『世界はそっち側』
9
『とりあえず、伝えたい内容をこの紙に書いて』
差し出された紙とペンに「どっから出した」とツッコミを入れながら受け取る。
だが、渡されてから改めて考えてみれば、一体何を伝えるべきかに悩んでしまう。
そもそも精神?だけ入れ換わって別世界で実は生きてるんだぜ、という摩訶不思議なこの状況を、伝えた所で信じて貰える気がしない。
だからと言って一言短い言葉だけを綴るのは、かえって何も伝わらないだろうから、少し長くなるだろうけど、事実を伝える事にした。
不審がられて信じて貰えずに終わりそうではあるが、入れ換わって実はオレは生きてるって事と、魔法使えるんだぜって事と、それから―――……。
『……"ごめん"って……、何が?』
「……いろいろとだよ」
「ふーん……」と直ぐに興味を無くした彼に、四つ折りに折った紙を渡した――― 一面に"結城 聡へ"と書いて。
受け取った彼はそれを両手で包み込むと、手元が淡く光出して、そのまま泡となって紙が消えた。
『これで良し』
「今ので結城に渡ったのか?」
『いや?今のオレだと、出来てせいぜい死体の手元に置くか握らせるか位だ』
「……それ、結城に限らず、気付かれにくくね?」
『火葬される前までに気付くだろ。……一人位は……』
「もっと確信持てよ!!不安しかねぇ!!」
火葬場に向かう時に、棺の蓋に釘を打って開かないようにするが、それまでに蓋が外された状態の機会はある。
だが、葬式が始まって眠るオレの手元を見る奴なんてそういないだろ……普通は顔だろうし。
だから機会はあっても時間は限られている。
その限られた短い時間内に誰かが気付かない限り、伝言をする意味がなくなってしまう。
誰でも良いから気付いてくれ!!そしてそれを結城に渡してくれ!!
そう念じていれば「なるようになるよ」となんとも無責任な言葉を投げかけられた。
―――それからは目が覚めるまで情報収集。
本を読んだから世界のなんたるか等は良いとして、魔法の世界での縣 柊哉を知らなくてはならない。
学力はどの程度なのか、魔法に関してはどのレベルまで使えるのか、学園での生活風景までいろいろと聞いた。
その流れで魔法の使い方も教わった。
眠りに就く前に一回やったが、てきとうなイメージでやった様なものだから、いざって時に使い物にはならないだろう。
魔力コントロールの感覚を口頭での説明となったが、流石は生まれながら魔法に馴染みのある彼の説明はわかりやすく、オレの属性である火属性魔法と無属性魔法をマスターした。
夢だからのみ込みが早いのか、この身体はそもそも魔法に慣れてる身体だからなのか、恐らく後者があっての前者なのだろう。
一先ず魔法に関しては問題はない。
学力に関しても基本的にはほぼオレと変わらない様で、部屋にある教科書や参考書等を読めば補えるだろうという結果に。
他にも他愛もない会話をしながらいろいろな事を聞いていれば―――彼は主に愚痴だったが―――白い空間が靄がかり、空間そのものがぐにゃりと歪んだ。
『……そろそろ時間みたいだ』
「そうか。濃い夢だったな」
『オレはこれで最期だ』
「……悔いはねぇんだな」
『あんたに押し付けるのが少し申し訳なく思うかな』
「それは気にすんなって」
目覚めの時間が近付くにつれて空間の歪みが増していく。
だけど不思議と足下が不安定になる事なく、オレ達は最後まで向かい合って会話を続ける。
『机の引き出しに青い笛がある。どうしようもなく、どうする事も出来ないって時に吹くと良い』
「吹くとなんかあんのか?」
『オレの唯一の友達が助けてくれる筈』
「友達いるんじゃん」
『滅多に会えなかったがな。……これからは、あんたが友達になってやってくれ』
「その友達に別れを告げる事が出来なかったのは後悔かな……」と苦笑混じりに言う彼に「一緒じゃん」と笑いかける。
そうだと笑い返す彼の身体がだんだんと透けていき、目覚めも、別れも近い事を悟った。
『じゃあな。二度と会う事はないだろうな』
「じゃあな。―――良い夢を」
『良い夢を』
最後に握手を交わす―――その一瞬遅れて彼が消えたのと同時に眩しい光に導かれた。
2016/12/31.
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