とけない雪 ページ:1 一年前の今日、大事な人とここで待ち合わせをした。ずいぶん前からの約束で、僕は一ヶ月も前からずっとその日を楽しみにしていた。 でも。 ほんの些細なことで僕らは喧嘩をした。待ち合わせの数日前の出来事だった。 何度も電話があって、メールもあった。 『ごめん』 その一言が言えなくて。 意地を張って。 無視し続けた。 そして約束の日。 窓の下を楽しそうに行き交う人たちを羨ましく思いながら、僕はケータイを見つめた。 『今日、約束通りあの場所で待ってるから。来てくれるまで、ずっと待ってるから』 ごめんなさいを言えないまま向かえた約束の日。 数時間前にきたメール。 僕は。 行かなかった。 その日はとても寒くて、午後から雪が降りだしていた。ケータイの電源は切っていたから鳴るはずもない。時計を見ると約束の時間から何時間も過ぎていた。 もう帰ったに決まってる。外はこんなに寒いんだから。少し風邪気味だって言ってたし。 そしてきっと呆れてる。 僕はきっと嫌われた。 意地っ張りな自分が腹立たしくて、涙が出たのを覚えてる。 明日、謝ろう。 許してもらえないことはわかってるけど。 今更だって言われるだろうけど。 それは僕への罰だから仕方ないんだ。 どうせ嫌われるなら、謝ってから嫌われたい。 そう、思っていたのに。 僕は『ごめんなさい』を言うチャンスを永遠に失った。 一年前のあの日、僕が来ることを信じて待っていた彼は、翌朝雪の中で倒れているのを発見された。眠るように閉ざされた瞳は、二度と開くことはなかった。 『………どうして……』 冷たくなった肌の感触を今も覚えている。 陶器の人形のような、氷のような、それよりももっと冷たい……感触を。 風邪気味だって言ってた。だから帰ったと思ってたんだ。 なのに。 なのに――――――。 『こんなに冷たくなって…風邪…ひいてるって…あたたかくならないよ……』 僕はどうして行かなかったのか。 どうして連絡しなかったのか。 どうして彼は、そんなになるまで僕なんかを待ち続けたのか。 どうして、どうして、どうして―――。 ぐるぐると渦巻く後悔と自己嫌悪と自己憎悪で、吐気がした。 呼吸をすることに罪悪感を感じた。 懺悔など、許されないと思った。 なのに、涙は出なかった。悲しくて悔しくて押し潰されそうなのに。 ただ、息苦しくて。 涙は許されたものだけが流すものだから。僕は、許されてなどいないから。 僕が僕を許さないから。 だから。 きっと涙は出ないんだろう―――。 [次へ] [戻る] |