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最遊記ドリーム
始まりの日[八戒]






 「おめでとう」と言う。
 「ありがとう」と答える。
それが八戒、いや悟能の、彼女と出会ってからの記念日だった。



 三蔵と悟浄の誕生日は11月。悟空は4月、そして八戒は9月。9月の21日はもう1人いたが、それはもう鬼籍の人。誕生日が一緒ではないからといって、もう孤独は感じなくなっている。八戒は街中から覗く雲の多い青空を見上げて笑った。
 背の高い建物も多く、そんなに広くはない空だったが、隙間からでもそれに気づき見上げられる事に、八戒は自分が幸せだと悟っていた。
 前方を歩く3人が、なにやら言い争いをしている。その光景も微かな笑みを零れさせ、歩調も軽やかになっていった。
「皆さん、僕ちょっと思い出した買い物があるので、先に宿に戻っていてください。僕もすぐにあとから行きますから」
 振り返った3人は、口々に軽く返事を返す。
「おー、迷子になんなよ」
「八戒ついでにお土産買ってきて!」
「晩飯までには帰って来い」
 了解を伝え、八戒は角を曲がった。
 小さな店で、目的の品を買い、財布をしまおうとした時、背後から衝撃を受けた。
 しかしそれは人がぶつかった、などという生易しいものではなかった。比較的1点に、それも鋭利な物が、体の奥にまで伝わってきた。
 ナイフだ、そう思った時には、痛みから声すら出せず、地面に突っ伏していた。通行人が気づいて悲鳴が上がり、ざわざわと人が集まってくる気配を感じながら、八戒は混乱のまま遠のく意識に飲み込まれていった。





 救急車は来なかったが、街の人達が大急ぎで担架で病院に運び込んだ。傷口は深く、出血による体力疲労が生死に関わっていて、しかし身元が割れない旅人の八戒は、しばらく付き添いがいなかった。
 緊急手術が行われ、数時間後に施術中のランプが消えるまで、八戒に意識はなかった。
 それゆえに、夢の中でうっすらと自分に起こった事件を反芻していた八戒は、気がつけば静かな病室にいて、ゆっくりと目を開け、まず1人でいる事を確認する事となった。
 痛みはあるが、呼吸はある程度落ち着いており、しかし寝返りはうてない。恐る恐る溜め息を吐いた時、横の椅子に誰かが座っているのが視界の端に映った。気配がなかったので、病院特有の例の物かと思ったが、その声ははっきり鼓膜を震わせる現実の物だった。





「繋がりはもっと深層深部で起こっている」
 白い髪が顔の横にだけ垂れていて、上体を起こして見下ろしてきたその15、6歳の少年は、連れの禁忌の子と同じ色の瞳をしていた。
「もっと言うと、運命、といった時間も空間も人の認識も超越した、さらにその奥に、縁は存在するんだ」
 赤い瞳の少年は、薄く笑って話を続ける。
「世界中の生き物も、死んだ者も、静物すら縁がある。世界とは実は単一な物で、無限であり、全てと繋がっているのさ」
 そこで少年は立ち上がり、動けずベッドに横たわる八戒から1歩程下がった。
「俺は無から生まれた、全ての意識や存在の象徴だ。愛が生まれればそこに、憎しみが生まれればそこに。いつでも現れる」
「……では、人の別れや、死に、も……?」
 八戒は白い天井を見上げながら、小さい声で途切れ途切れに語りかけた。呟いた、といった方が正しかった。
 隣から微かな笑い声が伝わってきた。八戒は、この時まで、彼を死神と思っていた。だが、柔らかさを感じる雰囲気に、死の迎えとは、宗教学で学んだように、もっと崇高で哲学的なものなのだ、と納得しかけた。
 こんな死神なら悪くはない。八戒は生を諦める決意をした。
「だが願いもある。君の願いは何かな?」
「僕の……願い……」
「希望、愛、覚悟」
「それは……」
 ぼやけた頭では咄嗟には出てはこないが、刺される前までは覚えていた気がする。
 少年が八戒の上にすっと手を伸ばすと、虹色の光の玉が現れ、その中から先程買った買い物袋が落ちてきた。小さな紙袋で、中身も軽い。
「願う意志は継いでいける。広がっていく」
 少年の腕の周りが虹色に光った。そして彼自身も虹色の空間に包まれると、その余光ごと少年は消え、代わりにバタバタとした足音が、部屋の外から近づいてきた。





「八戒!」
 悟浄と悟空が叫びながら、勢いよくドアを開けた。連絡がついたのか、と八戒は無理矢理体を起こそうとしたが、悟浄に押さえつけられてベッドに撃沈させられた。
「まだ寝てろっての!宿の連中に、今さっき道端で刺されたの、あんたらのお連れさんじゃないかって言われた時には心臓止まるかと思ったぜ」
「夜になっても帰ってこないから……。まさかこんな所にいるなんて」
 傷がまだ痛んだが、八戒は笑顔で3人を安心させる。
「どうも、心配させちゃって。僕恨みでも買ってたんですかね」
 あとから入ってきた三蔵が、経緯を説明してくれた。
「物取り、過激な強盗だ。最近ここいらで頻繁にあった事件だったんだそうだ。犯人は捕まった」
「ああ、……そうでしたか」
「大丈夫か、八戒!?1人で心細かっただろ!?」
 悟空が縋るように問いかけてきたが、八戒にはいまいち不安感はなかった。
 ……1人?
 他に誰かがいた気がするが、あれは夢だったのだろうか。そういえば話した内容すら覚えていない。
「それは何だ」
 三蔵が、八戒の腹に乗っている紙袋を見つめた。
「ああ、これ」
 八戒は上体を軽く起こし、力の入らない手で袋を開け、中身を1つ1つ取り出し始めた。
「ちょっと、心配になって、薬局で買っておこうと思い立ったんです。三蔵は眠りが浅いから睡眠導入剤。煙草で不足するビタミンサプリは悟浄にも。さっき足首を痛めたのに治療はいらないと言った悟空には湿布薬……」
 途端に頭を押さえられ、八戒はかけていた布団に目が行った。その横で、悟浄が立ったまま、八戒より頭を下げて、悔しそうに呟いた。
「お前……、馬鹿だろ……」
 悟浄の手を外し、八戒は申し訳なさそうに微笑んだ。
「そんな事はありません」





 2日で八戒は退院した。治ってはいないが、それくらいなら日常茶飯事、甘えてはいられない。身支度を済ませ、ジープを走らせながら、八戒は今回の不運について考え込んでいた。それを察した悟浄が、首をコキリと鳴らし、くわえ煙草で後部座席から声をかける。
「ま、良かったじゃん。退院おめっとさん」
 三蔵も無関心を装いながら静かに告げる。
「まだ無理はするな」
 悟空は無邪気ににんまり笑っている。
「八戒、八戒が怪我したら、今度は俺が薬買ってくっから!」
「ありがとうございます……」
 八戒は少し照れながら笑顔で答えた。ぼんやりと考えてみる。
 ああ、これが僕の願い、か……。
 不運なんかではなかったのだ。強盗との出会いも縁だった。あの事件があったからこそ、今の縁を再確認できた。

「おめでとう」と言える。
「ありがとう」と答えられる。
 過去の縁から今現在へ。彼女から教わった希望、愛、覚悟。
 それは彼女から彼等へ、そして自分にも巡り巡って意志は継がれ、人類全ての縁をなぞって永遠に繰り返される。
 死からしたら瞬き程の人生、この世界を皆と生き抜く意味。生まれる前から死んだあとも。その絆が永遠である事が八戒の願い。
 そしてそれら全ての始まりの日。
「ありがとう……」
 八戒は雲の多い青空を仰ぎ見て、さもありなん、9月21日、今日の常套句を呟いた。


 '18/09/10


《了》



常套句ってのは、誕生日でおめでとうと言われてありがとうと沢山答えるから、という意味だったんだけど、分かりづらかった……。ってかこんなところで説明しちゃダメだって。
お前、馬鹿だろ、は「そんな事よりお前の体の方が…」とか言わせようと思ったんだけど、悟浄に喋らせたらあれしか言わなかったのでそのまま書いたのです。
何はともあれ、八戒お誕生日おめでとう!



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