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最遊記ドリーム
真夏の昼の夢






 照りつける真夏の太陽。暑苦しいこんな日は、木陰に避難するのがベストである。しかしジープの上ではそんな場所ありはしない。そこで一行は、通過予定だった街に一旦立ち寄って休憩する事にした。そこは街というより小さな村。緑が多く、好みの木陰も沢山あった。
 一番にジープから飛び下りて、すかさず木陰に入った者がいる。表面積が狭いのだから日光に当たる部分も少なそうに見えるが、雪国育ちにはそれでも耐えられる暑さではなかったようだ。横幅は無くとも縦の長さがあるから、それが原因かもしれない。
「だっぢーィっ!!」
「ゆーきちゃんよ。も少し女の子らしい暑がり方してくんねーかな?」
 唯一の女性メンバーに、いつまでも淡い期待を捨てきれない悟浄がぼやいた。
「年齢以前に、うちで一番のオヤジですねえ、由希は」
 気温に反した涼しい顔で、八戒がストレートな感想を述べる。
「悟浄、そんなムズイ事言ったら由希が可哀想だろー」
 悟空もフォローしているのかいないのか。
「チッ、アホか……」
 すたすたと、一切無視して三蔵が歩き出す。
 短髪で顔を隠して長身を折り曲げた由希は、大木の根元に座り込んでしまった。銅像と化したかのように、すでに微動だにしない。
「由希、飲茶にしましょう」
「なー、店の中の方が涼しいんじゃねェ?」
 やはり返事が返って来ない。相当バテているようだ。
「どこかで冷たい飲み物でも買って来ましょうか」
「ほっとけ!行くぞ」
「由希ー!そこの店にいるからなー」
 声をかけた悟空はもう店の前で足踏みしている。四人は揃って茶店の中へと姿を消して行った。
 静かな静かな夏の午後。風が吹いて、木陰に座り込んだ形で固まっていた銅像が微かに動いた。小さな風の音と共に、どこからか、これまた小さく水の音が聞こえてきたのだ。
 ふらりと由希は立ち上がる。夏の暑さに当てられて、辺りの景色は砂漠に見えていた。揺れる地面に茶店の蜃気楼。めまいを伴う耳鳴りに届いた、それはオアシスの旋律だった。
 幽霊のような動きになりながらも何とか足を運び、由希は水音がした方向へと歩き出して行った。





「由希、まだ生きてるかなー?」
 飲茶の店であらかた食べ尽くした悟空は、ようやく残りのメンバーの事を思い出したようだ。
「あははは。ちょっと冗談には聞こえませんねえ」
 由希の夏バテは毎度ながら相当のものである。八戒の笑いは心配しているのか何だか分からない。
「そろそろ行くかあ。おねェさーん、お勘定ー!」
 明るい返事が返ってくる中、懐に手を入れた三蔵がなぜか眉間に皺を寄せた。
「……おい悟空、あの女を探して来い!」
「は、由希を?」
 思わぬセリフに、悟空はきょとんとした顔で彼を見返した。八戒と悟浄も驚いて目を丸くする。バテた由希を飲茶に誘うべく、三蔵が親切心を出して言っているのか?太陽が西から昇ってくる!
「まだあそこにいるだろ。とっとと連れて来い」
「さ、三蔵?どうかしたんですか、珍しいですね……?」
 ダンッと片手でテーブルを叩いて三蔵が怒鳴った。
「あの女がカードを持ってやがるんだよ!朝煙草買いに行かせてそのままだ」
 にこにこと給仕の女の子が後ろに立つ。会計を待っているのだ。
「あ、えーと……。あはははは、ちょ、ちょっとごめんよ!」
 悟空はその笑顔に愛想笑いをしながら、そろそろとした足取りで店から出ると、大慌てで大木へと走って行った。


 外に出ると、木陰にはもう由希の銅像は無かった。神出鬼没の彼女の事だ、このままではまた行方が掴めなくなる。そう思いながら店の裏手に回り、少し歩いた所で悟空は土手の下に川を見つけた。下流でドボンドボンと音がする。人がいるらしい。
「由希……?」
 上からそろりと覗いてみると案の定、由希がタンクトップにショートパンツの格好のままで水浴びをしていた。
「ゆーき……」
 悟空が声をかけようとした時、大きな水音と共に由希の長い脚が空に向かって突き出されたのだ。そしてそのまま、しぶきを散らしながら更に下流へと移動して行く。
「わーっ!由希ー!!」
 溺れた由希は一旦沈んで顔を出す。しかし移動は止まらない。みるみる内にどんどんと遠くへ流されて行った。
 悟空は慌てて追おうとしたが、川に気を取られていた為、正面の木に顔面から激突してしまった。声を聞きつけた三人が少し離れた店の窓から顔を出す。その時にはすでに、由希の姿はどこにも見当たらなかった。





 川の淵を少年と青年が走ってゆく。悟空と、事情を聞いて駆けつけた八戒の二人は、由希を追って川の下流へと向かっていた。途中、木々に阻まれて川の淵に沿って走れない所もあったが、それでも何とか前に進む事はできた。
 ところがしばらく行くとそれもできなくなってしまった。何と、崖で地面が途切れていたのだ。川の流れも滝となって崖の下に続いていた。
「ま、まさか由希……」
 結構大きな滝である。危なくて側に近寄れそうもない。しかし、今彼等が通って来た中に、岸へ上がれそうな場所も無かったように思えた。落ちたのか……。
 飛び出そうとする悟空の肩を、八戒が掴んで制止した。
「僕達だけじゃ無理です。事情を話して、悟浄にも応援を頼みましょう!」
「そ、そっか。悟浄ってカッパだもんな!」
 この作品にそれが関係あるかどうかは分からないが、とにかく二人は慌てて店の方へと引き返して行った。


「滝に落ちただァ!?」
「まだそうと決まった訳ではありませんが、恐らく……」
 窓の外から悟空と八戒が事情を説明する。四人が着いた席は窓際であった為、三蔵と悟浄はそのまま座って話を聞いていた。
「何をやってやがるんだ、アイツは」
 三蔵が顔を歪めてありったけの怒りを表した。まだ何か言いたげではあったが、文句など聞いている余裕は無い。
 由希の運動神経は四人のお墨付きであったが、唯一苦手なのが水泳だった。それにいくらなんでも今回の場合、運痴うんぬんという話ではない。彼等とも違う、彼女は普通の人間の女性なのだ。滝に落ちても無事でいられる可能性は低い。
「ともかく、悟浄も急いで来てください」
 悟空も必死に訴える。
「早くしねーと、由希が死んじまうよーっ!」
 死。その言葉に四人の背中を戦慄が走った。
 彼等は今までありとあらゆる死を見てきた。倒した敵。かけがえない大切な光の消滅も。由希は敵ではない。なれば、万が一の場合、どちらの思いがよぎるのか。彼女は確かに後者であった。悟浄が椅子を蹴倒して立ち上がった。
 支払いもせず窓の内と外で騒ぐ連中を、老女の店主がうっとうしそうに睨んでいる。
「チッ、おい悟浄。カードもちゃんと回収して来いよ!」
「それしか言う事がネェのか、てめーはっ!?」
 窓を乗り越えて外に飛び出そうとした悟浄を、店の給仕達が食い逃げと勘違いして取り押さえようとする。しかし三蔵の放った「うるせェ!」の一言と、天井をぶち抜いた銃弾に、おののいて引っ込んでしまった。
 店の奥では女店主がぶつぶつとひくつきながら文句を垂れていたが、一行にはそれにかまっていられる暇などないのであった。





「この滝かよ……」
 足場の悪さをこらえて近づくと、滝はかなりの高さである事が分かった。これで助かるものなら、滝に落ちて死ぬ人間はいない。
「とりあえず僕が下りてみます。悟空、悟浄。サポートお願いしますね」
「気ィ付けろよ」
「伸びろ、如意棒!」
 悟空の如意棒に掴まりながら八戒が崖を下りて行く。その悟空の体に悟浄が錫杖の鎖を絡ませ、木の幹に回して引っ張った。
 八戒は下りながら下を見回した。だが、人影は無い。ただただ幅の広がった川が見えるだけだった。


「茶!」
 態度のデカい、食い逃げ疑惑のかかった僧侶が店の中で叫ぶ。びくびくしながら若い男の給仕が、零れて中身が半分ほどになった湯呑みを置いて行った。
「チッ、さっきの女店員の方がまだましだったな」
 舌打ちしながら、いらいらと煙草を吸い始める。
 三蔵と同じように、いらついた声が店の奥からも聞こえてきた。
「なんだってあんな輩がうちに来るんだい?全く、あいつらが出てったら今日はもう店終いしちまおうかね!」
 老女店主は給仕達を見回すと当たり散らす。
「あんたらも男ならシャキッとしなよ!」
 頭の上がらない男衆は更にびくびくするだけだ。
「だけどあの服装、今噂の三蔵法師様じゃないですかね?」
「そんな訳ないだろっ!!」
 営業妨害、器物破損、騒乱罪、無銭飲食疑惑、その他諸々……。確かにこれが、偉大なる三蔵法師の行動である筈が無い。給仕達は溜め息を付きながら、ひねくれた顔で天井を見つめている生臭坊主を、忌々しげに陰から眺めやっていた。


「駄目です、見つかりません。更に下流に流されている可能性も……。一度戻ってジープを取ってきましょう」
 崖から上がった八戒に焦りの表情が見える。三人はまた大急ぎで店まで引き返す羽目になった。
 滝はかなり大きい。もし下流で見つかったとしても、息をしている可能性は殆どゼロに近いかもしれない……。誰もがそれ以上の想像をしたいとは思わなかった。








「てめェらいつまでかかってやがるんだ!」
 窓から三蔵ががなり立てる。
「そうは言っても……。とにかく移動しますから、三蔵はここにいてください」
「留守番なんざ飽き飽きなんだよ!」
 悟浄もたまり兼ねて声を荒げる。
「しゃーねェだろ、だったらてめェも少しは貢献しやがれ!オラ、奥行って体で払って来いよ!!」
「誰がするか、そんなウゼェ事!」
 いらついた怒鳴り声の応酬で、店の客が次々と逃げてゆく。店主の怒りがピークに近づくのを給仕達も感じて、店は緊迫した空気になってきた。
「んな事言ったって三蔵、しょうがねぇじゃんかよ!俺達も急いで探してくっから……」
「だからさっさとしやがれっつってんだよ!」
「何もしねェクセに、ウゼェんだよってめェはっ!!」
 悟浄はありったけの怒りを込めて三蔵に当たった。
「だいたい、心配もしねえ奴が偉そうにしてんじゃねーよっ!!」
 その悟浄のセリフが文字通り引き金となる。立ち上がった三蔵が轟かせた銃声で、皆が一斉に体を硬直させた。余韻が止むのを待ち完全に音が収まると、三蔵はぼつりと声を出した。
「代われ、クソ河童……」
「……アァっ!?」
「代われっつってんだ!俺が……」
 一旦苦々しそうに言葉を止めたが、川流れの江流は思い切って残りを吐き出した。
「俺が行く!!」
 あ、と小さく声を洩らしたのは悟空と八戒だった。言い返そうとした悟浄は、口を開けたまま固まっている。
「三蔵……」
 そのまま俯いてしまった人物の名を、八戒が優しく呼んだ。心配していなかった訳じゃない。むしろその顔を隠しながら、彼はずっと何もできずにただここで待っていたのだ。いつもの我が儘な口調に惑わされて、誰も三蔵の気持ちに気付かなかった。この三蔵の伸ばす手に。
 幼い江流を川から引き上げた、光明三蔵の光の手。彼の頭の中はその事で一杯だった。普段は由希にきつい三蔵の手は、こんな時にしか使えないのだ。彼が唯一彼女にしてやれる事。悟空を岩牢から出した時のように、手を伸ばす相手に光を与える。だからこそ……。沈黙を破ったのは八戒だった。
「分かりました、僕が代わります。だから、必ず由希を見つけ出して来てください。いいですね、三蔵?」
 八戒が窓から店に入るのと同時に、三蔵も勢い良く窓枠に飛びついた。その時。
「そこまでーっ!!アンタら、いいかげん出てっておくれーっ!」
 女店主が怒りに肩を震わせて背後に立っていた。手にはしっかりとモップが握られている。四人は顔を見合わせた。
「え。で、でもまだお金払ってないし……」
 悟空の律儀な疑問に、意外な答えが返って来る。
「だから、支払いが終わったんだからとっとと出てっとくれって言ってんだよ!!」
 全員が、目をかっ開いて動きを止めた。それぞれが一言ずつ聞き返す。
「支払いが終わったって……何ヨそれは?」
「え、い、いつ!?」
「誰が……………?」
 店主の後ろで、最初に会計を受け持とうとしていた女の子が、にこにこと笑顔を向けていた。そういえば彼女、途中から姿が見えなかったような……。





 話を聞くと、次のようなものであった。
 彼女は今まで店の裏手の川にいたそうな。小さな橋を渡って悟空達とは反対側、つまり対岸だ。川の、丁度悟空が由希を見失った辺りに、貯冷庫代わりに野菜を水に浸けて冷やしている場所があるらしい。そこへ食材を取りに行っていたのだ。慌てる悟空達に気付かなかったのは、もっと気になる事があったから。野菜が流されないよう作られた小さなダムに、人が引っかかっていたのだ。声をかけるとしっかり生きていて、笑いながら岸に上がって来た。自分がこの店の者だと教えると、思い出したようにカードを渡してきた、……という事だった。


 カードを受け取って店を出た一行は、呆然とした顔を風にさらしていた。照りつけていた日光が弱まったのを感じる。真夏の昼の太陽はすでに傾き、汗だくの体を程よく冷やしてくれていた。
 ジープには幻ではなく、確かに探していた人物がいた。服ももうしっかり乾き、何事も無かったように後部座席に座り、助手席の背に組んだ両足を乗せてくつろいでいる。
「よー、ずいぶんのんびりしてたなあ。結構待ったぞ。ま、涼しくなってきたから構わないんだけどさ」
 三蔵以外の三人は、ぐったりとした苦笑いで応じた。
「そっかー。由希にとっては俺達ってただ茶ー飲んでただけなんだ……」
「由希ちゃんもただ水浴びしてただけ、ね。まあぁ、涼しそうな顔しちゃってさ……」
「さっきまでの出来事は、真夏の太陽が見せた白昼夢だったのかもしれませんね……」
 四人は茶を飲み、由希は水浴びをした。それだけ。そして何事も無く出発するのだ。万事滞り無く、平和な夏の午後。勿論平和が一番なのだ。桃源郷の平穏を取り戻す為に彼等は旅をしているのだから。
 ただし約一名。どうしても本当の夢にしてしまいたいセリフを吐いた者がいた。三蔵がハリセンを握りしめてずんずんとジープの由希に近づいて行く。自覚無しのお騒がせ人は怒りの理由すら分からず、その迫力に脅えた。
「貴様な、貴様……!」
「はえ、えっ?ええっ!?」
 高く高く腕を上げ、渾身の力で振り下ろす三蔵を、誰も止めはしなかった。八戒が静かに合掌する。悟空は耳を塞ぎ、悟浄は視線を地面に逸らせてしゃがみ込む。
 夏の夕方に上がった悲鳴とハリセンの音は、しっかり人数分。それに三蔵の照れも加わってきっちり五連発。真夏の昼の夢から全員が覚めるには充分であっただろう。


 '04/08/13


《了》



なんかやっとドリームっぽい話。ちなみに泳げない北海道人は多いんじゃないかと。学校にプールがある!?プールの授業がある!?知った時には驚いた。代わりに北海道では冬の体育はスキーかスケート。釧路は−18℃。校庭にリンク作って水まきゃ勝手に凍る。



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