『小虎の恋模様』 10 Side 草間 先に食っていたオレは既に食べ終わって、目の前で食事をする二人が食べ終わるのを、なんとなく待つ事にした。 この二人が理由もなくオレと同席して飯を食う筈がないからな。 小虎がいれば紀野が寄って来てその流れで巽も一緒に、っていうのだったらわかるのだが。 食べ終わって暇だったから携帯を弄っていれば、ドリアを食う合間に紀野が話し出す。 「草間は三年の吉野って人、知ってるよな」 「……」 確信のあるその質問に対してオレは携帯を弄っていた手をピタリと止める。 ついでに出された名前に対してオレは眉を顰めた。 無意識にピリピリとした空気になった事に気付いたオレ等の様子を近くで見ていた生徒が、そそくさと席を離れる気配を感じた。 「……なんでそんな事聞くんだ?」 「二年程前にお前、吉野と関わりあったろ」 「おい。誤解されそうな言い方すんな」 巽にも質問されて、その言い方に問題があってオレはウンザリしながら訂正を求めた。 別にその吉野とはそういった関係だったとか、そんなんではないのだから。 正直な話、オレは吉野とは二度と関わりたくないと思っている。 同じ学園にいる以上、絶対は無理だが出来るだけ関わらない様にしていた。 その理由は先程、巽が言った通り二年程前に遡る。 オレは街に出れば昔からやたらと喧嘩だとかに巻き込まれる事が良くあった。 別に不幸体質だとかそんなんじゃなくて、どちらかといえばオレは喧嘩は強い方だ。 そんなだからか、あちこちでオレの噂を聞きつけた輩が勝手に群がって来ては、喧嘩をするの繰り返しになっているのだ。 呆れる程迷惑な話だ、まったく。 そんなある日。当時、中学二年だったオレは見知らぬ喧嘩チームになんの理由もなく喧嘩を吹っかけられた。 結果を言えばお互いボロボロにはなったがオレが勝った。 一方的に喧嘩を吹っかけたその理由をオレは聞き出す事に成功し、その際に出て来た名が吉野だった。 オレも吉野も初等部の頃から蓮見学園に通っているから全くの面識がないという訳ではない。 それは学園に通う生徒全員に言える事だと思うが、吉野の素行は表向きは良い子ちゃんを通している為、教師陣からの評価も悪くはないが、裏では喧嘩や性的暴力、その他諸々の噂を学園の外で偶然聞いた事があった。 オレはそんな吉野とは一生関わりは持たないだろうと思っていたが、喧嘩が強いというだけでオレは吉野に喧嘩を振られた。 吉野も喧嘩は強いと言われていたが、なんとかオレが勝って、その出来事はその時に終わったと思っていたが、そう思っていたのはどうやらオレだけだったらしく、吉野は見知らぬ喧嘩チームにオレの情報を流して結構な騒動を起こさせたのだ。 その騒動は学園にも知られ、おかげでオレはD組からE組に移動。 必死に勉強等で巻き返して高等部に上がる頃にはD組に戻る事が出来た。 とまぁ、そんな経緯があった訳だが今では吉野もオレにはつっかっかって来ないし、吉野関係で喧嘩吹っかけられる事も、噂を聞きつけてわざわざ喧嘩しに来る様な輩もいなくなって平和に過ごして来ていた訳だ。 それなのに何故今この二人に吉野の事を聞かれなきゃならないんだ。 「あの時の事に吉野の名前は上がってなかった筈だけど?」 「そうだな。相手は"教師受けの良い生徒"だったからな。例え吉野の名前が出ていたとしても誰も信じないだろうな」 「外での騒動だったのになんで二人は知ってる訳」 「いろいろと吉野について調べる機会があってな」 一体なんだって吉野なんかを調べる必要があったのか。 何もわからないオレは更に二人に事情を聞く事にした。 「その吉野がなんなの。オレあの人ともう関わりたくねぇんだけど」 「残念だが、それは無理だと思うぜ?」 「なんでだよ」 「……賀集が吉野からの暴行被害を受けたんだよ」 「はぁ?!なんだよそれ!!何時?!」 初めて耳にした内容にオレはつい声を荒げて紀野に詰め寄る。 小虎が吉野からそんな仕打ちを受けていたなんて……小虎自身、何も言っていなかった。 いや、小虎の性格を考えれば誰かにそれを話すという事は抵抗があって口を噤むだろう。 じゃあ何故この二人はそれを知っているのか。 そこまで考えてふと気付いた。 「……まさか新歓の時か?」 「あぁ。丁度隠れていた理科室で一年を追っていた吉野が一年に暴行を加えようとしたのを賀集が止めたんだ」 「吉野は会長君が止めた事によって標的を会長君にしたらしい」 「だからあの時、小虎も紀野もいろいろあったって言ってたのか……。それで小虎は?一見普通に見えてたけど……」 「相田先輩が物音に気付いて駆け付けたおかげで未遂に終わったよ。オレ達も逃げた一年に言われて駆け付けたし」 「相田サンの証言もあって吉野は長期の謹慎処分を言い渡されてる」 「……なんでその話、今更するんだよ」 「"今"だからだ。GW明けに謹慎が解かれる。万が一もあるから草間にも知っておいてもらおうと思ってな」 役員内で取り決められていた内容を知らされて、オレは自分の不甲斐無さを恨んだ。 新歓の後、小虎と一緒にいたのは自分なのに、何故気付かなかったのか。 小虎も気付かれない様に平然としていたのかもしれないが、小虎の性格もあるし、そういった事に免疫なさそうだし、何かしらサインがあったかもしれないというのに……。 しかも吉野とは面識あっても今回狙われたのは小虎だ。 オレに関係はなくても相手が相手だし、被害者も友人となれば話は別だ。 しかも謹慎が解かれるという事は少なくとも接触する可能性があるという事。 吉野の裏の顔を知るからこそ、それは確信に近いものに思える。 くっそ、吉野の奴……本当に性質の悪い奴だ。 そこまで考えていれば、不意に紀野が呆れた様に呟いた。 「お前だって雰囲気とか顔付きとか全然違うじゃないか」 「あ?何が」 「賀集といる時はもっと丸い感じだし」 「そりゃ当たり前だ。小虎といると自然とそうなるだろ。……あ、紀野もそれでか」 「……なんなのお前ら。薊は兎も角、草間も会長君が好きなの?ホの字なの?」 「はぁ?!バッカ違ぇよ!!小虎の雰囲気というか空気というか……そんなんに自然と合わさるっていうかだな……」 「……賀集狙ってんなら容赦なく蹴落とす……」 「いや確かに小虎の事は好きだがそれはあくまで友人としてだからな!!他意はねぇ!!」 呆れた視線を向ける巽に説明をすれば、向かいに座る紀野が睨み付ける様にオレに言ってくるものだからオレは慌てて否定した。 巽は兎も角、紀野を説得するのに気力と体力をごっそり持って行かれた。 ……誰だよ、紀野をクールで格好良くて完璧な奴だとか言った奴は……。 こいつただの小虎馬鹿だよ。 2015/6/30. [*前へ][次へ#] [戻る] |