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最遊記ドリーム
異境観自在[三蔵]






 白い横髪が風に揺れ、その隙間から言葉が洩れる。
「無は無であり全である」
 三蔵は思わず顔を向けた。自分の良く知る言葉に似ていたからだ。表現は少し違うが、意味は同じではないだろうか。
 木々が生い茂る静かな木漏れ日の下、座り込んで時を待つ二人は果たして他人からどう見えただろう。


 通りかかった森の前で一匹の子猿が空腹を訴え暴れ出した。次の街まではまだ遠い。仕方無しに一行は、この森で食料調達に励む事に決めたのだった。例によって『良い子でお留守番』役は、一人煙草の本数を減らす事に専念し出す。それから…、不思議な少年に出会ったのである。
 落ち着いた雰囲気と赤い瞳を持つ少年は、年は悟空よりも下であった。だが何かが自分より、いやむしろ『あの方』よりも上にさえ見えたのだ。色の無い髪は顔の横二束だけが長く、まとっているローブは見た事も無い輝きをしていた。白い髪に赤い目は先天性白子(アルビノ)であって、三蔵も初めて見たのだが、何故か気にならなかった。その少年の全てが当然である様に思われたのだ。
 そして彼の言葉に反応した三蔵の心境すらも、読めるのが当たり前といった顔で微笑むと、語の続きを繰り出した。





「何が言いたいか、君なら解るね、三蔵?」
 三蔵の唱える般若心経にも同じ様な仏の言葉がある。
「色即是空、空即是色、この世の全ては空(くう)である、か。坊主にゃ見えねぇがな」
「宗派が違うんだ」
 視線を外して前を向くと、少年は木陰の鳥を見つめた。
「だが結局の所、真理は一緒さ。この世の全てが空で出来ているのなら、苦なんか無い。苦の尽きる事も無い。全ては自我に左右されるだけの代物なのだから。それが解っている君になら不安すら無い筈だ」
 その教えの意味など、とうの昔に解っていたつもりだった。だが、時としてよぎる不安は三蔵が未だ仏ではなく人間である事の証拠だ。そしてこの少年は、自分が今どんな不安にかられているかも知っている様だった。
「私の宗派から言うと、無から生まれた神が作ったこの世界、それが全てを形成しているなら、この世界の全ては無に帰属すると言うものだが…」
 根本が違う様に三蔵には思えた。空とは無の事ではない。『ある』でも『ない』でもなく、自我によりそれが判別されているのなら、無我の境地に立てば安らぎを得られ、誰でも仏になれる、と言う教えだ。だが今は、その論点のズレに執着する必要は無い。少年が言わんとしている事を、理解できれば良いのだから。
「不安に感じる必要は無い筈だ。君はもっと自分を信じていい」
 聞きながら、三蔵は煙草を吐き捨て眼を閉じた。
 自分を信じてここまで来た。だが、心にこびりついた不安のかすは、あの夜から拭えずにいる。大切な物を失って、しかしその苦しみも、更には大切な物でさえも『空』であるとの教えを思い出したあの夜。未熟な自分には、まだ辛い教えであったのだ。





「俺に説法とは良い度胸だな」
 顔を上げた先に鳥の声があった。伸ばした少年の指先に、先程の鳥が止まっていたのだ。目を閉じていた三蔵には、少年の神秘さを目の当たりにした様な感じがあった。
「説法と言うより、まあサービスかな。観世音は友人でね」
 小さな光が閃き、指先の天使が綺麗な軌跡を描いて飛び去った。立ち上がる少年を追う様に三蔵も慌てて膝を立てる。
「…友人、だと?」
 それには答えず数歩歩いてから向かい合うと、少年は後ずさりながら口を動かした。そこから零れた物は、安らぎを与える笑みと言葉。そしてそれは、何より大切な三蔵の光だった。
『何物にも捕らわれず、ただあるがままに己を生きる事です』
 そのまま、少年の姿と光明三蔵の声は、玄奘三蔵の不安ごと消えた。





「どったの三蔵様?」
「…何?」
 気が付くと、目の前には木の実やら捕獲された獲物やらが山積みにされていた。
「煙草減ってねーじゃん。今更禁煙した所で生臭坊主は変わんねーゼ?」
 禁煙などする気は無いが、確かに煙草は減っていなかった。今まで自分は何をしていただろうか?不思議な感覚に捕らわれ出す。確か一人になってあの夜の事を思い出し…。
「何だよ三蔵、一人で寂しかったのか?」
 悟空の言葉に三蔵は思い切り目を剥いてしまった。
「ぎゃはははーっ、皆いなくなっちゃったよー!ってウジウジ泣いてた訳ねー。俺様って愛されるタイプだからなー」
「ちゃんと帰って来ますよ。三蔵が悟空みたいに空腹で暴れたりしたら、悟空より後片付けが大変ですからね」
 先刻までは確かに、不安があったのだ。去られる辛さに縛られていた筈だ。それは覚えている。だが、同時に光を見た気もした。今は暗い過去より、まだ見ぬ未来の展望に満ち溢れている。何故か、満たされていたのだ。
 普段なら怒声が飛ぶ所、俯いたまま思案し続ける三蔵に、数名が調子に乗った。
「三蔵様も可愛いトコあんじゃないのー」
「ほら、三蔵!一緒に飯食ってやるから元気出せよなー!」
 何も耳に入らず三蔵は覚えていない筈の声を思い返しながら呟いていた。
「…色不異空、空不異色…無有恐怖…。確かに、こいつら相手に不安なんぞ必要ねぇ」
 三蔵は顔を上げたが、見出せた『こいつら』は一人しかいなかった。残りは遠く、木の陰に隠れて手を取り合って怯えている。
「そ、そこまで怒る事ないじゃん!?」
「………あ?」
 魔戒天浄は、般若心経を呪文として発動させる。己を信じて進む為の新しい光としては、いささか情けない連中を選んでしまったと、三蔵は今更ながらに苦笑するのであった。





「俺はな、神ほど退屈な物は無いと常々思っていたんだ。お前もそうだろう?」
 天界において観世音菩薩のお相手を務めるは白髪の少年である。
「一緒にしないで貰いたいな。そうやって茶々を入れるから、自愛の象徴とか言われるんだろ。まあ今回は…あまり人の事は言えないが…」
 言いながら少年は立ち上がった。
「もう帰る気か、『第二の人格』?もう少し相手をして行け」
「こちらの次元ばかり滞在する訳にもいかないさ。俺だって向こうの神なんだから。見届けないとな、白魔と人間達を」
 魔法図を描いた少年は、その中に入りながら最後に一つ文句を言った。
「それと、次はちゃんと名前で呼んでくれ」
 空間の歪みが消えた後、観自在は満足気に下界を見下ろす。
 光明の思いは異界の神の気まぐれによって伝えられ、運命の輪は再び自分好みに回り始めた。奴等を見応えのある連中へと育てる手助けをしてくれた異界の、自分と同じ慈愛の神に、次に会った時はどんな礼をしてやろうか…。有り余る時の中で、その方法を存分に考えるのも楽しみの一つである。
「無から生まれたにしてはなかなかどうして、俺の相手を器用にこなすじゃないか」
 まさに異境の観自在。この日の天界には、観世音菩薩の持つ千手千眼全てが笑ったかのような安らぎが訪れていた。


(無有恐怖/恐れる事が何も無い)


 '04/06/03


《了》



今回の投入キャラは僕のオリジナル漫画よりディライと言う神を。感情の無い白魔という人種と人間達のお話です。(どうでもいいね)オマケ有り↓


坊主にゃ見えねぇがな。→
坊主ニャ見えねぇがな。



ディライには三蔵が猫に見えたかもしれない…。



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