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『小虎の恋模様』
11 Side 草間


なんとか説得に成功して一息ついていた時、二つの影がオレ達のテーブルに近付いて来た事に気付いたオレは、そちらに視線を向ける。


「こんばんは!!紀野様!!」

「紀野様こんばんは。巽様も」

「あぁ、君達か」


声をかけて来たのは同学年の紀野の親衛隊隊長の江ノ島と副隊長の鈴原だった。
江ノ島は紀野へ一直線だが、鈴原は紀野だけではなく巽にも挨拶をする。
……ていうかオレにはナシですか。別に良いけどさ。
紀野も巽も二人に軽く挨拶を返す。
その時の紀野の雰囲気は小虎に対しての時とも、巽やオレといた今の雰囲気とはまた別の雰囲気で、相手によって対応を変えているのが一目でわかる。
まぁ、先程言った通り小虎に対しては自然とそういう対応になるらしいからそれは例外としておこう。
江ノ島がチラリとオレの方を見た事によって自然と目が合い、あろう事か江ノ島は舌打ちをかましてきやがった。……なんだこいつ。


「紀野様、何故D組の奴なんかとお食事を共にされているんです?」

「草間に話があってね。丁度いたから同席させてもらったんだ」

「許可はしてねぇけどな」

「ちょっと!!紀野様に失礼でしょ?!言葉使いには気を付けなよ!!」

「いやオレの勝手だし」


いきなり突っ掛かってきた江ノ島にウンザリしながら答えれば隣の鈴原が江ノ島を宥めてくれた。
親衛隊の対象者である紀野に視線を投げかければ、紀野は紀野で苦笑を零していた。
……特に助けてくれるという訳ではない様だ。知ってたけど。


「ところで紀野様。なんだかお元気がない様にお見受け出来ますが、どうかなさったんですか?」

「体調でも崩されましたか?」

「いや?そんな事はないけど……」

「いーや。体調じゃねぇけど、そんな事はある。会長君いなくてショゲてんだよ。なー、薊」

「……会長……」


親衛隊二人の気遣いに紀野は心当たりはないと答えたが、隣に座る巽がわざとらしくそれを否定した。
親衛隊相手にそんな事言っても大丈夫なのか、と気になったが案の定"会長"という単語が出た瞬間、江ノ島の纏う空気がヒヤッ、と冷たくなった気がした。
目に見える明らかな敵対心丸見えの雰囲気に鈴原が落ち着く様に宥めるが、鈴原は鈴原で表情を曇らせていた。
二人が紀野を思う気持ちが本物なんだというのが良くわかる。


「……最近、紀野様が会長とお勤め以外でもご一緒にいる所を良く見かけます。高等部に上がってから急にだったので隊の中でも他の生徒間でもそれが混乱を招いています。紀野様は会長に構けすぎです」


これまでの鬱憤が溢れ出たのか、江ノ島が紀野に言う。
その表情は親衛隊隊長として、そして思いを寄せる一人の人間としての訴えだった。
鈴原も同じ気持ちなのか、声には出さないものの、江ノ島の訴えに相槌を打つ事でそれが伝わる。
そんな二人を紀野は静かに見つめて話を聞く。
オレも巽も話は聞いてても内容は関係のない事なので黙って見届けている。
何も言わない紀野に口をきつく噤む江ノ島に対してやっと紀野が口を開いた。


「悪いけれど、それに関しては君達親衛隊だろうと誰だろうと関係ない事だよ」

「っ……、でも!!」

「オレ個人が賀集と仲良くなりたくてしている事なんだ。仲良くなれるのなら必要以上に構うつもりだし、それで親密な関係にもなれるならこっちとしても有り難い事だし」

「……親密な関係、というのは具体的にはどういう……」

「オレは賀集を欲しいと思っている」


そうハッキリと答える紀野に江ノ島や鈴原だけではなく、オレや巽も目を丸くする。
紀野が小虎に好意を寄せているというのは見ていてオレは気付いたし、巽に関しては幼馴染みなのだからとっくに気付いていただろう。
だけど親衛隊である二人は恐らく初耳の筈。
自分を慕ってくれている彼等にハッキリと小虎への気持ちを伝えて大丈夫なのだろうか。
不安になって二人を見れば、信じられない、とでも言いたそうな表情で、涙目に紀野を見つめている。
これ以上何も言う気はない、と紀野が態度で示せば江ノ島が、……そうですか、と弱々しく答える。


「……わかりました。紀野様がそう仰るのならばオレ達は紀野様を応援するだけです」

「和巳……」


涙を拭いながら言う江ノ島につられて鈴原も涙を拭う。
それもそうか。想い人である相手には実は好きな人がいて、更には自分の気持ちが報われる事がないとわかってしまったのだから。
それでも親衛隊を作った以上、紀野の応援をする事を誓う辺りメリハリの出来る奴等なんだなと感心した。
紀野もそんな二人を見て申し訳なさそうに眉を下げて二人を宥めている。
それをオレと巽は苦笑しながら見つめていた。
そんなオレらの元に新たなる人影が近付いてきて、しおらしい空気が振り払われた。


「よぉ、紀野に巽じゃねぇか。珍しいな二階使わないなんて」

「相田サン」


声をかけてきたのは前年度の生徒会長だった相田さんだった。
相田さんの呼びかけに答えたのは巽で、江ノ島と鈴原は相田さんの登場に驚きながらも頬を染めて挨拶をしている。
紀野に至っては相田さんの事を若干睨んでいる。
……あれ?待てよ。なんでこの人寮にいるんだ?


「……相田さんはご実家に帰らなかったんすか?」

「あ?あぁ、別に帰る予定はねぇしな」

「え、でも確か明日……」


そこまで言いかけてオレはハッ、と口を噤んだ。
何故ならこの先の発言は恐らく紀野にはタブーだからだ。
小虎に半日以上会えないだけでテンションが低くなるこいつには聞かせらんない!!
そう思って、なんでもないっす……、と誤魔化してみるが、相田さん以外のメンバーが不思議そうに見てくる。
そりゃ言いかけたら誰だって続きは気になるもんだ。だが言う訳にはいかない。
そう思って視線を外していたが、外した先にオレの言いたい事と言わないとする事に気付いた相田さんがニヤニヤしながらこっちを見ていた。
……イヤな予感しかしねぇ!!


「相田様は明日、何かご予定があるんですか?」

「まぁな」

「あ、ちょっと……相田さ……」

「明日、賀集とデートしてくるんだ、オレ」

「「「えっ」」」


相田さんがニヤリと不敵な笑みを向けながら―――どうやら紀野に対して向けているらしい―――言った。
予想通りイヤな展開になった。
その証拠に相田さんが小虎とデートだと言った瞬間、紀野がビシリッ、と固まって紀野の周りの温度が酷く冷たくなった。
そんな爆弾だけを投下して立ち去ろうとする相田さんに、この空気どうしてくれんだ、と恨みの視線を投げかける。
が、気にした素振りもなく相田さんは手を振って食堂を出て行ってしまった。
……わざわざ言いに来たのかあの人。
どうしたものかと紀野を見れば酷く不機嫌顔をしていた。
これはまた珍しいものを見たな。


「なんなのあの人腹立つ……」

「会長君から聞いてなかったのかよ?」

「賀集は一度家に帰るとしか……」

「あー……、ほら。新歓のさ、景品の約束のやつらしいぜ?だから小虎も仕方なくって感じだったし、心配ねぇって」

「心配しない要素が一個も思い当たらないんだけど」


不機嫌なままの紀野を見て心配ないと言ったが、どうやら紀野はオレの言葉を信じる事が出来ないらしい。
いや、まぁそれもわからなくもないが、相田さんは兎も角として小虎からの心配は本当にいらないと思う。
何故ならオレは小虎の想い人が誰なのかを知っているからだ。


(こいつら両想いなの気付かねぇのかな……?)


オレは小さく溜め息を零した。



2015/6/30.


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