこ、ここ……」 さあっと血の気が一気に下がった。 2016/10/22. [次へ#] [戻る] |