[携帯モード] [URL送信]

最遊記ドリーム
塩分控えめ






 宿の前、最後の一本をくわえながら、煙草の補充に出かけようとした悟浄が、ジープに貼り付く怪しい人物を発見した。
「野郎、車ドロかぁ?いい度胸じゃねェの」
 だが背後から近寄ってみた時、悟浄は自分の推測が完全に外れていた事を悟った。貼り付いていた男は、一行と共に同乗していたメンバー、しかも『野郎』ではなく女性であったのだ。一応、女性…。
「ゆうきちゃん、何やってんの?」
 悟浄は声をかけてみた。だが、由希はジープを見つめたままで振り向きもしない。ぱっと見男の様な短髪と171センチの長身、最年長の24才の由希から、何やらうんうん唸り声が聞こえてくる。考え事に熱中していて気が付かないのか。悟浄は由希の真横に立って顔を覗き込んでみた。するとようやく由希がぼそりと呟いた。気が付かなかったのではなく、返事をしなかっただけのようだ。
「…よく車の冷却水に砂糖入れると故障すると言うだろう?」
「あ?」
 何を企んでいるのか理解しかねて、悟浄は顔をしかめた。ジープが不安気な声を上げる。
「ちょっと由希ちゃん、試したいんなら他の車でやってよね」
 つっても車なんか持ってる奴他にいねェか。そう気が付いて、ジープ同様不安な心持ちになる。由希の目がすわっている、ようにも見えた。一体何がしたいんだ、彼女は?
「ど、どーよ?ストレス溜まってんなら俺の部屋にでも…」
 だが話し相手を得て思考を整理し出したのか、唸るのをやめた由希は、おもむろに本題に入り始めた。





「しかしこれは白竜だ!」
 力説は力こぶしと共に行われた。
「…ソォだねェ」
 ジープ話題でなければ無視される事を悟って、悟浄は仕方無く相槌を打つ。
「白竜に砂糖菓子を与えるのとどう違うんだろう!?」
 風が通り抜ける音をBGMにして見つめ合う二人は、恋人同士などでは無く、漫才コンビにしか見えなかっただろう。
「いや、どォって…」
 真剣な表情で答えを待つ由希とは逆に、悟浄は気が抜けた顔になって髪を掻き上げた。何だかここにいるのさえもアホらしく感じてきたが、一応返答してみる。
「そらやっぱ…イキモンとキカイは違うでショ」
「ジープはイキモンなキカイだ!」
 由希は一歩を踏み出して、右のこぶしと左のこぶしを入れ換えた。
 この討論はどう考えても不毛ではないだろうか…。への字に結んだ口の端で、くわえ煙草が灰を散らした。その口元に長い指が伸びてきて、煙草の所有者は瞬時に入れ代わった。
 由希は大きく煙を吐くと、返事の無い相方に向かって、ポケットから取り出したいくつかの角砂糖を放った。
「何でもない、いや、何でもないんだ、うん。気にするな、うむうむ」
 自分だけで納得したような言い方で悟浄の肩を一つ叩くと、由希はジープから離れてそのまま歩き去ってしまった。みるみるうちに遠ざかる姿が「やっぱ悟浄は遊び甲斐が無い」と呟いた様にも聞こえた。
 冗談、だったのか…?
 一人風の中に取り残された悟浄は、目の前のジープが安堵の声を洩らすのを聞いてようやく我に返った。が、すぐに渋面でジープを一瞥すると、由希とは反対方向に歩き出し、本来の目的を遂げる事に決めた。
「もしもヤバくなったら自力で逃げろよ、ジープ…」
 後ろ髪を引かれる思いで足取りはかなり重く感じたが、脱力した体を回復させるにはまず、ニコチンから復活させるべきである。
 貰った角砂糖は、食べてしまうに限るだろう…。
 宿の前では、ジープが舞い戻ってきた静寂をゆっくりと堪能していた。





「入れる所が違うんじゃねーの?」
 口の中に放り込まれた角砂糖をころころと転がして、椅子の上にあぐらをかいた悟空が由希を見上げていた。端から見ると、まるで餌付けのようだ。
「場所か。ならアタリはどこだろうな?」
 楽しそうに由希は尋ねる。
「んーと、やっぱりガソリンタンクかなぁ」
 ジープのガソリンと言えば、白竜時の食事に当たる。はたしてタンクなる物があるのかどうか。
「だけどガソリン味の砂糖なんてまずそー」
 見当外れな発想をした後すぐに、悟空はまずそーな想像をやめて、消えかかる口中の甘さをかみしめ出した。
 悟空の話を、由希は面白くてたまらないと言った様子で聞いていた。こんな冗談をここまで真剣に考えてくれる人はなかなかいない。由希には悟空の思考が宝箱に思えるくらいだ。最高の遊び相手である。
「だけどタンクは胃に当たるんじゃないか?」
 由希は椅子をもう一つ持ってくると、背もたれを逆にしてまたがった。
「なら口はどこだろう?」
 目の前に人差し指が突き立てられたが、悟空には残りの指の中にある角砂糖の方が気になった。
「どーでもいいじゃん、そんな事。ジープが戻った時にあげればいいんだし」
 指をこじ開けようとする悟空の顔に平手を押し付けると、由希は立ち上がって椅子を戻した。
「いやなに、湧き上がった素朴ーな疑問が僕を奮い立たせたのさ!」
 奮い立って何をやっているのか、などとまで悟空は深く考えなかった。肩越しに笑顔を見せて部屋を出ていく由希を、悟空は口に入ってきた数個の角砂糖を舌で転がしつつ、ぼんやり見送っていた。
 一階の部屋、窓の外にはジープが平和そうに佇んでいる。餌付けが効いた訳ではないが、悟空は少しだけ考えてみた。そして椅子から飛び下りると、部屋を空にして飛び出して行った。





 奥の部屋では、二つのにこやかな笑顔が対話をしていた。ただし、かもし出されているオーラはかなり緊張したものであった。
「そうですねぇ。極端な話、部品を全部バラしてからジープに変身を解いて貰えれば分かるでしょう。まあその場合、屍は二つになりますけどね」
 表情とは裏腹なセリフが怒りをあらわにしていた。
「いや、実行する気はなくて、ただの何気ない疑問だったんデスが…」
 由希は半眼を逸らしながら引きつった笑いを浮かべた。
 三人目の冗談のお相手は、八戒だった。だがちと度の過ぎた冗談であった事を今更ながらに思い知らされていた。悟浄や悟空の時と同じ質問をしたのだが、ジープを一番大切にしている八戒には笑い話にならなかったようだ。まあ、実際に角砂糖を渡しながらだったので、冗談に聞こえる筈もない。
 しかしやはり、常々疑問に思っていた事が、口をついて出て来てしまった。
「悟浄が焦がしたシートってのは、戻った時にどう…」
 その瞬間、危険区域に入った事をオーラが肌に伝えてきた。





「角砂糖を全部お出しなさい」
 由希はポケットを押さえて後ずさった。
「こ、これはただのおやつッス!」
「ならこの場で全部食べてしまいなさい」
 笑顔のオーラが強くなり、これ以上は無理だと悟って、由希はしぶしぶ角砂糖の入った小瓶を彼に手渡した。受け取った八戒からは、オーラは綺麗に消えた。
「ジープを科学的に証明しようとしたって無駄ですよ。牛魔王蘇生実験でもやらかすつもりですか」
「いやその、ほんとーにただの冗談だったんデスが…」
 言い訳する由希の口調はかしこまったままだ。
「どうせならもう少し気の利いた冗談にして欲しいですね。ジープが聞いたらびっくりするでしょう」
 …もしや窓から聞いていたのではあるまいか?由希は深く反省し出した。
 とにかく、ここでの用は済んだのだ。由希は(怖いので)退出する事にした。
「へーい、次からは冗談も気を利かせマスですハイ。ところで、冤罪で没収したからにはちゃんと責任持って全部食べてよね、それ。甘くて美味よぉ」
「味は知ってますよ」
 扉が閉まる音を聞きながら、それでも悟空のお陰で中身が半分に減った小瓶を八戒は眺めやった。
「全部食べたら体に毒です…」
 独語が一旦途切れた。
「体に…、冗談`は´…?ああ、そういう事ですか」
 くすりと笑った八戒の壁の向こう、廊下を歩きながら由希も独語していた。
「情に厚い人ってのはどーしても頭が上がんないや。きっと一生かかっても八戒には勝てないな、僕は」





「ほらジープ。食えよ、うまいぞ!」
 厨房から持ち出した角砂糖を悟空はジープに突っつかせていた。ジープは白竜の姿に戻って角砂糖を一つくわえる。喉につかえそうになって慌てて暴れ出した。
「うわっ、ジープ!大丈夫か!?」
 悟空がジープを逆さに持ち上げ背中を叩くと、塊が落ちた。
「あー、びっくりしたぁ。そーだ、水!これに溶かしてやるからちょっと待ってな」
 持って来た水の容器に角砂糖を落としながら、ふと悟空は何かを思い付いた。もう一度角砂糖をジープの口に当てる。
「なあ、ちょっとこのまま変身してみてよ」
 ジープは一つ首を傾げると、言われた通り、ぽんっと車に変わった。角砂糖はバンパーに当たっている。
「う〜〜〜ん…??」
 やはり口はどこなんだろう、と悩み始めた背後から声がかかった。
「ラッキィ!」
 短髪の長い影が伸びてくる。ジープが驚いて変身を解き、怯えた表情で悟空の顔に貼り付いた。
「悪かったようー、もう変な事言わないから怯えないでくれようー」
 ジープを剥がしながら悟空は首だけ由希に向き直った。
「何がラッキーなんだよ」
「それそれ」
 悟空が持つ角砂糖の袋を指すと、そのまま取り上げてしまう。
「八戒の事だから、多分もう厨房は押さえられてると諦めてたんだ」
 六つほどを悟空に手渡す。
「出発までにもう少し砂糖水飲ませてあげなよ」
 ここの宿は既に一泊した後だった。全ての準備を整え、出発は悟浄の煙草補充を待つのみである。
「悟浄おっせーなぁ。どこまで行ってんだか」
 後ろではははと笑う由希。からかった時の傷が深かったのであろう、先程の話を本気にして、暫くトンズラを決め込んだと予測される。
「さてと、三蔵様はおやつを食べてくれるかな?」
 そう言いながら、由希はまた宿の中へと姿を消してしまった。
「ゆーきって、三蔵好きだよなぁ」
 悟空はそれだけ言うと、今までのやりとりもすっかり忘れて、砂糖水をおいしそうに飲むジープを見守った。
 三蔵は由希を苦手としている。つまり、由希にとって三蔵とは、一番扱い易いキャラクターなのだった。





 背後からがたがたと窓を動かす音がして、三蔵の集中力は一気に下落した。悟空達なら声をかける。妖怪なら窓など破って入るだろう。無言でおかしな事を始める奴は一人しかいない。机に置いた新聞の内容が全く頭に入らなくなった頃、開いた窓から、先程宿の中に消えた筈の由希が何故かまた外から、三蔵の部屋へ乱入しようとしていた。
 一旦窓枠に乗ってから、体勢を変えて端に寄りかかると、右足だけ部屋の中に下ろして座った。
「用があるなら扉から入って来い!」
 睨んではみたが、由希は平然と笑顔を向けるだけであった。舌打ちして新聞に戻ろうとすると、その上に角砂糖が数個投げつけられた。
「何のつもりだ?」
 問いかけたが返事は無い。再び振り向くと、空を仰ぎながら口を動かす由希が見えた。手にした小さな袋から、同じ物を取り出して口に運んでいる。三蔵は自分に与えられた一つをつまんで、暫く眺めていた。その内、フンッと鼻を鳴らしたかと思うと、何も言わずに口へ放った。由希はその背中に満足そうな視線をちらりと送ったが、またすぐに視界を空で一杯にした。
 音が消え、空間も色も消えて、ただ風だけが心地好く時間の流れを教えていた。三蔵が時々起こす紙擦れの音を安らぎに感じて、由希も微かに口元をほころばせる。我が儘小僧はこれで大人のつもりなのだ。静かに、近況を読みふけっていた。
 半時も経った頃、ジープの傍から悟空の声がした。赤い髪が靡くのを遠くに見て、由希は窓から降りる。「行くか」と小さく零すと、そのまま走り去ってしまった。
「…ちっ、窓くらい閉めて行きやがれ」
 そう言う三蔵の表情はきつい物ではなかった。悟浄が帰って来たなら出発だ。これから走る道中、ジープの上では多分あの女もおとなしいだろう。ペースを乱される事も無い。
 八戒が扉を叩くのを聞いて返事をすると、三蔵は窓に歩み寄った。外ではジープの回りで三人が談笑している。短髪で長身の後ろ姿を見据えながら、窓を閉める手を三蔵は一瞬だけ止めた。
 あいつは嫌いだ。
 あの空気。昔誰かの傍にいた時に貰った心乱さぬ俺の世界。今は決して必要の無い、溺れそうな程の居心地の良さ。それと似た錯覚を引き起こすあの女が、三蔵は大嫌いだった。たまらなく不快であったのだ。
 窓が閉められ、もう一度風が動くと、部屋からも宿からも一行の気配は消えていた。





 五人を乗せたジープは砂漠の中を走っていた。
「あっぢぃ〜っ!」
 定石通り、悟空の叫びが会話を促す。熱気の中では音量はいつもの倍に聞こえて、頭痛すら引き起こしそうな勢いだ。
「タ〜コ!分かり切った事叫ぶんじゃねェよ、余計に暑くなんだろ!」
「悟空、太陽に向かって吠えてみたらどうですか?少しはすっきりするかもしれませんよ」
「あっちぃよおーっ!!」
「ぎゃはははっバァカ、太陽にはバカヤローが似合うんだよ!」
 大音響の銃声で小休止した後、残りのメンバーに話題は移った。
「なあ、由希って寝てんの?」
「まあそれが一番賢いけどな。脚だけでも出してくんねェかなー♪」
 悟浄が賞賛する程の美脚の持ち主は、悟浄の横で全身をマントにくるんで生ゴミの様にシートへ沈んでいる。
「由希は雪国生まれですからねぇ」
「あ、コラ悟浄!めくんなよ!」
「うっせーな、俺の気力回復を邪魔すんな!」
 暴れ出した後部座席にハリセンが一巡する。
「無駄な汗を流さないでくださいね。塩分飛んでもあまり補給はできませんから」
「何で?塩切れてんの?」
「砂漠でしょっぱい食べ物は厳禁です。喉が乾くでしょ?」
 一応水も積んではあるが、勿論無限ではない。
「ふーん。じゃあ甘い物は?俺さっき由希に角砂糖いっぱい貰ったー!」
 ピクリと誰かが身じろぎした。
「あー、そういや俺も出がけに食ったわ」
 悟浄も思い出す。
「まあ、食べ過ぎも良くありませんけど…」
 八戒はにっこり笑うとハンドルから片手を放し、小瓶を取り出した。
「甘い物はカロリーが高いですから、こういう時、体力温存に非常に役立つでしょうね。戦場の主食も塩分を控えた甘い物が主流なんです。水の無い場所を想定しての事らしいですよ」
「へえー!」
 頭の後ろで感嘆の声が響き、三蔵の顔がまた歪む。
「後は睡眠ですかね」
 悟空と悟浄の視線が生ゴミに集まった。顔を見合わせたが、何も言わずにまた視線を由希に戻す。三蔵だけはそっぽを向いていた。
 八戒が小瓶を隣席へと差し出した。
「食べますか、三蔵?」
「フン…」
 ちらりと目を向けただけで、三蔵はまた地平線に顔を戻してしまった。
 暫く銃もハリセンも必要としない沈黙が続き、四人共エンジン音の中の微かな寝息を聞き取ろうと口をつぐんでいるようにも見えた。
 その沈黙を悟空が静かに破る。
「…由希早く起きないかな」
「ゆっくり寝かせておいてあげましょう。ひねくれ者達の健康管理にちょっとばかし手こずったみたいですし」
「次の街に着いたら久々に酌でもしてやるかな」
 由希の思惑は、それぞれのメンバーに合わせたやり方で、成功を勝ち取っていたのだった。善は人知れず、の由希にとっては八戒の説明は蛇足であったかもしれない。目を覚ました時、どんな顔をするかが見物であった。
 砂漠を抜けるのにはまだ当分かかるかもしれないが、小瓶が空になるのは、そう時間を要さない事だろう。熱風の中、力を存分に蓄えたジープが勢い良く走り去って行った。


 '04/05/25


《了》



初めて小説なる物を書いてみました。車の知識、ありません(^_^;)どこに砂糖入れると故障するんだったか。そもそもジープの中は部品ではなく内臓だったような…(笑)



TOP


[次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!