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最遊記ドリーム
カタカタ[前編]






 とある街で宿に泊まった一行は、静かに夕食後の食休みを堪能していた。人数は全部で五人。
 例によって新聞に釘付けなのは三蔵。八戒は暗くなった窓の外を眺めていた。床に転がって舌なめずりする悟空。夢の中で夕食のメニューを反芻しているのだろうか。ソファーに寝そべった悟浄はニヤケ顔。宿で出会った、妙に明るい短髪の青年に『街の女の子プロフィール集』を頂戴していたのだ。
 そして唯一の女性メンバー鈴環は、三蔵の斜め横に座ってテーブルの上で半分口が開いたマッチ箱を鳴らしていた。
 カタカタカタ……。
 数本のマッチがランバダを踊る。途切れ途切れ響く音に、『耳障りな……』とでも言いたげな三蔵が新聞の端からしかめ面を出した。それに気づいた八戒が、慌ててフォローするように彼女へと話しかける。
「鈴環、そのマッチはどこから?」
 その声に鈴環はふと手を止めた。黒目がちな瞳を細めて八戒を見ると、愛らしい唇で微笑む。ふわふわと軽そうな長髪がさらりと揺れた。
「夕飯時に宿の方から戴いたの。三蔵さんが『ライターが切れた』って言ってたから」
 八戒が三蔵を見ると、彼はバツ悪そうに視線を逸らせた。その先に鈴環の作った笑顔があったので、新聞を立てて渋面を隠す。
「え、夕飯!?」
 反応した悟空がガバリと床から起き上がる。その頭にぽかりとげんこつが一つ。
「ターコ、今食ったばっかだろー」
 殴りつつも、悟浄は冊子から目を離さない。殴られた悟空も、頭を押さえながらまだぼんやりと天井を見上げていた。三蔵は新聞をめくりだし、八戒も笑ってまた口をつぐんでしまった。
 一度沸き立った空気がまた静かになる。鈴環の嫌いな雰囲気ではない。だけれどこの時ばかりは少し物足りなさを感じて、彼女はマッチ箱をもう一度揺らした。静かな四人を背景に、五本のマッチが箱の中で跳ねた、その時だった。





 カタカタカタ、という音に全員の動きが一瞬止まった。鳴っているのは部屋中の家具。
「……地震?」
 八戒がすかさず皆の安全に気を配る。彼が首を回すと同時に、大きな揺れが全員を襲った。
「うっわ……!」
 地面が傾いたかのような突然の不安定さに皆が驚愕する。地震というにはあまりに大きすぎた。
「きゃっ……!」 悲鳴を上げて鈴環が転げた。驚いて立ち上がり、椅子に足を取られたのだ。だがそのままテーブルの下に入った為、取りあえずは安全だ。全員がそう思った時、信じられない現象が起こった。
「床が……!」
「わわっ、うっそー!!」
「なんっっっじゃコリャーッ!?」
 コントのツッコミみたいな叫びを悟浄が発する。部屋の四隅から床の中心に向かって大きく亀裂が入り、そのまま交点が沈んだかと思うと扉が開くように音を立てて床が抜けたのだ。その奥には地獄のような赤黒い空間が広がっているのが見えた。
 四人は咄嗟に窓やら壁の突起やらに飛びついたが、当然下にあった物は全て流れ落ちる。
「鈴環……!!」
 悟浄の錫杖が鎖を伸ばした。しかし、寸での長さで先端が弧を描いて方向を変える。届かなかった鈴環の腕は、真っ直ぐ真上に上げられたまま、その姿は次第に小さくなって闇へと消えて行った。
 唖然とする一同の体にもう一度振動が響き渡ると、鈴環を飲み込んだまま床は元の形に戻ってしまった。
 部屋は暫くシンと静まり返っていた。流れ落ちた筈の家具類がいつの間にか元に戻っている。何が起こったかが理解できず、誰も声を出さない。しかし扉の外から、何事もなかったように自然な宿の気配が零れてくると、四人は辺りを見回し出した。
「今のは……何が起こったんだ?」
 三蔵が睨みを利かせたが、答えられる者はいなかった。壁に張りついていた悟浄は足元を見下ろして床を踏むのをためらっている。八戒は窓を覗き込んで外の景色を確認した。
「今の奇怪な現象は、どうやらこの部屋の中だけのようです」
 額に冷や汗を流し、小さな声で分析する。
「鈴環……………、鈴環!!」
 悟空も初めは小さく、次第に声を荒げながら、消えてしまった五人目のメンバーの名を叫び出した。全員が一斉に床へと視線を走らせたが、返事はなかった。





「いてっ!」
「きゃっ!」
 誰かに一度ぶつかって、どしんとしりもちをついた所は、とても固い床だった。すぐに鈴環は辺りを見回したが、誰もいない。見覚えのない場所だ。
「ここどこ?学校の、廊下……?」
 壁に『廊下は走らず』の貼り紙や、いくつもある部屋の入口にクラスを明記する札がかかっている。タイルの素材や壁に備えつけられた機器類から、割と高度な技術が使われている事が分かった。
 その時、長い廊下の先からちょこちょこした感じで小さな金色が走って来た。肩までの髪を脱色した、同年代くらいの小さな女の子だ。その子は、五十メートルはあろうかという距離を、オリンピック選手も真っ青な秒数で鈴環ゴールへと辿り着いてしまった。
「鈴ちゃん、どうしたの!?」
「え?」
 驚いたのは名前を呼ばれたから。全く知らない女の子なのに……。名札が胸についている。『5年1組、黒瀧時子、イエロー、……テレポート』??
 鈴環の顔と服装をまじまじ見ると、女の子は妙に的を射た質問をしてきた。
「鈴ちゃん、どっから来たのォ?」
 廊下の奥から一人の少年がこちらに気づいて声をかけてきた。
「とっこー、どしたんだあー?」
「あ、高広!鈴ちゃんがぁ!アイコちゃん呼んで来てー!」
 人が集まって来てしまう。訳が分からずもちょっと困惑して鈴環は立ち上がった。
 しばらくすると、二人の若い男の人が廊下の端に姿を見せた。貼り紙を無視して走りながら近寄って来る。
「またか、鈴環。お前今度はどこから来たんだ?」
 眼鏡をかけた細身の男性が問う。胸の名札には赤いマークと教員の文字、それと『合紅日烏』。何と読むのだろう?
 名札をしきりに見つめる彼女に気づき、もう一人の教員が話しかけてきた。『緑川幸喜』。マークの色は白。テレパス……。
「鈴環君、君はもしかして僕達の事を知らないの?」
 鈴環は呆然とした顔でゆっくりと頷いた。





「階下の客に聞いてみましたが、何も変わった事はなかったそうです。宿の主人も、中二階や地下室どころか、地震すらもなかったと……」
 部屋の扉を閉めながら、八戒が報告した。事件からは二十分程経過、悟空は床板を剥がしまくっていた。
「嘘だ!あんだけ揺れたじゃねーかよっ!」
 悟空が力一杯反論する。
「地下室って、ありゃそーゆんじゃなかったろ……」
「宿主もその客も嘘吐いてんじゃねーのか!?鈴環は絶対ここの地下に……!」
「ガタガタるせぇ!!」
 ドォン、と天井に銃声が響く。一同は余韻を苦々しく味わうような顔を見合わせた。いつもならここで怯む悟空も、この時ばかりはそうもいかずに激発の体勢を取った。しかし騒いでも仕方なしと気づいたのか、深呼吸すると一旦はおとなしく口を閉じる。何よりここが二階建てで弾丸の被害に逢う者を作らずに済んだのが幸いであった。
「さらうなら三蔵を狙うでしょう。宿の主人や客が嘘を吐く必要なんてありませんし。第一鈴環が転んだのはたまたまなんですから……」
「じゃあ無差別かよ。だけどありゃあ妖術っぽかったぜ!?」
「鈴環は人質だと……?」
「これから犯行声明が来るのかもしんねぇな……」
 口調は普段と変わりなく聞こえるが、皆緊張を隠しきれない。鈴環も大切なメンバーの一人なのだ。しかしそんな中で、しばらく無言で考え込んでいた三蔵がおもむろに立ち上がって別の意見を持ちかけた。
「一日待つ。それでも変化がなかったら、行くぞ」
 異口同音に三人が尋ねた。
「……どこへ?」
「西に決まってんだろっ」
 言葉の意味を把握するのに数秒を要した。全員がぎょっとした顔を三蔵に向ける。
「置いてく気かよっ、三蔵ー!?」
「バカ言ってんじゃねぇぞ、自己中もたいがいにしやがれっ!!」
「無事かどうかも分からないんですよ!?」
「うるせぇってんだろっ!!」
 三蔵は拳で思い切りテーブルを叩いた。ガタン、とずり動く音がした時、床が開きはしないかと全員期待したが、床板は重々しくその場に留まるだけであった。
「何が起こったのかすら分からねぇ、手掛かりも。もし声明文までもがなけりゃどうする事もできねぇんだ、進む以外にないだろう。他に助ける方法でもあるのか?」
 誰も答える事ができなかった。今のところ方法はない。だが、だからといって見捨てる訳にもいかない。他にできる事といえば……待つ事のみ?なら、進みながら待つというのも確かに一つの手ではある。しかし、だがしかし……!
「後は奴次第だろう、賭けるしかねぇな……」
 三蔵の一言に、誰もが噴火しそうだった怒りを静めて口を閉ざした。賭ける。それは一行の辞書には『信じる』という意味で載っていたのだ。結局四人はそれぞれのやり方で一日を過ごすしかなくなってしまった。 未だ誰も気づかない、テーブルの上のマッチ箱。五本の内一本だけが箱から飛び出していた。





 鈴環は見知らぬ四人に連れられて、校内の個室に移っていた。
 二人の教員を連れてきた、鈴環と同じくらいの少年が訝しげにこちらを見ている。垂れ目だが活発そうな四角い顔の男の子。名札には『6年5組、白國高広、グリーン、タイムトラベル』とある。白い國、高く広く。良い名前だ。
「鈴ちゃん、今いくつ?」
「え、あたしの年?十七ですけど」
「えー!?とっこと同じー?どしてー!?」
「お前まだ誕生日来てねーじゃん!」
 どうしてと問われても……。というか、それ以前にこの小さな子はちょっと同い年には見えなかった。
「ここに来る前、誰かと接触したな?」
 アイコちゃんと呼ばれる眼鏡君が尋ねる。多分あの姓はアイコウと読むのだろう。
「あ、誰かとぶつかりました。そう、確か彼だったわ」
 鈴環が高広を差し示した。おチビの少年が全員に白眼を向けられて、焦って一歩退く。
「でももう一人いたみたい。気がついた時には誰もいなかったけど」
 高広はにやりと笑って仕返しの半眼を隣に返した。
「もう一人は明らかにアイコちゃんだな。俺、他人まで未来に飛ばす力ねーもん」
「やっぱり、君は異世界の鈴環君だね。こちらの世界に辿り着いた時に高広君と接触してさらに『二年後』のここへ飛ばされた……」
 タイムトラベル、未来へ飛ぶ。テレポートにテレパス……。ここは…………?
「混乱してるみたいだから一応教えとくけど、ここはさ超能力者養成学校『等愛学園』!鈴環ちゃんは昨年度、優秀な成績でここを卒業してんだぜ。『こっち』の世界ではね!」
「で、今の君は自分の能力の事を知ってるのかい?」
 鈴環はびっくりしながら大きく首を振った。能力って何?超能力??あたしは何の変哲もないただの女の子です!!





 宿では階下の屋根裏を探し尽くした悟空が、三蔵にぽつりぽつりと零していた。残りの二人は宿の中と周辺を捜索している。
「鈴環ってさ、ドコから来たのかな……?」
 三蔵は俯く小猿に目を向けたが、何も答えなかった。
「いつの間にか仲間になってたけど、その前の事全然知らない。もしかしたら鈴環は全く別の世界の住人でさ。帰っちゃったのかもな。もう戻って来ないのかも……」
 悟空のセリフは予言めいていた。
「そんな事ないでしょう」
 いつの間にか戻っていた八戒が不安を否定してくれた。
「鈴ちゃんは連れさらわれたんだよ。だったらここへ『帰って』来んのが当然だろう?」
 扉の後ろから叱咤するように悟浄も声をかける。まだ何も音沙汰はない。
「信じて待ちましょう」
「うん……」
「俺ももう一度情報収集して来んわ。どーでもいいけど三蔵、吸いすぎだぜ?」
「るせぇ。人の事言えるのかてめぇは!」
 部屋には煙と助けられなかった罪悪感とが混ざり合って充満していた。夜が明けて、それでも帰って来なかったら?明日のジープ搭乗者は一体何人になるのだろう。


→後編へ続く。



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