『世界はそっち側』
8
『オレは、生まれたこの世界からずっと逃げたかった』
そう話し出す彼は、ふと遠くを見つめた。
その真意はなんとなくわかる気がするが、ちゃんと彼の口から聞きたくて、無言で続きを促す。
『この世界でのオレの扱いは良くないものだった』
「……本で読んだ。この髪と目は不吉の象徴で忌み嫌われている、だろ?」
『そう。だからずっと生きるのが辛かった……』
俯く彼に、どう声をかけるべきか悩んだ。
オレはこの世界に来てまだ一日も経ってない。
この容姿に関して世界からの扱いを理解出来ても、生まれた時から受け続けて来た彼や過去の人間の気持ちまではわからなかった。
だから"生きるのが辛かった"と話す彼の気持ちに応えられずに、オレも俯いた。
『まぁ、そんな時に丁度あんたが死んだからさ、勝手で悪いけど精神だけ入れかえさせてもらった』
「いや、そんな急に開き直んなよ……」
『あんたに気を使ってどうする』
「それもそうか。お前オレだもんな」
「そうそう」と頷く彼は、さっきまでの沈んだ様子は何処いったと聞きたくなる程の気楽な態度で話始めた。だからオレも普通に話す事にした。
ってか、生きるの辛くて死にたくて巡ってきたチャンスを掴んだという相手に対してのオレの対応も、これで良いのやら……。
『でもオレ自分の事しか考えてなかったな。オレと入れかわって、オレは良くても、これからはあんたに迷惑かける事になるよな。……全部押し付ける訳だし』
「あぁ、そうだな。さっそく結城に冷たい態度とられたわ。びっくりしたし、訳わかんなかったけど新鮮だった」
『……タフだな、あんた……』
「だってオレ来たばっかだし。オレの知る奴等がオレの知らない奴等みたいで、不安がないと言ったら嘘になるが、まぁ……なんとかなんだろ」
目の前の彼よりかは精神的ダメージの蓄積もないし、今後そんな事があっても、なんとかなるんじゃね精神で行くつもりだという事を伝えれば、ぽかんと彼は呆け面を晒した。
それから苦笑いで「やっぱり違うな」と呟いた。
『オレはオレでも、生きた世界が異なれば人格もそれぞれなんだな』
「全く一緒だと気持ち悪いだろ……。ドッペルゲンガーかよ……」
そもそもの世界観も全く違うんだから、同じでも個々として生きてきているのだから違うのは当然だ。
オレはまだ結城と青海としか会ってないから、他の人からの対応もどんなものなのか想像でしかないが、でもその少ない経験だけでどんなもんなのか、わかる。
だからきっと厳しいものになるだろうけれど、目の前の彼の表情は、世界から向けられてきた視線から解放された事で安心した様な表情をしていて、オレは少なくともほっとしたのだ。
本来ならば「勝手に入れ替わんなよ」なんて文句の一つでも言うのが普通なんだろうけど、そんな気は起きなかった。
ただ一つ、気掛かりがない事もない……。
「……まぁ、でも向こうの世界の結城が心配なんだけどさ……」
『結城?なんで?』
「青海の話だと、オレが死んだって聞いて両親並みにショック受けてたらしくてさ。……大丈夫かなって……」
『それに関してはオレもなんとも言えない。……けど、』
一度言葉を切ったかと思ったら少し間を置いて続きの言葉を紡ぎ出した。
"けど"の続きがなんなのか、怪訝な表情で続きを促すオレに、彼は言った。
『オレも死体の状態だから話は出来ないけど……、魔法使って何かを残す事位は出来る』
「……本当か?」
こくりと頷く彼に、魔法すげぇなと心底感心した。
2016/12/31.
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