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『世界はそっち側』
2


とりあえず落ち着こう。そう思って一旦リビングに戻って勝手にコーヒーを淹れた。
いや、ここオレ以外の人間がいる気配がないのだから勝手にコーヒーやらカップやらを漁ったって別に問題はないと思うんだが、温かい淹れたてのそれを一口啜り、喉に通す。
馴染みの苦味が心地良くてほっと一息吐く。


「……」


何度かコーヒーを口にして思考を廻らす。
ここはどこだ?この部屋は誰の部屋なんだ?どうしてオレ以外の人の気配がしないんだ?というかオレは何時から寝てたんだ?そもそもオレの目が覚める前は―――……。


「……トラックと向き合ってなかったか?」


確か横断歩道を渡ってる最中にトラックが突っ込んで来たような。
そんでもってそのあとは……そのあと?あとってなんだ?
どうなったんだっけ?そのあと目が覚めたらベッドにいたんだよな?あれ?なんで?


「……ちょっと待て。えーっと……ベッドにいた事はとりあえず置いといて。……えっ?もしかしなくてもオレ、死んだ?いやあの状況で避けた覚えねぇし……」


猛スピードで突っ込んできたトラックはもう直ぐ目の前にあった。
つまり、イコール、正面衝突……だよな?
トラックを見てそのあとの記憶がないのも、つまりそういう事だよ……な?
マジか。マジなのか。確かめようにも手段がないから確かめられない……オレ死んだの?!十七という若さで?!
ちょっと童心に返って白線だけ渡ってたのが最期の行動ってどうなの?!
……いやそれはもうどうでも良い。今問題なのは……。


「オレ、なんで生きてるんだ?」


そう、そこだ。
トラックに跳ねられて死んだというのなら、何故今オレはこうして歩き回ってコーヒーなんか飲んでいられるんだ?
いやここが俗に言う天国、もしくは地獄だとして、死んだあとでなんらかの理由で個室で過ごしてる、という事なのか?
いくら事故でオレが悪くないとはいえ、死んだ人間に対して手厚いな天国もしくは地獄の住人は。
そんな現実逃避をしていれば、ピンポーンとインターフォンが部屋に鳴り響いた。
オレ以外から発せられる音にびくりと肩を揺らしたが、インターフォンが鳴らされたという事はオレ以外の誰かが玄関の向こうにいるという訳で、少しだけ安心した。
さっきから基本、無音だからこの建物に誰一人といないのかと思ってたからほっと一息吐いてから玄関へ向かい、先程閉じた時に改めてかけた鍵を開け、ドアを開く。
正直、誰がインターフォンを鳴らしたのかわからなかったから、こっそり覗く様にして視線を向ければ―――……。


「……何やってるんだ?お前……」


ドアの向こうに突っ立っていたのは見知った顔だった。


「……結城(ユウキ)?」

「それ以外の誰に見えるんだよ」


意外な人物が目の前にいて、びっくりして呆けた声音でそいつの名を呼べば、相手は呆れた様な、それでいて心底嫌そうな顔で、舌打ち交じりに答えた。
相手の態度に若干の……いや相当の違和感を覚えて首を傾げる。
目の前にいる人物―――結城 聡(ユウキ サトシ)は風紀委員長で、自他ともに認める良い友人でる。
その彼がこんな冷たい態度をオレに向けるのは初めての事で、オレは少し不安になった。
目が覚めてからの事があって、見知った顔を見た事で落ち着きをみせていた心が、再び揺らぎ始める。


「えーっと……どうかしたのか?お前、なんか変じゃね?」

「はぁ?別に普通だろうが。意味わかんねぇ」

「……それこっちの台詞……」

「つーか、こっちは無駄話をしにきた訳じゃねぇんだよ」


「これ」と差し出された書類を受け取り目を通せば、そこには『転校生 手続きと案内』と書かれてあった。
ざっと内容に目を通したが、明後日の日曜日―――先程カレンダーを見て今日が金曜日だと知った―――転校生がやって来る事と、その案内に誰か就ける事と、その他諸々の内容が書かれてあるだけで、特に不審な点はない。
つーか転校生なんて来るっつー話出てたっけか?


「何これ、初耳なんだけど」

「はぁ?!初耳な訳ねぇだろ。この書類事態は一週間以上も前に生徒会長の所に回ってるって聞いたぞ?それ、案内役とか決めてこっちに回したあとまた理事長の所にいく書類なのにお前ん所で止まってるって言われたんだぞ?!」


ナニソレ、それも初耳なんだけど。
怒気の含まれた声音で言う結城に、目を見開いて聞いていれば「くそっ」と悪態をつかれた。
……えっ、この人本当に結城さん?オレの知る結城はこんな感じじゃない。
そう考えていれば結城がぎろりとオレを睨んだ。


「兎に角、それ今日中に決めてこっちに回してもらわねぇと仕事が滞るんだよ。なのに今日も休みやがって……マジふざけんなっつーの」


悪態をつきながら重い溜め息を吐く結城は、がしがしと髪を掻き「さっさと決めろ」と視線で訴えてきた。
そんな結城の視線を受けるが、オレは何がなんやら理解が追い付けず「……どゆこと?」と聞き返してしまった。
これは仕方ないと思う。思うけど、この流れでこの質問は逆効果だという事にオレは言ってから気付いた。


2016/10/27.



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あきゅろす。
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