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最遊記ドリーム
那由他の君星[悟空]






「由希ちゃんが俺に惚れますよーに」
「悟浄、もっと可能性のある願い事にすれば?まあ、無駄な短冊でも多い方が綺麗だからいっか♪」
「ひっどォー……」
 由希の母国、そのしきたりにのっとって、七月七日の七夕祭り。街で買って来た折り紙で短冊と飾りを作るはジープの上。
「また何をやらかしてやがるんだか」
 がさがさという紙の音に三蔵のこめかみがひくつく。時々、切れ端やゴミが飛び散る為、本日は迷惑な一行となっていた。
「いいじゃないですか、たまには。なかなかロマンチックなお話ですし」
 織姫と彦星の伝説は八戒には少し辛い物であったかもしれない。そう思って由希は言い出さなかったのだが、買物途中の街中で、どこからか自分で情報を仕入れて来たらしい。
「僕が彦星だとでも?何を言ってるんですか。僕は毎晩かぐや姫に会っているんですよ」
 あの満月の夜から八戒はすこぶる機嫌が良い。なれば伝統は重んじて楽しむべきである。そう考えて、由希は大量の折り紙を購入して来たのだった。
「今夜は晴れるかなあ…」
 まだ明るい青空を仰いで悟空が呟いた。ふと由希は、悟空の余りにも遠い目が気になった。笑顔ではあるのだが、何やら深慮さも伺える。一番喜びそうな人物だと思っていたのだが、予想していた反応とは少し違うようだ。
「悟空は短冊に何て書くんだ?」
 由希は尋ねてみた。すると悟空は視線を下ろし、真剣な表情で短冊を見据える。その眼力で穴でも空けそうな勢いだった。
 突然ぱっと顔を上げると、目一杯の笑顔と最大級の声で元気に答えた。
「織姫と彦星が必ず会えますように!」
 悟空はそう言いながらペンと短冊を振り上げて、はみ出しそうな字でその願いを大きく書き始めた。





「よくまた一年もガマンできるもんだねェ、彦星って野郎は。俺は長距離恋愛なんてダメダメ。回りを見渡しゃ、沢山の綺麗なお星サンが折角側にいるんだから、愛でなきゃ自分が干涸らびちゃうね」
「七夕にそーゆー話するあたり悟浄だよな。可愛げのカケラも無い」
 小一時間程前、竹林を見つけて由希がジープを止めさせた。腕の長さ程の小さな小さな竹を一本、悟浄に切らせて飾り付けを始める。その隙に八戒はすぐ隣の村へと宿の予約をする為にジープを走らせて行った。
 夕暮れも終わりに近付き、三蔵が不機嫌そうに見守る中で三人は忙しそうにじゃれ合っている。
「だって俺の織姫サンは会ってくれても遊んではくんないんだもんよ」
 顔を近付けた悟浄の額に頭突きが入る。すっ飛ばされたその反動で風が巻き起こり、悟浄が短冊の上によろけると、飾りは一遍に吹き飛んだ。わりと仲イイナこいつら、などと思いながら、三蔵は傍らに座って、騒ぎ立てる連中をおとなしく見物していた。
 悟空は見え始めた星々に気を引かれて飾り付けの手を止めている。
「悟空、七夕話はそんなに気に入ったか?」
 由希の気さくな声に、悟空は空から目を離さず答えた。その口元はほころんでいる。
「会えるかな……?」
「織姫と彦星か?晴れてるから大丈夫だろ」
「一年てやっぱ長いよなあ。会えなかったら辛いもんなあ。何か、今日だけでも絶対会って欲しい気がする」
「何で?」
「だって、折角由希が七夕を教えてくれた日だもんな。お礼言いたい」
「あん?」
 悟空の心理に付いて行けず、由希は会話を一旦止めて彼の顔を覗き込んだ。悟空がようやく向き直る。
「俺が待った五百年よりは短いかもしれないけど、気持ちは俺、絶対分かる。俺はもう会えたから、次はこいつらだ!」
 一同は動きを止めた。悟空はまた満天の星空に視線を戻す。天の川が大きな瞳の中で、キラキラと輝いていた。





 五百年。それはどれ程の時間だろうか。誰一人として想像は出来ない。通常からしてみれば、それは永遠にも近い年月だった。それを悟空はたった一人で過ごしてきたのだ。会えるかどうか、いるのかどうかすらも分からない『誰か』を呼び続けて、十八万二千と五百余夜。気付くべきは八戒ではなく悟空だったのだ。
「今日は会えるよな、会えたらいいよな!」
「…そうか、悟空はもう五百年も二人の行く末を見守っていた訳だ」
 無邪気な笑顔を返す彼の、心境はどんな物であっただろう。織姫と彦星の名を聞いたのは今日が初めてかもしれないが、悟空は遥か昔から二人の逢瀬を見ていたのだ。
 星に願いを。悟空の祈りは五百度目に叶えられて、今ここにいる。三蔵も悟浄も星空を見上げた。
「織姫と彦星がどうして有名なのか分かるか、悟空?」
 由希はどうしても、五百年も待ち続けた御褒美をあげたくなって七夕伝説をアレンジしてみた。きょとんとした顔で悟空が首を振る。
「強かったからだよ」
「え、マジで!?」
 途端に悟空は色めき立った。
「なあ、それってどんくらい!?戦ってみてぇーっ!!」
 そっちの意味か?と残りの二人が口元を歪ませたが、由希はあっさりかわしてみせた。
「まぁだまだ、悟空は経験値が足んないからかなわないさ」
「えー何でっ!俺だって結構戦ってんだぜ!?」
 由希は腰に両手を当てて、不満気な少年に彼女流の教えを説いてみせた。
「戦って勝つより、仲良くなれる奴の方が強いんだよー!」
 少年は目を見開いて口をつぐんだ。





 さらさらという笹音の中、遠くから微かにエンジン音が近付いて来た。だがそちらを見た者は誰もいない。
 悟空は無言で由希を見つめる。悟浄も横目で話の続きを待っていた。その手の話が苦手な三蔵だけが、聞く耳ナッシングと新しい煙草に火を付けている。
「会えない一年、二人が何してたと思ってんだ。悟浄が言った通り、他にどれだけ星があると思う?それ全部と巡り会う、それが経験値さ」
 由希は自分よりも少しだけ低い頭に手を置いた。そして優しい語りで包み込む。
「君は五百年間一人だった。そして運命の星と巡り会った。その後に出会った人達全員が悟空の強さなんだ」
 ほらな、まだまだだろ?と笑う由希に、悟空は記憶の流れを遡らせる。
 そうだ。孤独の檻から出られたのは、それほど昔じゃない。まだ始まったばかりではないか。極上の光を手にした後は八戒と悟浄。そして…。
「そして、由希と……」
 二人は笑い合った。途端にその笑顔のまま、由希からはいつものオーバーアクションが披露される。
「ところがドッコイ!悟空、君は五百年も待ったんだ。一年毎に逢瀬を迎える織姫、彦星なんかよりも五百倍強くなれるんだよ。ははは、カッチョイーぞおー!」
 いきなり目の前で拍手をされて、悟空の気持ちも高ぶってきた。二人はもう一度笑い合う。今度は声を上げて楽しそうに。
 悟浄も小さく笑って、風に揺れる短冊を指で挟んだ。そのまま引っこ抜いたのは、人知れず願い事を書き直すつもりだったのかもしれない。背後から立ち上っていた煙もいつの間にか途絶えて、静かに星見を堪能していた。
 星の光は数え切れず。天竺へと続く天の川で、彼等は後どれだけの星々と巡り会うのだろう。夜空の川に目を向けたままで、四人は旅立ちを決めた初めの一歩を思い起こしていた。





「宿が取れましたよ。今晩の寝床は…」
 ジープを降りながら八戒が話に加わろうとした時、輪の中から威圧感溢れる三蔵の唸りが聞こえてきた。
「ちょっと待て、誰が織姫と彦星だ!」
「え゛……」
 爆発寸前といった感じで近付いて来る背中の巨星に悟空が体を硬直させる。
「どっちかってーと、三蔵様が織姫じゃねーの?折角の女顔なんだし」
 ひゃははと笑って悟浄が返す。
「やかましいっ!てめェなんざ天の川でドザエモンになってろ!」
 三蔵に続いて由希のツッコミも容赦が無い。
「いや、それは川が汚れる。どーせならクリスマスに赤鼻のトナカイは?赤いたてがみの…」
「俺はアシかよっ!てかトナカイってたてがみ無いだろ!」
「三蔵のサンタも想像するだけでヤなモンだしなあ……あ、プレゼントはいらない」
 八戒がのほほんと三人を止めにかかる。
「こんな良い月夜に何をいがみ合っているんですか。ほらご覧なさい、今日もかぐや姫は綺麗ですよ」
「おかしな口を挟むな、余計ややこしくなる!」
 いがみ合いの人数が増える中、こっそり輪から遠ざかった悟空は綺麗に飾り立てられた竹を眺めて安らいでいた。その顔前に一枚の短冊が翻る。
「何コレ、由希の願い事…?」
 悟空は手に取って書かれた文を読む。そして思わず由希を振り返ってしまった。
「あ……っ」
 その拍子に悟空の髪が短冊を打ち、竹から外れた由希の思いは、風に乗って空へと消える。悟空の脳裏に蘇る、五百年の寂しさ。例え誰かが読んだとしても、願い事とは思わないだろう。しかし彼には理解出来た。乱れた文字で、冗談ぽく書かれた一言。由希の小さな、たった一つの願い事。
『ぼくはここにいるぞぉー!』
 岩牢の中、叫び続けたこの言葉。ずっと誰かに聞いて貰いたかった、それはあの時の悟空の願いだった。
 由希の檻はどんな所だったんだろう?彼女を見つめる顔が、切なさで歪む。
 もう一度星を見上げて、悟空はしっかりと空の二人に思いを伝えた。それは願いではなく、感謝の心。最高級の幸せな偶然を手に入れた事。彼等との出会いを心から喜べたこの日、天の星達に……。


 宿の帳場にいたのは若い女の子だった。不思議な竹に興味を持ったようで「何かのお祭りですか」と聞いてきた。由希は飾りを一つ手渡しながら「そう、空の上でね」と笑顔を向けて答えていた。彼女は意味が分からずも、渡された色とりどりの折り紙に同じく笑顔で礼を言う。悟空はその光景から、今また由希は新しい星と出会ったのだ、との認識を深める。出会う星の一つ一つが最高級の偶然なのだ。
 どこかにいる、そして世界中を見渡せばどこにでもいる、那由他の数の君。
 七月七日、七夕は悟空の大好きなお祭り。


'04/07/07


《了》



六年前の七夕記念の作品。悟空は五百年空ばかり見ていたんですよね。星空の思い出は無いのかな。



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