[携帯モード] [URL送信]

最遊記ドリーム
バッターアウト






「チッ、煙草が切れた」
「もう買い物は済ませちゃいましたよ。自分で買ってきてくださいね」
「悟空、買って来い」
「えー、何で俺がぁーっ!?」
「そーだ、行け猿!んで俺のも買って来いや」
「なんだよそれっ!知るかよー!」
「スッタライクバッターアウッ!!」
 ズバシッと、八戒の横の壁がものすごい音を立てた。
 四人の間を通り抜け、開いていた窓から飛び込んで来た物体は、音よりも唐突さとスピードで全員を驚かせた。
 振り向いたが投手の姿は既に無く、床の上に落ちた二つの箱を拾った八戒が最初に感嘆の声を洩らした。
「あははは、本当に三振に取れそうな勢いでしたね」
 言いながら青い方を悟浄に、赤い箱は三蔵に渡す。
「何、今の由希…?」
「パシリせずに済んで良かったですねぇ、悟空?」
 飛び込んで来たのは煙草の箱。由希が自分のついでに買って来たのだろう。
「びびったァー、窓から三蔵がブッ放したのかと思ったゼ…」
「あ、それ知ってる。ドッペルゲンガーってヤツ?」
「由希は女版三蔵ですか。嫌な話ですね」
「こっちのセリフだ、それは」
 封を切りながら三蔵はぼやいた。
「気が利くんだから、ゆーきちゃんてば」
 残りの煙草に火を付けながら新しい方はポケットにしまい込む。そして立ち上がると、悟浄は部屋を出て行こうとした。
 ところがそれを八戒が制止した。





「やめた方がいいですよ」
「何がよ?」
「由希はお礼言われるの苦手ですから、逃げちゃいますって」
 確かに、思い返してみると礼など言った記憶が無い、というより言わせて貰った記憶が無い。となると…。
「なァるほど、テレ屋サンな訳ね。だったら尚更、動揺したその時が狙い目じゃん」
 悟浄の言う狙い目とは何かを悟って、八戒は呆れながら溜め息で見送る事にした。
「あ、じゃあ俺も!」
 悟空も椅子から跳ね下りた。
「代わりに買ってきてくれた訳だし。由希探してこよーっと!」
 既にパシリ的立場に甘んじている自分を公表するかの様なセリフを吐いて飛び出して行った。
 静かになった部屋の中で、八戒は茶を淹れながらのんびりと観戦を決め込む事にした。
「さて、あの名投手を打ち取れるのは、誰でしょうかね」
「フン、くだらねェ」
 茶をすすりながら我関せずと言った表情で新聞に目を走らせていた人物を、八戒はチラリと観察していた。





バッター悟浄は、外に出て由希を探し始めた。今さっき煙草を買って来たばかりだから街には行っていない筈だ。神出鬼没に近い人物なので、見つけようとするとなかなかに労力を必要としてしまう。暫く宿の回りを歩いてみたが、やっぱりしっかり徒労に終わってしまった。
 それもその筈、先に発見していたのは悟浄ではなく由希の方だったのだ。何となく、自分を探している気配を察知すると、由希はするすると近くの木の上に登って行き、そのままくつろぎつつ紅点を眺め下ろしていた。





「何やってんだ由希、こんな所で?」
「わぁっ!?」
 突然の背後からの声に、由希は驚いてズリ落ちそうになった。まさに猿並みとも言える、音を立てない登り方をしてきた悟空に掴まれて、かろうじて落下を免れる。脚で枝にぶら下がったままの態勢になったが、悟空は気にせず用件を伝えてきた。
「なあ、中央通りに美味い飲茶の店があるんだ。奢るから行こうゼ!」
 満面の笑みを逆さに見ながら、悟空の意図を推測してみる。悟浄と同じ理由で来たのだとすれば、自分は悟空に何かしてやっただろうか??それとも、悟浄も何か別の用事で自分を探していたのかもしれない。
 悟空にパシリ根性が生まれた事など思いもつかなかったので、由希は混乱して首を捻り、少しばかり悟浄の方も気になってきた。
「なあ、行こうぜー!俺食いたいモンいっぱいあるんだよなー!」
 悟空の素直な意見に他意は無さそうだ。しかし、この時間に何か腹に入れると夕飯が入らなくなる。常に食欲に乏しい由希は、主食を取り入れ旅の体力を付けるのに、かなり苦労するタイプだ。だが。
「なあーっ、由希ー!行かないと悟浄の毒牙にかかるぜー!」
 危険な態勢であるにもかかわらず、揺さぶってくる悟空に辟易して由希はOKする事にした。食う方は悟空に任せて自分は茶だけ飲んでいよう。
「分かった分かった。でも毒牙って何の事だ?」
「煙草の礼だって」
…何だかさっぱりよく分からないが、何となく分かった気がした。
「行くか…」
「やたーっ!」
 脚を放した由希は一回転して綺麗に着地する。お猿ももう一度音を立てずに移動した。二人は悟浄が角を曲がったのを見計らってから宿の門を通過して行った。
 実はこの木、八戒と三蔵が茶を飲んでいる部屋の、真横に生えていた。
「意気込みは認めるんですが、何て言うか…お礼と言うより今のは逆に面倒を見て貰ってる感じじゃないでしょうかね」
 悟浄を引き合いに出した事で脅迫にもなっている。確かに当たりは大きかったのだが…。
「ファウルだな」
 資金も三蔵の持つ三仏神のカードから出ているのだから、奢ると言うのも語弊有りだ。
 何はともあれ、未だうろついているだろう悟浄を思って、二人は謙虚に心の中で笑った。





「夕飯は入らないなあ…」
 言わばおやつの時間帯ではあったのだが、悟空に半ば無理やり勧められて食べた量は、由希にとっては一日分のカロリーに匹敵していた。
 宿に戻って廊下を歩いていると、突然右前方から開いた扉が行く手を塞いだ。待ち伏せか。しかし食べる事で体力を磨り減らしていた由希は、相手をする気にもなれず、無視して通り過ぎようとした。ところが今度は、扉の端から左の壁の間に長い腕が伸びて来て、しっかりとロックされてしまった。
 くわえていた一本を悟浄は由希の口に運び、あごで部屋の中を指し示す。
「自分で買った煙草の味ぐらい、試して行ったらァ?」
 悟浄の口説きにはさっぱり応じないのが由希である。ところが今回は悟空のファウルに粘られた後だった為、あっさりと部屋に入って行った。要するに面倒臭かったのだ。
 悟浄の笑みが中に消えると、閉じられた扉の後ろに八戒の姿が現れた。
「勝負に出ましたねぇ」
 架空のスコアボードを手にしながら、扉の前を通り過ぎて行った。





 悟浄と同室は八戒であった筈だが、気を利かせたか、あるいは追い出されたか、人の気配は全く無かった。
 煙草を灰皿に押し付けると、由希は早々に結論を出した。
「マズイわ、これ」
 進行の早さにぎょっとしてこのままあっさり出て行かれては意味が無い、と悟浄は慌てて回り込んだ。
「そんな筈無いデショ?由希が俺の為に買って来てくれた煙草なんだから」
「そうか『自分の為』に買って来た煙草の『ついでモン』だからマズイのか。そりゃしょうが無いわなあ」
 無表情のまま、いつも通りさっぱり怯まない由希に悟浄の方が動揺し出したが、あえて顔には出さなかった。
「口直しするならイイ男が一番よ。こっちの味も試して行かなきゃオンナじゃないね」
 距離をゆっくり縮めながら、挑発で自分のペースに引き込もうと試みた。そして由希のセリフに、悟浄は成功を確信する。
「なるほど。ならオンナとしては是非イイ男に手ほどきを受けなければな」
 由希の手が悟浄のあごに触れ、そのまま引き寄せられる。二人の距離は加速度的に縮まって行った。





 目を瞑りながら悟浄が腰に手を回そうとした時、それより早く由希が口元で言葉を発した。
「イイ男の定義は人それぞれだな」
「ん?」
 変わった愛の囁きを聞きながら、うっとりと悟浄は瞼を止めた。
「自分がイイ男だと『思い込む』のもその人物の定義だろうな」
 目がぱっちりと見開かれ、見えない言葉の壁が悟浄を押し戻している様な抵抗を感じた。
「だからと言って、他人がそれと同じ見解を持つとは勿論限らない。僕はオンナだからして…やっぱり口直しはイイ男にお願いしたいなぁ」
 近づいた唇は自信たっぷりな笑みの形に変わっていた。なかなかに魅力的ではあったのだが、後ろから闇討ちにあった様な衝撃的セリフを受けて、悟浄はそのままの姿勢で固まってしまっていた。由希はその隙にするりと距離を取る。
「…じゃあ、由希ちゃんのイイ男の定義は何よ?」
 かろうじて絞り出した声で質問する。
「そうだな」
 悪戯っぽく笑った真っ直ぐな視線が、床板を鳴らしながら迫って来た。
「僕のこの口にも怯まない男、かな」
 再度唇が極限まで近付いて来た。だが触れ合う直前に悟浄のあごは弾かれてしまう。そして一歩を踏み出すと、由希は悟浄の左肩に左の肘で寄りかかり、残った右手で悟浄の顔をひと撫でした。
「まだまだ、世の女性陣が納得する『イイ男』には程遠い様だな。頑張ってね」
 耳元に吐息を残し、それだけ言うと由希は何事も無かったかの様に部屋を出て行ってしまった。
 暫く凝固した状態で悟浄はその場に立ち尽くす。
「…うっそだろ。由希ってこんな技持ってたのか…?ありえねェーっ!激反則じゃんかよーっ!」
 廊下に出ると、八戒と悟空にばったりと出くわした。
「悟浄?顔赤いぞ、熱でもあるのか?」
「ウッセーッ!!」
「もしかして空振り三振ですか?」
 八戒にくすりと笑われて、悟浄は憤慨したまま荒々しく二人の間を通り過ぎて行った。
「…デッドボールに近いな」
 扉の後ろ、廊下の反対側から呟きが聞こえ、悟空がその手中の物に疑問を持つ。
「三蔵、そのコップ何?」
 生臭坊主は無言で部屋へと帰って行った。





 芝生の上に寝転がった由希は、食休みがてら昼寝に入ろうとしていた。
 突然、瞼に当たっていた日が陰る。悟浄の再戦かと飛び起きたが、違った様だ。右目が反射光で輝いていた。
「宿の方達に缶コーヒー貰っちゃいました。一本どうぞ」
「あ、サンキュ…」
「それともう一本」
「?」
「悟浄からです」
 一瞬口を引き結んで驚いたものの、由希は差し出されたもう一本も素直に受け取る事にした。これは煙草の礼と言うよりも、詫びか降参の印だろう。受け取るのは、少しやりすぎてしまった事への謝罪だ。
 代打は笑って隣に腰を下ろした。
「悟浄と何かあったんですか?」
「何も。ちょっとイジメただけ」
「ああ、なるほど。それは楽しそうですね」
 ん?と変な顔をして考え込んだ由希を横目に、ああそれでデッドボールか、と八戒は心の中で納得した。勝負のつもりが豪速球一発で歩かされる羽目になった訳だ。それでも塁には出られたのだからテンションは高いだろう。
「自称、女性の味方と日頃からほざいてますからねぇ。思う存分女性用サンドバッグにしておあげなさい。本人もそれが本望でしょうから」
 もしや八戒は慰めに来てくれたのか。しかし悪いのは自分であったし、傷付いているとするならば、それは悟浄の方ではなかろうか…?
「わはは、僕の場合女性用じゃあブッ壊しちゃうからな」
 言うなれば八戒は由希用癒しグッズであろう。それはそれで有り難いのだが、できればあまり使いたくないと思っていた。
「これ、三蔵に返しといてくれるか?」
 三仏神名義のカードを渡し、もう一度コーヒーの礼を言うと、由希はろくに八戒と目も合わせずに、芝生を後にした。
「やれやれ、敬遠されてしまいましたか」
「お前がボックスからバットでも投げたんじゃねーの?」
 由希退散時の微妙な表情を見て取って、明らかに悔しそうな声が建物の陰から響いて来た。
「あははは、それは痛かったでしょうね。ボークになっちゃいましたか」
 とは言え未だノーヒット。なかなかに面倒な敵であった。





 今晩の夕食は珍しく八戒の手料理だった。なので由希も一応手を付けたのだが、食欲を呼び戻すのに集中していた為、終始無言で食べていた。それにつられて悟浄までもが静かだった。
 食後、ソファーに寝そべっていた由希に、三蔵が近づく。
「メンソールなんざ吸ってんじゃねェよ」
「もう煙草切れたのかよ…」
 呆れながら、視線だけで由希は応じた。
 三蔵が、自分と同じ銘柄である彼女の煙草に手を伸ばそうとした時、その手の甲に別の煙草が降って来た。床から拾い上げた赤い箱は、空になった自分の煙草と同じ物だ。大方、悟空と出掛けた時にでも追加購入したのだろう。
 ついで如きで礼を言う三蔵では無かったが、ここまで気を回されると無視はしづらい。背中の六つの視線も不快に感じて、三蔵なりの礼をする事にした。
「オラ、火ィよこせ」
 これだよ…、と白けた空気が三人の中に流れる。だが由希は嫌な顔どころか笑いをこらえた表情で上半身を起こし、自分の煙草の火を三蔵に移してやった。テーブルに肘をぶつけた悟浄が悲鳴を上げる。
 これには三蔵も、流石に渋い顔で煙を吐いた。
「ウゼェんだよ!ライターだけよこしやがれ!」
「ああ、テーブルの上にあるよ」
 今し方三蔵が座っていた席を指差す。文句があるなら自分のを使え、と言う事だ。密かに客席から笑いが洩れて来る。
 その瞬間、雰囲気に耐え切れなくなった三蔵が、とうとうブチ切れたのだった。


10


 由希の口から煙草がもぎ取られた。
「ぅあ!?」
 怒った煙草強盗はどっかりと席に戻ると、盗品の行方を追っていた四人の前で、それを口に差し込んだ。背中を向けた三蔵の頭から、煙が二筋流れ出す。一同は呆気に取られてしまった。
 そのまま、部屋の空気は暫く凍っていたが、その内ソファーががたがたと踊り出した。
「だあーっははははーっ!あははーっははっはー!!」
 膝をばんばん叩いて、由希は大喜びしていた。続いて悟空も大笑いを始める。
「何それさんぞーっ、超やっべェーっ!」
 笑い声の中でまだ呆然としていた悟浄の横から、八戒が尋ねた。
「…味はどうなってるんですか、それ?」
 三蔵は思い切り不機嫌そうな声で呻いた。
「まずいっ」
 この一言で、全員が爆笑の渦に巻き込まれてしまった。
 血管を浮き立たせて三蔵が怒鳴る。
「るせェんだよっ、笑い過ぎだ」
 大ウケの由希では無く、悟空に灰皿が飛ぶ。由希のハマり具合を見て、三蔵もなかなかやるものだ、と八戒は降参の思いで頭を撫でた。悟浄も思い切り笑っていたのだが、はっと我に返ると、恨めしそうに八戒の意見を請うた。
「なあ、これってもしかして…ヒットなんじゃねェ?」
 確かに、煙草の礼である『三蔵の奇妙な行動』を貰って、由希は大喜びなのだ。
「なるほど、由希へのお礼はギャグで返すと良い訳ですか。これは…三蔵はヒットと言うよりホームランかもしれませんよ」
 調子に乗った由希は笑いながら、ぽこぽことソファーの上から自分の箱の中の煙草を三蔵の頭に投げ付け、お返しにハリセンを貰っていた。
「ボケとツッコミのツーカーですね、あれは」
「それじゃバッテリーだろ」
「なになに、野球!?バッテリーは夫婦に例えられるって言う…」
「余計な口突っ込むんじゃねーよ、猿!」
 隣でも仲良しコンビの痴話喧嘩が始まってしまい、八戒は所在無く、大乱闘にもつれ込んだ試合を力の抜けた笑顔で見守る羽目になった。
 明日になればまた全員、由希にアウトを取られてしまう事だろう。今日の試合は珍しく接戦であった。面白かったと思う。
 八戒は大きく溜め息を着くと、ゆっくり立ち上がり、本日のゲーム終了の合図を出した。
「そろそろ全員に退場して貰いましょうか…」


 '04/06/11


《了》



野球のルール知らないで書いてしまった。そんなんばっかりや(笑)
オマケ有り↓


廊下に出ると、八戒と悟空にばったりと出くわした。→
廊下を出ると、悟浄と悟空にばったりと出くわした。


オープニングのドッペルゲンガー話はこのNGの為の伏線だった。違うって…。



TOP



[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!