とけない雪 ページ:2 そうして僕は、誰にともなく許しを得て生きてきた。ただ、一年後のこの日の為だけに。 自分勝手に破った約束を、もう一度果たすために。 『……雪……』 しんしんとあの日のように降り出した冷たい雪。 楽しげに歩いていた人たちの姿も次第に減っていき、街はイルミネーションのにぎやかさとは別に、ひっそりと静かな息遣いの中に身を委ね始めた。 『こんなさみしい中で、僕を待ってたのか?こんな…寒くて心細い中……』 来るはずのない相手を待つさみしさ。今、僕はそのさみしさを感じてる。 冷たい雪と白い息。 誰もいない、街。 待ち人の来ないさみしさ。 『…寒い……』 うつむくと、足元の雪が小さく溶けた。 ポツポツと小さな点となってとけていく。 『どう…して…?』 涙だった。 許されない僕の、流れるはずのない……涙。 僕は僕を許してなどいないのに。 誰も僕を許せないのに。 僕を許せる人はもう、いないのに………。 さく。さく。さく。 雪を踏みしめる音に、溢れる涙を拭うことも忘れて視線を向けた。 『……っ…!?』 もう、見られないはずのあたたかな笑顔がそこにあった。 幻かもしれない。 幻でもいい。 僕はきみに謝りたかったんだ。 『……ごめんね…約束、破って…寒かったよね、さみしかったよね、悲しかったよね、僕のこと、許せないよね』 一度こぼれた涙は、とめどなく頬を伝って落ちていく。 彼の声が聞きたい。どんな恨みごとでも構わない。責められてなじられようとも構わない。 もう一度声を聞かせて。 涙で歪んだ視界にはっきりと映った彼は、おだやかに微笑んだまま首を左右に振った。 『ずいぶん待たされたけど、来てくれたから』 そっと右手を差し出してきた。 思い出すのは、大理石のような冷たさ……。 僕はその白い手を見つめて…手を伸ばした。体の芯まで凍るような冷たい手の平が、僕の手をやさしく包みこんだ。 『あったかいな…俺の手冷たいだろ?ごめんな』 少しさみしそうに彼が笑った。冷たい手の平をあたためるように両手で強く握りこんで、僕は首を左右に振った。 『……きみに、会いたかった……』 少しもあたたまらない冷たい手を、もう一度強く握り締めた。 もう離れたくない。 もう離したくない。 『…ずっと……待ってたんだ…きみと、いたいんだ……』 だから だから 彼は、僕の手をポンと叩いた。少し困ったように僕を見つめて。 『……それでいいのか?』 僕はこくりと頷く。 それは、僕が望んでいることだから。 僕の望みを、彼は知っているから。 『……そっか』 そう言って、彼は僕の手を引いた。 その瞬間、冷たかった彼の手にぬくもりが宿るのを感じた。 それは、僕が彼の側へ行けた瞬間だった。 夜が明ければ、僕は冷たい雪の中であたたかな夢を見ているだろう。 二度と覚めない、幸福であたたかな夢を。 とけない雪の中で――――。 fin [前へ][次へ] [戻る] |