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最遊記ドリーム
その日僕等が生まれる[悟浄]






 白髪に目を奪われるところだったが、視界から流す瞬間あの一点に釘付けとなった。
 視線が絡む。ゆっくり微笑む少年。赤い、深紅の瞳。
 街の雑踏の中それはただの通りすがりの光景ではなくなった。思わず立ち止まる。だがすぐに白髪の少年は人混みに紛れて消えてしまった。
「悟浄」
 前方を歩いていた八戒に呼ばれ、同時に振り返った悟空の不思議そうな表情で我に返る。
「どうかしましたか?」
「…あ、ああ、いや」
「なに、知り合いでもいたの?」
 天竺への道のりもかなり経っている。こんな遠くに自分の知り合いなど居はしない。否、知り合いですらない。しかしそれはもしかしたら同胞だったのかもしれなかった。悟浄の心中に複雑な思いがよぎる。だからといって何が変わる訳でもないのだが。
「いや、白銀の髪の綺麗なお姉ちゃんが見えた気がしてよ」
「ふーん。そゆのが好みなワケ?」
「ばーか、俺様の好みはイイ女なら全般よ」
 何事もなかったように歩き出す。買い出しを終え荷物を両手に抱えながら、三人は三蔵の待つ宿屋へと日の暮れない内に急ぐ事とした。





「遅かったな。煙草は?」
「次の街まで少し遠いですからね。多めに買い置きしてみたんです。はい、煙草はこっちですよ」
 八戒が悟空に手渡すと、三蔵は待ちきれないといった様子で奪い取る。いつもの情景を熱のこもらない瞳で眺め、新しい煙草に火を点けると悟浄はふいと扉口に向かった。
「悟浄、また出かけるんですか?夕飯は?」
「ん、いいや。適当に食ってくる」
 うなだれ気味に出ていく悟浄に八戒と悟空は何事かと顔を見合わせたが、三蔵は意に介しない口調で二人をなだめた。
「ほっとけ。またくだらねぇ考えにでも取り付かれてるんだろ。自分で片を付ければ戻ってくる」





 宿屋を出て道行く人々をぼんやりと見渡した。何の変哲もないありふれた賑わい。無意識にあの瞳を探してしまうが、もう一度出会える可能性は無いだろうと悟浄は瞼を閉じた。
 会えたとしてどうするのか。何も思い浮かばない。ただ、自分の生き様と何が違うのかを知りたい気分ではあった。
 とぼとぼ歩いていると街の外れに出たのか人通りがぱったり無くなる。静かになった空は、自分を孤独に追いやっているような、閉じ込められて密封されるような固い束縛に感じられた。
 突然急激なめまいに襲われた、と思いきや、目の前の景色が鮮やかな光の空間に変わった。
「…え?」
 視界の横から伸びた腕の先、長い爪が薄い虹色の世界を引っかき光の線を描く。何かの図形が空中に浮かび上がると光は拡散し、その途端有り得ない事に悟浄の体は天高く舞い上げられていたのだった。
「うわっ、わっ!な、なんだぁ!?」
 突風に煽られて目を開けてもいられない。もの凄い勢いで青空を裂き成層圏を抜け、気がついた時には辺りは無音に包まれていた。恐る恐る薄目を開けると、そこには青い球体が闇に浮かんでいる。紛れもない、それは悟浄を生んだ大地、地球であった。





「生まれ出でる物は必然であり、必ず何らかの使命を帯びている」
 すぐ背後から聞こえた声は、まだ若い男の物だ。目を見張って悟浄はゆっくり首を回す。短髪に耳の横二束だけ長い白髪。十五、六歳の赤い瞳の少年が穏やかに微笑んでいた。
 先程目を奪われた『禁忌の子』。そこに彼はいた。しかし悟浄の疑惑は確信にはなり得なかった。彼にはとてつもない神秘性が伺える。人や妖怪などとは格を違える、何か。
 少年は悟浄の背中に片手を置き、見た事の無い輝きを持つローブを翻すと、青い地球を指差して耳元に囁いた。
「あそこには人間だけでなく様々な生命体とエネルギー体が集結している。君も何らかの意義を持って、かの地に存在した。君の思考も行動も、この世界にかけがえのない一部なんだ」
 諭すように流れてくる少年の言葉に、現状の奇抜さなどまるでそれが当たり前であるかのごとく吹き飛んで、いつの間にか悟浄はあっさりと彼の話に呑まれていった。
 疎まれ蔑まれ、親からも見放された禁忌の子は、行き場を無くして立ち竦むのが当たり前だ。希望的観測など無力。だが遥かに広がる日常的空間を、今てのひらにすら乗りそうな小さな世界として遠くに見ている。あれが俺の発祥した場所…。
 何も言えず息を飲む悟浄に、少年は目をすがめて呟く。
「生まれ出でた事こそ、地球が精一杯産み落とした最高の奇跡。そして生命として在るその瞳で君は何を見ているかな」
 少年の瞳を覗き込むと、この世の全てを慈しむような優しい赤い瞳が地球の煌めきを映していた。
 悟浄も暗闇の中に浮かぶ青い母体に視線を移す。母なる地球に生まれ出で、その大気に守られ、その中で自分の映す日常はどんな世界だったか。
 自分の生まれた意義とは何だ?俺の見つめていた物は……?
「命」
 少年はにっこり笑って短く答えた。
「…命…自分の生きてきた道……」
 悟浄も倣って呟いてみる。それを育む大いなる母は何を語ろうというのだろうか。静かに佇んでいた。その答えは自分で見つけるしかない、いや、見つけるべきなのだ。その為に生まれてきたのだから。それは誰しもが希望を持ち続けて足掻く糧。
「…あそこに、八戒も悟空も三蔵もいんのか。そんで…俺も…」
 あれから手に入れた物は何だったか。全くに何も無い宇宙空間の中では、手の中にあって無くなった物も大切な思い出という数々の暖かい火として心に灯ってゆく。ふっと笑みを零すと、悟浄は今手の中に掴んでいる思い出の品々を改めて守りたいと誓った。
 少年はそれを見届けると、またゆっくり腕を伸ばして光の魔法図を悟浄の眼前に描いた。
 再び光に包まれたかと思うと、光速の勢いで視界一杯に地球が迫る。白い雲を突き抜け茶色い大地に近づき色と形が明確になって街の造形が視認できたと感じた時には、短い草が生える地面に両手を着いていた。





「……あ?あれ、俺何してんだこんなトコで?」
 悟浄は手を着いた地面から顔を上げて首を巡らせる。めまいを起こした自覚はうっすらあるが、そのあとの記憶があやふやだった。ここに長い時間うずくまっていたのだろうか。
 立ち上がると青空が広がる。微かにざわめきが聞こえてきた。
 何の気なしに道へ戻ると、一軒の家の前に人だかりができていた。
「生まれたよ!元気な男の子だ!」
 産婆なのだろう、産着にくるんだ赤ん坊を抱いた老婆が、泣き声を聞かせながら皆に子供の顔を御披露目していた。祝福の歓声に包まれて、小さな赤子は幸せそうに泣き叫ぶ。
「俺もああやって生まれたんだ……」
 悟浄は吸い寄せられるように人垣をかき分けて、見も知らぬその赤ん坊をそっと腕に抱かせてもらった。小さな小さな指が、宝物を握りしめるようにしっかりと結ばれている。
 しばらく眺めていたが、あやし方が分からず持て余してしまい、慌てて老婆に赤ん坊を返した。そして宿屋へと向かう。しっかり大地を踏みしめて。


「あれ、悟浄もう帰ってきた。飯は?」
 部屋に戻ると、食事へ出掛ける準備をしていた三人と鉢合わせる。
「あ、や。まだ食ってねぇわ。俺も行く」
 結局四人揃っていつも通りの時を過ごす事になった。
 夕闇が近付く道すがら、雑談している一行の最後尾を歩く悟浄はふと空を見上げた。
(俺はここに生きてるんだよな…)
 自分が生まれた日、生まれ出でた実感を感謝に変えて。微かな希望を秘めながら、悟浄は三人を追い越して駆け出して行った。


 '10/11/09


《了》



うおぉぉっ!仕事帰りに思い立って喫茶店にてごじょ誕即席二時間で作ってみた。イラストは15分。すまん。ディライ再臨。悟浄!誕生日おめでとう!!生まれてきてくれてありがとう!!



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