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短編
1
「は、橋本…。あの、あんまり見られると食べ難い……」

「え?…あ、そっか。ごめんね。陽二があんまり美味しそうに食べるもんだからつい」

「う、うん…」


俯き加減にぼそぼそと橋本に頷いてみせながら今話題になっていると言うモンブランにフォークを入れ、口に運ぶ。
おれの好物を何で知っているんだろうと疑問に思いながら橋本を見ると、にっこりと微笑まれ慌てて再び俯いた。ふうわりと口の中で蕩ける紫芋のモンブランを味わいながら縮こまる。
クラスでも目立たない類に属するおれとクラスでも人気者な橋本の組み合わせに周りから向けられる好奇の視線がいたたまれない。


おれと橋本の接点なんて入学式で少し目が合った位なものだったのに、最近になってから話し掛けられて以来ほとんどの時間を橋本と過ごしてる気がする。
突然の事態におれ本人すら現実を把握出来ないのだから周りにとってはもっともっと不可思議で信じられない事なのだろう。突き刺さる視線が痛い。


「……ジロジロうざいな。俺と陽二が理想のカップルだからってあんまり見ないで欲しいよね」


居心地の悪さを誤魔化すようひたすらにフォークでモンブランを突いていると何だか変な言葉が聞こえた。
思わずモンブランを勢い良くフォークで崩してしまって驚いてフォークを引き抜く。


「どうかした?食べないの?」


挙動不審なおれの行動に橋本が心配そうに声を曇らせた。
その声は何時もの橋本の物で少し安心しながら首を横に振りモンブランを一口サイズに切り取る。

幾ら視線にいたたまれなかったからって橋本の言葉を聞き間違えてしまうなんてどうかしてる。しかもあんな変な発言だなんて。

橋本に申し訳無い気持ちになりながら益々俯く。
すると橋本はおれの態度に何か思い当たる節があるとでも言うように、ああ、と呟いた。


「アーンして欲しかった?ごめん。陽二は俺が大好きだもんね、アーンだって当然されたいと思ってたろうに気が回らなくてごめんね」


グサッ
聞こえてきた言葉にさっきよりも深く深くフォークが突き刺さる。
もしかして寝ぼけてるのかと思いながらそろそろと顔を上げ橋本の名前を恐る恐る呼ぶと蕩けるような甘い表情でどうかしたの、と微笑んだ。


「あ、…あの、……意味がよく、わからない……かも」


そんな心臓に悪い顔を俺に向けないで欲しいと思いながら刺さったフォークから手を離しぼそぼそ口の中で呟くと橋本が首を傾げた。
そして何が?と優しく優しく、溶けそうな位優しく問い掛けてくる。


「付き合うとか…アーンとか……その、」


目を泳がせる俺に橋本がまた小首を傾げた気配がして垂れた前髪からそっと橋本を見上げると、目がかち合った。にこにこと柔らかく笑った橋本は、だって俺達両思いでしょうと嬉しそうに唇を動かした。


「俺さ、入学式での陽二からの熱い視線にぞくぞくしたんだ。あれから中々話し掛けてくれなかったけどそれは陽二が引込思案だからだったんだよね。今もその性格が災いして言い出せなかったんでしょ?大丈夫。わかってる。はい、アーン」


刺さったフォークを手に取り丁寧にモンブランを切り取るとおれの目の前までゆっくりと持ってくる橋本。

こ、怖い。
フォークがキラリと光に反射する様はまるで獲物を狩る槍だ。


「陽二」


おろおろと周りに助けを求めようにもこんな時に限って誰も此方も見ていなかった。

優しいのに有無を言わせない調子で名を紡ぐ橋本の声にびくりと身体をすくませる。


「アーン」

「あ、あーん…」


怖いし恥ずかしい。
けれどおれに逆らう勇気は微塵もなくて言われる侭に差し出されたモンブランを口に含むと、橋本は機嫌が良さそうにそのフォークを咥内から抜き自らの口元に添えペロリと舌先でなぞるように舐めた。


「陽二の味がする。間接ちゅう、嬉しいよね?」


発言がなんかもう変態だ。

先程とは違う意味で注目され萎縮しながら、どうやって橋本をまともな奴に戻そうかとおれは思考を張り巡らせた。



END

橋本はもう手遅れです。


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あきゅろす。
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