『向日葵の咲く頃には』 一難は去らずにそのまま 「兎に角、今すぐ片付けて服着て出て行きなさい。そして今日からここは立ち入り禁止です」 「面倒くせぇな。おい、床にぶちまけたモン片付けとけよ」 「……えっ、あの、もう……終わりなんですか?」 「あ?興が削がれた。もう相手しねーよ」 「そ、んな……」 全裸男子は涙目で眼鏡男子―――"インテリ系イケメン眼鏡男子"だと長いから略した―――に縋る様に足元に絡み付く。 それを不快そうに顔を歪めながら思いきり全裸男子の腹を蹴り飛ばす。 全裸男子は呻き声を上げて床に転がった。 「げほっ」と咽ている全裸男子に「さっさと着ろ」と雑に服を投げつければ「あ……りがと……ございます」と頼りなく、でもどこか嬉しそうな声音で全裸男子は服を受け取り着始める。 ……この全裸男子はドが付くMなのか?じゃなきゃこんな嬉しそうにしてないよな……すげぇ痛そうな音してたもん。 その光景をちょっと……てかかなり引きながら見ていれば「おいお前」と声がかかる。 「……オレ、ですかね……?」 「他に誰がいんだよ。これ、持って付いて来い」 「ッ、わ!!」 乱暴に投げ付けられたのは小さめのボストンバッグで、別にオレが持たなくても大丈夫な軽さであった。 なんでオレが……。そう意味を込めて眼鏡男子を見ていれば、オレの横を通り過ぎて何事もなかった様にさっさと個室から出て行ってしまった。 付いて来いとは言われたが、管理人さんもいるし、ドM男子もまだいるし……てか手当とかってすべきなのか? どうしたら良いのかわからず迷っていれば、管理人さんが呆れた様な声音で話し出す。 「とりあえず月ヶ瀬君は嫌だろうけど彼に付いて行ってくれるかな?この部屋の掃除とこの子はこっちでなんとかしておくし、あとで隣室の子に声かけておくから、困った事があったら彼等に聞いてくれるかい?」 「え、あ、ハイ……」 「ごめんね」と謝る管理人さんに首を振る事で対応し、オレは急いで眼鏡男子のあとを追った。 横暴な態度の眼鏡男子は以外にも玄関で待っていたらしく、オレの姿を見た途端「遅ぇ」と嫌味を言ってきた。 文句を言い返そうと思ったが、さっさと玄関を出ていった為それも出来ず、慌てて靴を履いて、出る前に一応学生証を持っているかの確認をしてから部屋を出た。 さっさと部屋を出てさっさと歩いて行く背中をオレは早足で追いかける。 どこに行くのか、無言のままの眼鏡男子に聞くのも憚れ、オレは不安になる。 不安になったから気を逸らす為に眼鏡男子の観察をしようと背中を見つめた。 目の前を歩く眼鏡男子は、綺麗な黒髪を持ち、顔は佐野さんとはまた違った雰囲気の恐ろしく整ったイケメンで、目も程良い感じの切れ長。 身長もオレより高くて恐らく180cm強はあるだろう。 先程見た口調と態度はでかくて悪い、オレ様系のドSなタイプなのだろう。 凄い見た目とか声とかドストライクなのに、まだまだ学園初心者のオレにはドSはハードルが高い……。 「はぁ」と溜め息を吐けば、ぴたりと目の前の背中が止まった事に驚き、足を縺れさせながら立ち止まる。 何事かと思い顔を上げれば、エレベーター前に到着したらしく、どうやら今度はこれで移動する様だ。 オレどこまで付いてけば良いんだ?ここで帰っちゃ駄目かな……。そう思っていればタイミング良くエレベーターが止まり、扉が開く。 中には誰も入ってなく、がらんとしていたその中に眼鏡男子は相変わらず無言のままで乗り込むものだから、オレはまだ付いて行かないといけないらしく、扉が閉まる前にエレベーターに乗り込んだ。 オレが入ったのを確認してから眼鏡男子は階数指定のボタンを押す。 押されたボタンは十階を示していた。因みにオレの部屋があるここは六階だ。 エレベーターが静かに上へ昇る感覚を全身で感じながら点滅される数字を見つめる。 この流れだとオレは確実に眼鏡男子の部屋まで同行するハメになるな。てか無言が厳しい……。 到着を知らせる高めのベルの音が鳴り、目的地到着と同時に扉が開かれる。 開かれたそこは、真っ赤な絨毯が廊下を彩り、壁のいたる所に装飾が施され、おまけに絵画なんかも飾られてある。 明らかにオレの部屋の階とは違う雰囲気に驚いていれば「早く来い」と数十分振りに眼鏡男子が話し出す。 「のろのろしてねぇで早くしろ」 「う"……。すみませんね、これでも早歩きなんですけど」 これに関してはちょっとむっとしたからちゃんと言い返した。 オレは運動神経は良くないが、のろくはない方だ。 むすりと唇を尖らせていれば、くすりと小さく笑う音が聞こえた。 付いて行く事数分。着いた先には少し立派なドアがあり、プレートを見れば名前が書かれていた。 (一條 雅(イチジョウ ミヤビ)……これがこの人の名前か……?) プレートに書かれた名前を心の中で呟く。 うん。見た目や雰囲気に名前が凄く合ってる。格好良い……。 暗証番号の確認を済まして開かれた扉の中を見れば、今いる位置からでもわかる程の広さで、プレートに名前が一人分しかなかったから恐らく一人でこの広さを独り占めしているのだろう。 オレの部屋の広さの比じゃないぜ……。 とりあえずオレはお邪魔するつもりはなかったので、玄関先で恐縮だがここで荷物を渡してさっさと部屋に帰ろうと踏み出した。 「あの、荷物もう大丈夫ですよね?オレ荷解きあるんでここで……」 「なんだ帰るのか」 「え?まぁ、そりゃあ……っうわ!!」 何言ってんだこの人と思っていれば、いきなり手を引かれて強引に中へ入らされ、玄関の壁に叩き付けられる。 ちょっと待て。壁に叩き付かれるの今日で二回目だぞ?これ勢いあるから痛いんだぞ?もうちょっと気遣えよオレの背中を!! そう文句を込めた視線で睨み付けたら、相手はなんて事ない風ににやりと笑みを向けてきた。 至近距離でドストライクの顔の笑みを向けられるこの嬉しさと緊張、誰か共感出来る人いませんかね?! 「遠慮しねぇで上がってけよ」 「い、いいいや!!えええ遠慮しますよ?!初対面ですし!!」 「別に初対面でもオレは気にしねぇし。つーかお前さ、すっげぇ顔赤ぇんだけど」 (そりゃそうでしょうねぇ!!!!) イケメンが目の前にいて段々顔を近付けて来るんですもん!!熱も上がりますよ!! せめて視線だけでも外しとこうと斜め下に向けていれば、右手の甲に何かが触れてきて、ビクリと肩が跳ねた。 なんだと思いそちらを見れば、触れてきたのは相手の掌で、その長い指がゆっくりとオレの指の間をすりすりと摩り、感触を確かめる様に何度も何度も上下に動かされる。 そのくすぐったさや恥ずかしさで、完全に身動きが取れなくなったオレに対し、相手は楽しそうにくすりと笑った。 2015/6/11. [*前へ][次へ#] [戻る] |